第3話 存在しないルート
彼女の事に気が付いたのと同時に、一際強い風が中庭を駆け抜けた。
「っ――」
体が反射的に反応して目を閉じる。すぐに風の音は消え、俺は何か飛んでこないかとおそるおそる目を開けた。
幸い物が飛んでくることはない。しかし、目の前の人物と目線が合った……否、合ってしまった。
「「……」」
あまり感情の感じられない表情だが、血色は悪くない白い肌。
メガネのレンズ越しに俺を見つめ返す瞳は灰色で、少し暗めのハイライトが目にかかっていることでその表情を引き立てている。
可愛い、という方向ではなく、少し冷たくも美しい美少女。
それが、初めて目の前で好きなキャラクターを見た俺の感想だった。
ゲームやイラストで見た何倍も可愛いとすら思える。
「……何か用かい?」
「い、いや……」
普通なら言葉を交わす事なんて絶対にありえない相手に声をかけられて心臓の鼓動が速くなる。
しかし、
「――本当に?」
すぐ近くまで迫りつつ、俺の顔を覗き込むようにそう聞いて来る。
「用は無いです! 本当に!」
思わず後ずさりしながらそう叫んでしまった。
「そう、か。在校生の登校時間には早かったから珍しいと思っただけなんだが」
「え?」
「忘れていただけかい? 今日は入学式の都合で在校生の登校時間が九時半に変わっていたはずだよ」
そう言いながら先輩が視線を移す。
その先を目で追えば中庭に設置された時計の方を見ていた。
「今の時刻は八時五十分か、流石にまだ早いね」
「……そうですね」
完全にやられた、何故
思い返してみれば、先ほど思い出していたはずの金曜日に登校時間に関しての説明があったような気がした。
まさか他にも何か忘れていることがあるんじゃないか? 頑張って思い出そうとか言ってたけど全然思い出せないことばっかりだったらどうすればいいのだろう。
そう考えていると、不思議そうに雪奈先輩が口を開いた。
「君は、随分と賑やかだね。さっきから面白い反応が出てるよ」
「反応?」
「あぁ、観測した結果から見るに恥ずかしさが半分、あとは不安と少しの高揚?」
そこまで言われ俺は彼女の二つ名を再度思い出す。
彼女は様々な実験を行っており、既知の分野から未開の研究まで気になったことを徹底的に調べ上げる性格だ。
そのため、彼女は様々な測定器を自身の所持品や学園、さらには町の至る所に設置しており……。
「確かに忘却は恥ずかしいことかもしれない、でも短期記憶は忘れてしまうからこその短期記憶と言えるだろう。そう考えれば忘却は自然な現象だと思わないかい?」
結果として、この先輩に捕まった生徒は例外なくこれを受ける羽目になる。
それが
彼女は学園内……だけではなく、この町の中でなら、様々な人の感情をデータとして観測することが出来てしまうのだ。
それは、非常に、まずい。
「おや、今――」
「雪奈先輩! その、それ以上は……」
俺がそう言うと、雪奈先輩はこほんと咳ばらいを一つしてゆっくりと息を吸う。
目を閉じて数回ほど深呼吸をした後、再び目を開いた先輩は少し申し訳なさそうな表情をした。
「すまない、面白いものを見るとついスイッチが入ってしまってね。君は知ってるようだけど」
「……まぁ、知ってますね」
そりゃ、ゲームでも散々このような事があったし、そのたびに周りの人物が振り回される様子が描かれていたし、好きなキャラだし知っている。
「名乗った記憶もないのに生徒に名前が知られているくらい、わたしは色々と有名みたいだな」
いや、それは俺がゲームをプレイしていたから一方的に知ってただけなんです……などと言えるはずもなく。
先輩は俺に背を向けて昇降口の方へと向かっていった。
「それじゃあ、わたしは戻るとするよ。改めて迷惑をかけてすまなかったね」
待って――と、言いかけた口をつぐみ伸ばしかけた手を戻す。
昇降口の方へ振り返った雪奈先輩は、どこか
勘違いかもしれないが、一度そう思ってしまうと罪悪感が湧いて来て……自然と視線が落ちていく。
