ラスト・ヴァルキリー 24話①
「何……!?」
「地震……!?」
それは突如として、何の前触れもなく起こった。それは、建物全体がグラグラと縦に横にと揺れ動く巨大な振動。何も知らない者が体感すれば、ほぼ間違いなく地震だと断定したそれはしかし、地震とは趣を異にしていた。
地震には縦揺れと横揺れが存在しており、多くのケースでは縦揺れが先に来てから横揺れが来る。そして、地震の強度も、初めは小さく後に徐々に大きくなっていくことが一般的だ。だがしかし、この揺れは初めから巨大な物であった上に、上下も左右もごちゃ混ぜになったような揺れ方をしていた。まるで、地震の震源がここだと言わんばかりの勢いで。
「皆さんっ!無事ですか!?」
『こちらは大丈夫です!お偉方もまだ確保しています!ですが、これは………』
「問題ないのならば結構ですわ!そのまま状況を維持!向こうも、戦いどころでは無さそうです……」
見やれば、レジスタンスの面々も混乱を隠せない様子だった。突如襲いかかってきた揺れに対して、誰もが浮き足立っていた。その有様に、ホワイトファングの面々もレジスタンスとこの揺れは無関係なのではないかと考えざるを得なかった。ただ1人、アオ・カザマを除いては。
「…………起きろ……おい!起きろっ!!」
戦闘どころではなくなったレジスタンスの生き残り達を尻目に、先程何かを起動しようとしていたと思しき者達を気絶の底から無理矢理に叩き起こそうとするアオ。彼は、この現象の原因がレジスタンスが起動した何かにある、と直感していた。それを吐かせるため、さっきロケットの余波で吹き飛ばされて気を失っていた1人を掴み上げ、頬をバシバシと引っ叩いていた。
そんな乱暴な目覚ましを執拗に喰らったことで、彼女も目を覚まさずにはいられなかったようで、白目を剥いていた瞳に黒色が戻ってきた。
「う、ぐっ…………な、き、貴様………!」
「起きたね………一体何をした!?いや………一体、何を目覚めさせたんだい!?」
その質問に、一瞬ぽかんとした惚けた表情となったレジスタンスの女。それが、見る見る内に不気味な笑いへと取って代わられていった。遂には、くっくっという含み笑いを漏らすようになるまでに。
「何が可笑しい……!?」
「なあに。お前達が、この先死ぬのが愉快で堪らないという可笑しささ………こうなったら私達にもアレはもう制御不能だ。後は、この辺り全部が私達とお前達の墓標になるのを待つだけ………ガッ!?」
「質問には真面目に答えて欲しい。何を目覚めさせた、と僕は聞いているんだよ……!」
苛立ちと焦燥が、アオに手を上げさせた。何か特別に不味い事態が起きているという事を、この場にいる物達の中では2番目か3番目程度には理解しているからこそ、今の彼は気が短くなっていた。だが、それでも目の前のレジスタンスの女の嗤いを止めるには至らない。むしろ、その余裕の無さが益々以て可笑しさを助長していたようだった。
「その質問の仕方……貴様も何とはなしに気が付いているんだろう?我々の武器の正体を。そうさ、恐らくは貴様が想像している通りのもの………」
「もういい」
これ以上話しても時間の無駄だと考えたアオは、その頭を地面に叩きつけて黙らせることで一方的に会話を打ち切った。自分の想像が本物であるのならば、このままここに自分が留まっているのは悪手だと考えていたからだ。
「隊長!聞こえますか!?」
『聞こえていますわ1-6!どうなされました!?』
冷静なミネ隊長も声を荒げている事に少し驚きつつも、アオは端的に用件を述べた。いや、これは要求と言った方が近いものであったが。
「……1-5と僕を外へ出す許可を。恐らく、これは僕達の案件です」
『なっ……!?』
『まさか……!?』
通信の先からミネ隊長とシャガの絶句するような息を呑む音が聞こえてくる。無理も無いだろう。よもやレジスタンス拠点の制圧作戦がヴァルキリーを出撃させるべき案件。即ち怪獣討滅作戦に変ずるだなどと、一体誰が予想できようか。
『………根拠は?』
「さっき1人締め上げて聞き出しました。恐らくは間違いないかと……」
『し、しかし隊長!幾ら何でも……』
そんな事がある筈は。シャガがそう続けようとしたその瞬間、この地下にまで届くほどの、地獄の底から響くような音が聞こえてきた。
