九人の賢者は百年魔導戦争を終わらせたい

楪 紬木

この争いに、終止符を 「起」

 あかね差す、赤茶けた荒野。地平に三人の男女は並び、疾走する。やがて、丘が見えた。その頂上には光り輝く王冠が宙に浮遊。その光景が見えると同時――。


「約定にのっとり、開戦の合図とする! 『荒れ狂え、竜炎りゅうえん』」 


 開戦。赤髪の青年が一歩前へ出て杖を振りかざし、魔法を詠唱。たちまち超高温の炎が広がり、波をうつ。二人は炎に飲まれるも。


 「行儀が悪いですわね。、と言ったでしょう。『海神わだつみの加護』」 


 海色マリンブルーの柱を中心にして炎が霧散むさん。そこには杖を高々と掲げた青髪の女性。風に長髪を揺らしている。


「ノロいぜ! 突っ切る! 「『はしれ、稲妻のひらめき』!」 

『やられた……!』 


 金髪の少年が、既に王冠へ向かい脱兎のごとく駆け出していた。彼の足跡から電流が走り、他の追随ついづいを許さない。


 しかし赤髪の青年も、青髪の女性も構わず大地を蹴り後を追う。


 赤髪の青年は、竜賢者りゅうけんじゃガルム。彼は「赫々たる竜皇ブレイブ・ワイバーン」という軍隊を統括する総隊長。


 青髪の女性の名は、海賢者うみけんじゃレイントゥリア。彼女は「ただ凪ぐ大海原カーム・リヴァイアサン」という武装集団を統率する女王。


 金髪の少年の名は、雷賢者らいけんじゃラギンジ。彼は「唯一無二の轟雷艦隊オンリー・トール」という徒党ととうをまとめ上げている。


 この三軍は、百年以上にも渡って戦争を繰り返していた。


 それこそが「百年魔導戦争」。


 世界の均衡を揺るがすほどの魔力を引き出せる「聖なる大王冠」の顕現けんげんにより、世界の情勢は変わりつつある。


 三軍に集う、九人の賢者の思いは一つ。全ては王冠を手にし、望む平和を叶えるため――。




◇◇◇




 レッドバロム王国。城壁に囲まれた中世的な城下町に、沢山の民衆が賑わう。王国の中央には石造りの城が居を構えていた。


 城のバルコニー。ここは王国の景色を一望いちぼうできる。高貴な椅子に腰かけた、赤い軍服姿をした黒髪の女性が一人。ズッ、と紅茶を一口。……吐息といきとともに、それをテーブルに置く。