迂闊だった、目の前で彼女を見て、気持ちが舞い上がっていた。
少し深呼吸して、心を落ち着ける。
今の俺は雪奈先輩にとって見知らぬ後輩だ、それどころか今まさにマイナスの方へイメージが進んだと思われている。
きっと第一印象は最悪。
迷惑だと思ったわけではないのだ、ただ……。
「もし、好きな事がバレたら……」
純粋に恥ずかしい、穴があったら埋まりたい。バレてたら羞恥心で爆発することになるだろう。
……まぁ、それももう無くなったかもしれないが。
もし、この世界が本当に『学トラ』でこれから物語が始まるのだとしたら、現状は悪影響しか及ぼさない気がする。
何故転生したのかは分からないが、
そんな結論に至った俺は顔を上げる。
雪奈先輩はもう中に入ってしまったのか姿が見えない。
俺もここにいるよりは教室で座っていよう……と、昇降口へと向かうことにした。
――――――――
――――
――
扉を開けたわたしは、わたしの研究室と化した理科準備室へと入った。
すぐさま扉を閉め、そのまま扉にもたれかかるように座り込む。
「……慣れないことはするものではないな」
外の空気を吸いに行く、というリフレッシュ方法はわたしに適していないらしい。
感じ取った春の陽気は、リフレッシュどころか三年生の始まりを迎えてしまったという事実を突きつけてきて絶望感を加速させてきた。
でも、悪いことばかりではなかった。そう思い直し立ち上がる。
彼に会えたのは願ってもない収穫と言えるだろう、先に人となりを知っておくのは悪いことではない。
部屋に置いてある唯一の椅子へと腰掛けながら、わたしはメガネの電源を入れた。
「なるほど、大体は彼女の言うとおりの人物像みたいだ」
フレームについているボタンを押せば、先ほどの会話の記録がレンズをモニター代わりにして写し出される。
会話の内容から観測したバイタルや精神情報まで、表示されたそれらを目の動きで操作しながら、わたしは先ほど違和感を覚えた部分を注視した。
「やっぱり、見間違いではなかったか……」
先ほどの会話は、わたしがよくやる日常的な会話と言っていいだろう。
簡単な話に始まり、わたしが暴走する。普通の人たちがそれを受け、大小の差はあれど私に否定的な感情を向けるまでが日常。少なくともわたしはそう思っていた。
しかし、彼から計測された反応はそれらと全く異なるものを示している。
『忘却は恥ずかしいことかもしれない、だが短期記憶は忘れてしまうからこその短期記憶と言える。そう考えれば忘却は自然な現象だと思わないか?』
この後だ、彼がこの発言を聞いた後の反応。
相変わらず恥ずかしいという感情は計測されているが、それ以外にもう一つ、新しい反応が計測されている。
数値が指し示す予測される感情は……安心だった。
一体なぜ、彼はあの場面で安心したのだろう。
短期記憶と忘却についての話をしたから?
その割には言葉を遮った……というよりはわたしの暴走を止めていたけれど。
慰められたいならわたしの言葉を止める必要はないはず、止めたということは他の要因が存在していることの証明と言えるだろう。
興味深い、わたしの行動に安心されたのは彼が初めてだ。
即ちそれは未知でありこれからの実験にふさわしい最高の反応とすらいえる。
彼女にこの提案をしたときは、自分でも
「なら、わたしも早くコレを完成させなければ」
作業机の上に置かれた未完成の装置を手に取り、最後の作業に取り掛かる。
人に悪感情を
「君が、実験に協力してくれることを願っているよ。五十嵐涼真くん」
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ギャルゲのお助けキャラ枠が絶対に攻略できないラブコメ 輝響 ライト @kikyou_raito
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