第2話 妹と通学路と残雪

 春の日差しは暖かく、並木の桜は花弁を降らしながら風に揺れる。

 そんな通学路を随分と眠そうにあくびしている涼香すずかと並んで歩いていく。

 あの後、涼香に急かされるがままに支度をし家を出てきたのだ。


「春……だな」

「春だね~」


 ゲームの背景でよく見た通学路を歩きながらそんなことを思う。

 相変わらず理屈は分からないが、見たことがある光景とこれまでの涼真りょうまの記憶は、やはりこの世界が『学トラ』の世界であることを物語っているように感じた。


「ねぇねぇ、あとどのくらいで着くの~?」

「えっと、だいたい片道が徒歩十分だから……あと三分くらいじゃないか?」

「……長くない?」

「んなこと言われても、充分近い方だと思うぞ」


 この付近で一番近く、最寄りである恋ヶ丘こいがおか駅からは徒歩七分となかなかの好立地にある学園。

 それが今俺達が向かっている私立しりつ恋ヶ丘こいがおか学園がくえんだ。

 俺は、涼真の記憶を思い出しながら涼香に学園について説明する。


「……電車で通ってる人も居るし、それと比べれば十分近い方だぞ」

「え~、自転車は?」

「申請を出さなきゃ使用不可能、条件は徒歩十五分以上だ」

「ケチだなぁ」


 頬を膨らませて学校へブーイングしている涼香を無視しつつ、青信号へと切り替わった横断歩道を渡る。

 こちらも記憶を思い出しながら道を歩いているから多分道は間違えてないだろう。

 そう思っていると、同じ制服を着ている人をちらほら見かけるようになってきた。


「お、そろそろ~?」

「だな」


 しばらくすれば、学園の正門が見えてきた。

 門の前には入学式の看板が置かれており、新入生と思われる生徒たちとその両親らが写真を撮っていたりしている。


「さて、ここまでの道は覚えたか?」

「全然!」


 いい笑顔でそう言われ、思わずため息をついた。

 まぁ、一回通ったくらいですぐ覚えられる人もなかなか居ないだろう。


「というか、お兄ちゃんと一緒に登校すれば問題ないじゃん」


 訂正しよう、こいつは覚える気がないだけだった。


「俺が風邪でも引いたらどうするんだ?」

「お兄ちゃんの風邪がうつ――」

「仮病は駄目だぞ」

「だってめんどくさいんだもん……」


 涼真は本当にこれを十五年も見続けてきたのだろうか。大変すぎないか?

 そんな話をしている間に俺達は正門までたどり着いた。近くには入学式用の受付があり、新入生とその親はそこで名簿などを確認するらしく列が出来ている。


「じゃ、ちゃんと並んでおけよ? 帰りは……もしかしなくても俺が迎えに行けばいいんだよな?」

「さっすがお兄ちゃん、わかってるじゃん」

「あのなぁ……いや、いい。じゃ後でな」

「またね~」


 呑気に手を振る涼香に背を向けて学園内へ歩を進める。

 ……ここまで、何とか合わせて会話をしていたが意外といけるかもしれない。

 ゲームでの涼真と涼香のやり取りを見ていたのもあるし、今までどのような会話をしてきたのかもある程度涼真の記憶として思い出せるのが大きい。


 他にも何か思い出せることは無いか……と考えていると、先週の記憶を思い出す。

 それは今日に関する事で、「今日はホームルームしかないが決め事が多いため終わるのは大体昼頃だ」ということだった。

 ……もしかしたら、一年生の方が早く終わるんじゃないか?


 戻って伝えるよりは文面の方が間違えないだろうと、俺はスマホを取り出す。

 相変わらず記憶を頼りにスマホを操作しながらジョインと呼ばれる無料チャットアプリを開いた。


 この学園では連絡手段としてスマホの持ち込みが許可されている。

 ゲームなんてした暁には没収と生徒指導が待っているが、家族と連絡を取る分には問題ない……と言いながら、ゲームでの涼真は普通にスマホゲームで遊んでいた。



 涼香とのジョインにこっちが終わったら迎えに行くから何組か書いといてくれ……とメッセージを残し、再び鞄へとスマホをしまう。

 顔を上げれば桜の花弁が目の前を横切った。


 そういえば、この学園の敷地内にも桜があるんだったか。

 右に視線を向ければ、グラウンドの脇に咲く桜の木々が目に入る。

 ちなみに左手には屋内運動場、正面には本校舎と職員玄関だったはずだ。


「確か、生徒用の入り口は遠いんだよな」


 本命の昇降口は職員玄関前よりもさらに奥だ。

 なんとも生徒に優しくない設計、中庭を通る必要とかどこにあったのだろうか。

 なんて思いながら道なりに進み右折、そのまますぐ左折し中庭へ入る。


 ロの字に建てられた校舎の中庭はかなり広く、様々な植物や花が植えられており、定期的に植えられている花の種類も変わる。

 この学園の園芸部によって維持されている綺麗な景色は、通学路のように春の色に溢れていた。


 設置された花壇を眺めて視線を動かしていれば、中庭中央の巨木が目に留まる。

 学園の設立からそこにあるという大きな木。

 緑の葉っぱが揺れ、運ばれて来た桜の花びらが舞うその根元で人影が風になびく。


「……今年も、また春が来てしまったな」


 ふと、彼女の独り言が聞こえてきた。

 背中の中ほどまである白い髪に、同じく白で丈の長い白衣。

 その特徴的な後ろ姿は俺の記憶に深く焼き付いていた。


 『学トラ』の登場人物……というより元凶となった人物。

 十六夜いざよい雪奈ゆきな、恋ヶ丘のマッドサイエンティストという二つ名で知られている科学部部長の三年生。


 彼女は涼香と同じく攻略ルートが無く、俗に言うお助けキャラであり……



 神無月かんなづき零也れいやが、最も好きなキャラクターだった。

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