「平和を感じる国ね……。今、戦争が起こっているなんて信じられない」 


 ふと、漏れ出る一言。うれいを帯びた透き通る声音に、静かな灯火ともしびたたえて。


「絶対に、この争いを止めなくては。その為ならなんだってする」 


 再び、紅茶の入ったカップに手をかけようとしたが。束の間の、安らかな時間は長く続かない。背後の扉が開く。


「隊長殿! 休憩中、失礼します! 三賢会議の招集がかけられました!」 


 兵士の伝達。それに眉をひそめた黒髪の少女。


「……すぐ向かうわ」 


 三賢会議。レッドバロム王国における軍隊「赫々たる竜皇ブレイブ・ワイバーン」を統括とうかつする三名が行う緊急の会議だ。


 彼女は立ち上がり、跳躍。風を巻き起こしながら城の上階へと窓を突き破って、会議室へ。兵士は、やれやれと嘆息たんそく


「そうした行動はつつしめと言ったはずだが? フレイア」 


 窓ガラスの散乱する、石造りの会議室に重厚な声。円卓の椅子に座す、その青年こそ――。軍の総隊長、竜賢者りゅうけんじゃガルム。


 赤髪に、ほりの深い顔立ち。そして不動のたたずまいからどれだけの修羅場をくぐったかが容易よういに想像できる。


「魔法でいくらでも直せるわ。それより、一刻も早く作戦を練るべきよ。『』の件でしょ?」 


 急ぐ黒髪の女性は、蒼炎賢者そうえんけんじゃフレイア。端麗たんれいな目鼻立ち、くれないの左目、あおの右目が印象的だ。


 と、ここでタイミング良く会議室の扉がバン、と開かれる。


「応! お、悪い悪い、ちょっと遅れちまったか?」 


 茶髪の男が軍服のマントをひるがえしながら大袈裟に身振り手振りをして入ってきた。


 彼は猛焔もうえん賢者マグドラ。褐色の肌と、軍服の上からでも明瞭めいりょうな鍛え上げられた肉体が特徴。


「この会議をなんだと思っている? 国王直々の命だぞ……。はぁ、もういい。本題に入らせてもらう」 


 全員が、席に着いたところで。


「ここから南西部のレボルヴ荒野に『聖なる大王冠』が、顕現けんげんした」 


 ガルムの一言に、二人は動じない。この事象は、一年前からのものだからだ。


 「聖なる大王冠」。この秘宝を手にすることで膨大な魔力を得られる。誰もが、この王冠を求めて奔走ほんそうした。しかし。


「いつまで在るか分からん。以前と同じく、総隊長の俺と副隊長のお前達二人だけで出征しゅっせいする。いいな?」 


 そう。王冠が出現する時期と土地は無作為ランダム。先手を打たねばならない。だが一つの問題に直面。


「でもよ、数で攻められたらきついんじゃねぇの? やっぱ」

「いや、駄目だ。迅速じんそくさに欠ければ王冠を取られかねない」

「そうね。好機チャンスは逃したくないもの」 


 結論として、肉を切らせて骨を断つ。少数精鋭で他の二軍と勝負するほかないのだ。


「次こそ我々、赫々たる竜皇ブレイブ・ワイバーンが聖なる大王冠を手にする」 


 竜賢者は力強く拳を握り、心の中で宿る信念を唱えた。


 ――争いを終わらせられるのは「正義ただしさ」だ。




◇◇◇




 聖域ユートリアム。広大で自然豊かな土地に、世界最大の都市ユートリアムが形成されていた。海が近いため、貿易がさかん。常に魔法による荷物の郵送が飛び交っている。都市の中央に高くそびえるのは結晶の塔。彫刻のごとく整った形をしており、宝石のようにきらめく。


 塔の屋上、女王の間。凛と透き通る声が響く。


「ようやくこの時が来ましたわ。王冠が顕現したそうですわね」 


 玉座で高飛車たかびしゃに足を組む青髪の女性は、海賢者レイントゥリア。瑠璃色ラピスラズリ王衣ドレスにかかる長髪の、なんとうるわしい事か。


『はい。エボルヴ荒野に顕現したと魔法局から聞いております、お姉さま』 


 女王の問いに正面から答えたのは、メイド姿の幼い双子。一言一句、音程すらブレずに発声してみせた。


 一方は、冬賢者スノウリイン。雪のように白い髪はふわりとしている。


 もう一方は、氷賢者アイスリイン。さながら氷がごとき透明な銀髪。


 彼女らこそ都市を守護する武装集団「ただ凪ぐ大海原カーム・リヴァイアサン統率とうそつする実力者三名。


「武装集団はお休みで、わたくしたち三人で行きますわ。まぁ、変わらずですわね。それで良いかしら?」 

『異論なしです、お姉さま』 


 レイントゥリアは、ふふっと愛おしげに微苦笑びくしょうして。


「今度こそ、絶対にわたくし達が王冠を手にしますわ。全てはこの戦争をしずめるために」 


  海賢者は心の中で反芻はんすうする。その確固たる意志を。


 ――醜い戦争を止めるのは「時間ときのながれ」だわ。




◇◇◇




 薄暗い、洞窟の中。深層しんそうに、広々としたライブハウス。ここでは人々が日夜問わず、轟音ごうおんを立てて盛り上がっている。数百人が生活をするこの空間には畑や水路、空洞から物資の流通経路も確保されている。


 ライブハウスの、VIP控室ひかえしつ。金一色のゴージャスな部屋で三人の少年少女がソファーをそれぞれ独り占め。


「王冠、荒野に出たってよ。そろそろさらっちまおうぜ、オイ」 


 金髪の少年がへらへらと笑う。彼は、雷賢者らいけんじゃラギンジ。ライダースーツを見事に着こなす。


「YO! 俺たち王冠いただくYO! たちまち震撼しんかんするこのYO! いえーっ!」 


 橙色だいだいいろをした髪の少年ラッパー、音賢者おとけんじゃウギプギ。細身の長身をいかんなく発揮してリズムをとっている。


五月蠅うるさい……作戦……は?」 


  桃色の髪を左右にゆわえている可憐な少女。彼女は言賢者ことけんじゃリリー。 物静かな彼女は絶賛読書中。


 彼らが徒党ととうである「唯一無二の轟雷艦隊オンリー・トール」をまとめ上げる三人。それぞれが個性的ながらも調和バランスが取れている。


「ンなもん、俺達三人で突っ切るしかないっしょ。だってアイツ等、まだ戦えないだろーし」  


 この徒党は地下の生活基盤インフラを整える、経験を積み出兵するという二つの条件で生活に困窮していた人などを保護した集団だ。そのため戦闘の方面となるとめっぽう弱い。


「……確かに、そう。なら……二軍の、対策を」 

「YAー! 俺達のスピードでぶち抜くしかないKAー!」 

「五月蠅い……」 

「ハハ。必ず、オレ達が百年魔導戦争にケリをつけような」 


 雷賢者は閃くように。脳裏によぎるこころざしきざむ。


 ――戦争を消し去るのは圧倒的な「能力ちから」しかねぇ。


 三軍、九人の賢者がそれぞれの想いを胸に戦地、レボルヴ荒野へ赴く――!

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