第2話

 教室は騒然としていた。当然だ。クラスの、いや、学校のスターが自殺したからだ。

 僕だって何が何だかわからなかった。

 昨日まで話していたのに。そんな気配、一つもなかったのに。

 彼女の笑顔が脳にこびりついている。「死」とは無縁そうな無邪気が、朱に塗り替えられていく。

 頭が真っ白だった。どうして気づかなかったなどと、自分を責めることも出来ない。ただひたすら呆然とするのみだった。

「ねえ」

 僕はその声で現実へと回帰した。僕の机の前に立つのは、クラスでも目立つ部類の女生徒二人だった。確か、彼女とよくともに行動していたはずだ。

「何か知らないの、まみのこと」

 まみというのは、彼女の名前だった。彼女にその名で呼ぶようにと言われていたが、ついぞ呼ぶことのなかった名前。

 唐突すぎてよくわからず、僕は聞き返す。

「なんで僕に聞くの?」

 僕の言葉に、二人は呆れたように言った。

「当たり前じゃん。まみの彼氏なんでしょ、あんた。それで色んな人に言われたって聞いたけど」

「は?」

 まったくもって、心当たりのないことだった。僕と彼女が付き合っていたことなどない。僕らはただの友達だった。それ以上でもそれ以下でもない。

 何もかもわからない。なんでそんな話になっているんだ。

 混乱しつつ、僕は言葉を返す。

「僕は藤木さんの彼氏なんかじゃない。ただの友達だよ」

 今度は二人が混乱する番だった。え、と驚いたのち、一人が言った。

「でもインスタで誰かが、二人が付き合ってるって言ってたよ」

 瞬間、ぐるぐる、ぐるぐると彼女の言葉が、顔が脳内を巡っていく。そして全部がごちゃ混ぜになって、こみ上げてきたのは、烈火のような激しい怒りだった。

 ああそうか、彼女はこんなものと戦っていたんだ。

 彼女はこんなものに振り回されていたんだ。

 そうやって、死んでしまったのだ。

「……誰かって、誰だよ」

 思わず、小さく言葉がこぼれていた。

「え」

「誰かって誰だよ!」

 気づけば声を荒げていた。今までの人生で出したこともないような大声。騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。普段は嫌う視線が、この時はまったく気にならなかった。

「答えろよ!」

 僕の声に、二人はほとんど泣きそうだった。

「わ、わかんない。でもみんなが」

 脳が破裂しそうだった。怒りと悔しさでおかしくなってしまいそうだった。

「みんなって誰だよ!藤木さんがそう言ったのか!?それとも僕が言ったか!?」

 違うだろ、という言葉は掠れて、誰にも届かなかった。

「誰の言葉だよ!なんでそう簡単に嘘を吐ける?信じられる?傷つくかもしれない人を無視できる?教えてくれ。教えてくれ!」

 息が続かない。だが体よりも先に、言葉が、怒りが溢れていく。

 彼女の笑顔が巡る。

 どうして彼女が死ななくてはならないのだ。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

「納得できる理由をくれよ!じゃないと、なんで藤木さんが死んだかわからないだろ!」

 叫び終えると、しぼんでいく風船のように力がごっそり抜けて、僕はその場にしゃがみ込む。

 その時、僕の机の中に何かが見えた。

 取り出すと、それは手紙だった。

 僕は急いで中身を確認する。

『相良君へ』と題されたそれは、藤木さんからの物だった。

 僕への感謝が長々とつづられたのち、『みんなへ』という文字が確認できた。

 そこに書いてある短すぎるメッセージに、僕は思わず声をあげて笑う。

 そして、『みんな』にメッセージを伝えるため、僕はゆっくりと教壇へ向かって、黒板の前に立つ。

 白の長いチョークを選んで、大きく、目いっぱいに文字を書いていく。

 たった六文字と記号二つを書き殴ったあと、僕は教卓の前に立って、クラスの全員に向け声をかける。

「みなさん、藤木さんからのメッセージです」

 クラスメイトがざわつき始める。怒り、笑い、穏やかに呼びかけ、情緒がおかしくなったとでも考えたのだろう。あの時の時の僕が思ったように。

 僕は中指を立てる。そして、笑顔を向ける。

 あの時の彼女のように、満面の笑みで。

 大きく息を吸う。遠慮はどこにもなかった。

 次の瞬間、僕の、いや、彼女の声が教室中に響いた。


「くたばれ!」


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