ファッキュー!!
kanimaru。
第1話
くたばれ。
確かにそう、彼女は言った。
く、た、ば、れ。
その四字がどうしても目の前の、無邪気だと男子の間から評判の笑顔と結びつかなくて、僕は目をぱちぱちとバカみたいに閉じ明けするほかなかった。
どうしようもなく彼女を見つめる。
長い睫毛に大きな瞳。小ぶりだが整った鼻に主張の少ない唇。
いわゆる、美少女。
そんな彼女が今、自分に向かって明らかな暴言を吐いた。
なにもかも分からなかった。
僕はただ一人で、放課後の屋上を堪能しようとしただけなのに。
そこに先にいた彼女に、何故罵倒されているのだろう。
「相良君、だっけ」
彼女は僕の名を呼んだ。くたばれの次にしては、ずいぶん相応しない言葉だと思った。
「私に何か用でもあった?」
今度は笑っていない。喜怒哀楽がおかしいんじゃないだろうか。
「特になにも」
僕も僕で、冷たい返事しかできなかった。
すると彼女は面食らったように目を丸めた。
「そうなの。ごめんね。最近、どこに行っても人が付いて来ちゃってうんざりしてて」
人気者の彼女による、いつも独りの僕に対しての当てつけのように聞こえるが、大きなため息がそうでないことを示していた。
「だから、くたばれ、なの?」
嫌な意味ではなく、純粋な興味としての言葉。しかし彼女はわかりやすく慌てて、長い髪をくるくるといじりながら釈明した。
「あ、ごめん。聞こえてた?聞こえないもんだと思って……じゃなくて、また私にくっついてくる人なのかなあって思って、イラっとしてっていうか……」
慌ただしく動く彼女は、アニメーションをつけられたポップな絵のようだった。
「嫌味でも、怒っているわけでもないよ。ただ、気になっただけ」
僕の言葉に彼女はぴたりと動くのをやめた。
「え、ほんとに?」
「嘘なんか吐くもんか」
何故だか言い返したみたいな口調だった。だがしかし、本心でもあった。
彼女は変なの、と呟く。
「こういうこと言われて、怒んないの?」
「怒るも何も、驚くぐらいで済むよ」
普通そうじゃないの、と続けた。彼女は首を振る。
「今はちょっとした愚痴だって友達にすらいえないんだよ?あっという間に広まるから」
「そんなこと言っておいて、僕には言っていいの?」
彼女は笑った。評判通り、「無邪気」そのもののように見えた。
「分かんない。でも、相良君には言ってもいい気がしたの」
事実、僕に友達はいなかった。先ほど受けた軽い衝撃を共有する相手など、どこにもいないのだ。
それを見透かされたのだろうか。だが、彼女の言葉には、そんな嫌な意味が隠されているとは到底思えなかった。
「僕は別に誰にも言わないよ」
自分で言っておきながら、その胡散臭い響きに驚く。彼女にもそう聞こえたのか、なんだか胡散臭いねなんて悪戯じみた笑顔を浮かべていた。
「相良君はインスタやってないの?」
ずいぶんと急な問いだった。僕は短く答える。
「うん」
「やらない方がいいよ、SNSなんて。みんな、自分の声が大きくなることに快感を得ちゃってるもん」
たかだかフォロワー何百人の世界だっていうのにね、と呆れたように付け足した。
「藤木さんはやってるの?インスタ」
「一応ね。でも最近は嫌になっちゃって見てない。誰かを晒したり、叩いたり。そんなのばっかだからさ」
彼女は『されてきた』側の人間なのだろうか。きっとそうなのだろう。学校内という狭いコミュニティの中で、容姿端麗、才気煥発な彼女はスターだ。
嫉妬か、はたまた興味か。世間と同じように、スターはその被害を受けていたのだろう。
「なんだか怖くてさ。人と話すと、また何か言われるんじゃないかって。私はただ、友達と仲良く話したいだけなのに。全部嫌で、屋上に逃げてきちゃった」
諦めたように彼女は笑っていた。その笑顔を美しいと思ってしまっている僕も彼女の敵なのではないかと思って、勝手に胸が苦しくなる。
「でも、今日相良君と話せてよかった。おかげで、だいぶ楽になったかも。ありがとう」
その顔はどこか寂しげに見えて仕方なかった。いや、そう思いたかっただけかもしれない。
私もう帰るね、と歩き出した彼女の腕を僕は掴んだ。彼女はひどく驚いていた。
「僕で良かったら、話、聞くから。放課後、いつもここにいるから」
彼女はきょとんとしている。自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
僕は一体何を言っているんだ。自分でもわからない。耳が、あつい。
目を逸らすことすらできなくなっている僕に、彼女は優しく微笑んでいた。
「わかった。じゃあ、明日も来るね」
それから僕らは、放課後に毎日話すようになった。彼女の愚痴から、思い出話まで。様々な事を話すようになった。彼女の笑顔を毎日見るようになった。もっと見たいと思うようになった。
そして、彼女は首を吊って死んだ。
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