向日葵の咲く音がする

雨虹みかん

向日葵の咲く音がする

 イヤホンから、あの人の好きだった歌が流れる。流しているのは私なのだけど。

 終電に乗って、家から遠く離れた海へと向かう。ごとんごとん、揺れる、揺れる。電車の窓から見える夜空は綺麗で、その綺麗さに苛立ちを覚えるくらい。それくらい綺麗で。この夜空を「綺麗」としか表現できないような私にもっと語彙力があったならば、このような結末にはならなかったのだろうか。後悔が心の中で渦を巻く。

 海に着いたら何をしようか。もう夜中だからコンビニくらいしか開いていないだろう。宿を予約しているわけでもない。朝まで時間を潰せる時間があるわけでもない。行き場のない私にとって、海はぴったりの場所なのかもしれないと思った。

 あの日、君は言った。大学を卒業した後、海外に行くのだと。

 私はそれを聞いたとき、これで終わりだ、と思った。

 だけど君はこう言った。

「会いに行くよ」

 私は知っていた。海は広いということを。

 

 もし君が地球以外の星に行ってしまったら、愛せるだろうか。

 わからない。わからない。わからないから私は向日葵を買った。

 100円ショップで買った向日葵の造花の茎の部分を手でつまむ。

 大学生活、君だけを見つめていた。


 会えなくたって繋がっている。そう思えない私は意地悪だろうか。

「会いに行くよ」

 ほんとうに? と疑ってしまった私は、もう君とは居られないのだと思った。まるで本物の向日葵に見えるけど、これは作り物の向日葵。嘘の向日葵。君の本音は、本音のようで作り物。嘘だって。

 だから私は言ってしまった。

「海は広いのよ」


 海のある駅に着いたから、私はもう戻れない。あの頃にはもう戻れないのだ。

 私は改札を通り、浜辺まで歩いた。8月の夜はまだまだ暑い。照りつける太陽はないものの、じめっとした空気が汗を滲ませる。夜空を見上げると、電車の窓からは見えなかった星たちが浮かんでいた。今私が見ている光は何億光年前のものなのか。想像できないほど遠くで発せられた光が、今私の目に届いている。

 手元にある向日葵は、造花だからしおれない。土や水がなくても、咲いている。偽物の花は永遠に咲き続ける。

 私がもしも偽りの自分になって、寂しくないと言い張って、遠距離恋愛を我慢できたら、永遠に一緒に居られたのだろうか。

 夜の海は思ったよりも狭かった。雲に透けるぼんやりとした淡い光が水面を照らす。星空を眺めていると、海はそこまで広くないのかもしれないと思えてくる。飛行機で行ける距離なんて、他の星と地球を比べれば大したことがない。

 今それに気がついたって、もう遅いのに。

 君とまた夏を過ごしたかった。もうすぐ訪れる秋に紅葉を眺めて、冬になったら地面の枯葉を踏みながら歩くのは君とがいい。隣にいるのは君がいい。まだ遠くの国に行くまで時間があるから、移り変わる季節を君と見ることはできたはずだ。

 私はわがままだ。自分から別れを告げたはずなのに、君に会いたいと感じてしまっている。恋のクーリングオフ期間はもうとっくに過ぎてしまっているというのに。

 波打ち際に向日葵を置いて、私は海を後にした。波が向日葵をさらっていく音を聴きたくなくて、私はイヤホンをする。


「向日葵の咲く音がする」

「君はそう言って去ってく」

「再び僕の前に現れることはなくて」

「向日葵の咲く音がする」

「その言葉の意味がわからなくて」

「だから僕は向日葵を買ったんだ」

「造花だから枯れることはなくて」

「いつも咲き続けていた」

「今日まで」

「さよなら」

「さようなら」

「枯れない花よ」

「また咲く日まで」

「星空下で波にさらわれて」

「星に溶けて君も一緒に」

「夜空に消えてゆく」


 頭にこびりついたメロディはきっといつまでも消えないのだろう。もしも私が歌詞の意味をわかった頃、君と再会したら、今胸に溢れるこの気持ちはどこへ行くのだろうか。




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