この争いに、終止符を 「乱」

 賢者とは。いたずらに魔力を有する者にあらず。優れた人格すら有しているがゆえ、世界に認められた存在。だからこそ、九人の賢者の思想それぞれが「」と言える。


 無益むえきな争いを回避するため。赫々たる竜皇ブレイブ・ワイバーンただ凪ぐ大海原カーム・リヴァイアサン唯一無二の轟雷艦隊オンリー・トールの三軍は「王冠を目視するまで攻撃は禁止する」といった約定やくじょうを、書状しょじょうで交わした――。




◇◇◇




 エボルヴ荒野。赤みがかった大地には枯れ木や草が少々生えている程度で、非常に寂しい風景だ。


赫々たる竜皇ブレイブ・ワイバーン。その隊長、副隊長二人が王冠に向かって荒野を疾駆する《しっく》。


「手筈通りにいくぞ」 

ええおう!」 


 ガルムの呼びかけに、フレイアとマグドラは力強く応じた。


 そこからは、靴音が鳴るだけの沈黙。……遠くから、風切り音。これは――。


「『奇々怪々ききかいかい、怪音PA』ー!!!」 

「やはり王冠に一番近い俺達を狙うか」 


 音賢者ウギプギの杖から放つ高音波……だ。ではないため、約定には反しない。だがそれは作戦の範疇はんちゅう


「頼んだ、マグドラ」 

「『英雄たる証を示そう、殿しんがり』!」 


 猛炎賢者マグドラが杖を突き刺し、鈍色にびいろに変色。防御の姿勢をとる。そこへ音波が収束し……完全に搔き消えた。


「こすずるいな! 勝てばなんでもいいのかよ!?」 

「自由は勝者の権利だYOー!」 


 それを横目にガルムとフレイアは、先へ。


「来るぞ、フレイア」 

「分かってるわ」 


 息つく間もなく、フレイアは構えた。刹那せつな


「『極低温の氷壁、展開ごくていおんのひょうへき、てんかい』」 


 雪賢者スノウリイン、氷賢者アイスリインの魔法により、眼前がんぜんに氷の壁がせり出す。


「『蒼天そうてんの槍よ、遥か彼方より来たれ』!』」 


 蒼炎賢者フレイアが杖をあおい炎の槍を生成。それを投擲とうてきする。槍が氷壁を穿うがち、ひらいた道。そこを駆け抜けた二人。


「さぁ、行って!」 


 立ち止まり、振り返るフレイアの叱咤しった。背中で受け止めた、ガルム。


『争いは、傷と同じです。矛を収め、時を待てばいいものだというのに』

「適切な処置をおこたれば、傷は深まるものよ」 


 竜賢者ガルムは、後ろ髪を引かれながら走る。……気づけば、左右に二人が並んでいた。


「結局、こうなりますのね」 


 左には、海賢者レイントゥリア。水波すいは優美ゆうびに滑走。


「おい、オレも混ぜてくれよな」 


 右には、雷賢者ラギンジ。電気を帯びながら並走している。


 三者、息を切らしながらも譲らない。丘が見えてきた。その頂点にある王冠を真っ先に視界へ捉えたのは――。


「約定に則り、開戦の合図とする! 『荒れ狂え、竜炎りゅうえん』」 


 ガルムだった。杖を振るうと、燃え盛る業火が周囲を包む。


「行儀が悪いですわね。、と言ったでしょう。『海神わだつみの加護』」 


 炎の中に光の柱が立つ。レイントゥリアの魔法だ。それを中心にして消火されてゆく。


「全員が、とは言っていなかっただろう」 

「屁理屈ですわ……!」 


 互いに、歩みを止めて交戦状態にらみあいになってしまった二人。


「ノロいぜ! 突っ切る! 「『はしれ、稲妻のひらめき』!」 

『やられた……!』 


 ラギンジが、高速で王冠へ距離を縮める。抜かりなく、電流の罠まで足元に仕掛けて。だが。


「問題無しってか……クソ」 


 ガルムは背に竜の翼を生やして飛翔ひしょう

 レイントゥリアは空気を凍らせ氷塊を作成。足場にして飛び移る。

 再び、三者が並ぶ。ここで赤髪の青年が、えた。


「この百年魔導戦争という不毛ふもうな争いは、俺が止める!」 


 青髪の女性がそれに反論。


「その問答もんどう幾度いくどとなくしたはずですわ! 戦争を止めるには、時間が必要! わたくしが冷静に――」 


 金髪の男が割って入る。


「そんなんだから終わらねぇんだよ! だったらオレが王冠を持ってく! そんで圧倒的な力で戦争自体をねじ伏せるんだよ! 簡単だろが!」 

「それだけは許しませんわ! 貴方のやり方では野蛮やばんすぎる!」 


 王冠が、近づく。決着のときだ。最早もはや、対話は不可能。


「俺は正しいと思った道を、真っ直ぐに進むだけ!」  


 三人が、王冠を囲んだ。三者三様に杖を構え、詠唱えいしょう


「『来たれ、雷神! 今こそ轟雷ごうらいを解放しろ』!」 

「『世界よ、包まれなさい。その母なる海にただ凪ぎ、安らぎを』」

「『竜の皇帝。正義の下に、執行せよ』」


 赤、青、黄。凄まじい魔力の奔流ほんりゅうが王冠を中心にして渦を巻く。


 全員の、渾身の一撃が衝突する寸前――! 


」 


 遠くで、桃色の髪が揺れている。


 言賢者リリー。彼女の特筆すべき能力は……言霊ことだま。誰が為か。心の底から祈りを、言の葉を、紡いのだ。


 三つの、全身全霊を込めた魔法。そして王冠が消失。……賢者たちは、力なく立ち尽くす――。


 これにて、二回目の王冠争奪戦が閉幕。




◇◇◇




 三軍はそれぞれ帰るべき場所へ、真っ赤な夕日が照らす荒野を歩く。唯一無二の轟雷艦隊オンリー・トールは。


「疲れたYO。あいつやっぱ、堅物かたぶつすぎて音が響かないYOー……」


 ウギプギは、ラギンジに肩を担がれながらぼやいている。


「……そうか」 


 いつも通りの元気がない。ラギンジはどこかもの思いにふけっていた。その横を歩くリリーがうつむきながら呟く。


「途中で止めちゃって……ごめん……なさい」 

「……いや、助かったよ。今回ばかりは三人まとめて王冠ごと消し飛んでたかもしれねぇ」 

「……うぅ、ぐす……」 

「なん、何だよ! 泣くなって、オイ! ったく……」 


 ――いつもこんな感じな気がする。困ってるみんなのために焦って、戦って。考えて、また焦って。オレは何をやってるんだろうな。弱いぜ。畜生。

 

 一方、ただ凪ぐ大海原カーム・リヴァイアサンは三人仲良く並んで。


『お疲れ様です、お姉さま』 

「ありがとう、二人とも。今日は疲れたでしょう。奮発しますわ」 

『では、お蕎麦がいいです』 

「ふふ。第四地区あたりに美味しいお店があるのを知っていますわ。そこへ行きましょう」 


 ふと、レイントゥリアが立ち止まって空を見上げる。


『お姉さま?』 


 ――わたくしが本当に守りたいものは、すぐそばにあるというのに……本当はただ、民に威厳を示すために女王の誇りプライドを懸けて戦っているだけ。お二人にも本心があるのかしら。……すぐにでも知らなくてはなりませんわね。


 そして赫々たる竜皇ブレイブ・ワイバーン。三角形の隊列を崩さずに歩く。


「っかー! あの音波、骨身に染みたぜ! やるなぁ、あのオレンジラッパー!」 

「毎回その呼び方ね。仲が良いの?」 

「なわけあるか!」 

「ガルムはどうだった? あの二人は相変わらず?」 

「………………」 

「……ガルム?」 


 竜賢者は、うつろな目をして前へ進んでいる。


「……? 様子が変よ。どうかしたの?」 

「いや……」 


 青年は振り返り、二人に問う。


「少し待てば、争いは無くなると思うか?」 

『……』 


 答えは沈黙だった。質問を変える。


「では、戦争の概念を力ずくで無くせば争いは無くなるか?」 

「……そういうのは考えさせてほしいわね」 

「そうだよなぁ。会議でもするか?」 

「その前に報告書の作成があるわよ」 

「ぐっ……」 


 「どうすれば戦争を止められる?」この問いに答えられる者はどれほどいようか。


 ――平和とはなんだ? ……駄目だ。考えても、答えが出ない。だが、これだけは言える。、一番正しかったのは……言賢者リリーだ。純粋無垢な、願い。俺達はそれを忘れてしまっているのかもしれないな。


 後日、戦地における約定に対して不備のないよう、二度の確認チェックが行われるようになった。


 これからも、世界は変わり続けるだろう。賢者たちは理想へいわを追い求め続ける。

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九人の賢者は百年魔導戦争を終わらせたい 楪 紬木 @YZRH9

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