しいん、と地下が静まり返る。その音に慄いたからと言うよりは、誰もがそれの正体を一瞬で理解したからだった。それは、見上げるほどに巨大な鳴き声なのだと。
『………どうやら、議論をしている余地は無さそうですわね。1-5!』
『っ、はい!』
いち早く復活した隊長からの喝を兼ねた呼び掛けにより、シャガは金縛りが解けたようだった。叩き込まれた通りに反射的に返事を返した。
『ここは私達に任せなさい。貴女と1-6は直ちに地上へ。ホワイトファング第一部隊隊長として命令します。敵性怪獣を、撃滅して下さい』
それは、命令に対して自らが全責任を負うという、一種のお墨付きだった。本来ならば彼女の持ちえる権限を逸脱していることであるのだが、それは責任を負わせないことで2人が全力で戦えるように、という彼女なりの配慮だった。
アオとシャガ、因縁と言うには一方的な関係の2人もそれを汲んだのだろう。ミネ隊長のその言葉に対して短く、そして力強く返した。
了解!と。
「っ行かせるな!撃て撃てぇぇっ!!」
ホワイトファングの会話を聞いて事態を飲み込んだと思しきレジスタンスの1人が、アオとシャガの正体に気が付いて外に出すまいと大声で号令をかけた。この状況が、ヴァルキリーという最大の脅威を葬り去る絶好の好機だと理解したからだ。
だが悲しきかな。誰もが彼のように状況を理解できていた訳ではなかったが為に、その指令は散発的な射撃という形で中途半端に終わってしまった。そして、それを許す程ホワイトファングは甘くないという事を失念していたことも、また致命的な誤りであった。
「やらせませんわよッ!!」
次の瞬間、目を焼くほどの特大の稲光が轟いた。その伸びる先は、アオとシャガを阻もうと銃口を向けていた者達。着弾点は瞬く間に超高熱に晒され、急速な膨張と蒸発は破壊的な爆発へと変わった。これで、邪魔をする者はいない。
「行って下さい!!」
『………感謝します!』
雷帝と化したミネ隊長のバチバチと鳴り響くウォークライを背中に受けながら、アオとシャガは自分達が通ってきた階段のある方へと一目散に駆けて行く。
途中、2人は合流して並走しながら階段を駆け上がり、そして暗いショッピングモールの屋内から出口までを黒い風になって共に駆けていった。
「………やれるね?」
それは、アオからの確認であり、挑発であり、そして激励。それに、シャガは静かに抑揚無く返した。
「………煩いですよ」
と。
******************
オオヒラの港はいつも活気に溢れている。それを支えるのは、日々引っ切りなしにやってくる船舶の数々。そして、それらが運ぶ膨大な物資だ。ヨンゴク内は無論の事、皇国本国や方舟との商いによって得られた、或いは向こうへと運び行く品々は、時を選ばず時期を選ばず、常にこの港に運び込まれて来る。故に、この都市は眠らぬ街にして休まぬ街なのだ。
だが、その不眠不休の街の港は今、地獄絵図と化していた。丸まって休みにつく怪物のようだったコンテナの山々は見る影もなく崩れ、割られ、そして潰されて無惨な姿を晒していた。その惨状を彩るのは、陸に登った何隻もの燃え盛る船。魂まで焼かんばかりの業火が頑強な船体を、コンテナを、港湾そのものを、血に染まったような赤色に化粧していっていた。
斯様な現世の地獄を産んだ張本人。炎と死という名の絵の具を見事なまでに扱って灰色のキャンバスを描き染めたアーティストは、港に程近い海中にその身の大部分を沈めていた。自らが産んだ芸術を踏み荒らすまいとするかのように。
それは、まるで曲がりくねった巨木のようだった。高く、長く長く、そして太い身体は、僅かにのたうつだけで何もかもを粉砕できそうな硬質さと質量感を備え、見る者に人造構造物の未熟さを知らしめて来るようだった。ずらりと目が並んだ顔には10の牙の生えた触手が蓄えられた髭のように生え、シールドマシンを思わせる恐ろしげな口を覆い隠していた。
そして何より、その身の周囲を無聊を慰めるように舞うのは、月光と炎光に煌めく水の球体。そして、水のヴェールだ。見るからに恐ろしい本体とは対照的な幻想的な造形のそれは、或いは中身もまた美なのではないかと錯覚させるような魔力を内包していた。
「逃げろ!逃げろぉぉぉっ!!」
そんな醜くも美しき彼女が睥睨する地の上を、矮小な生命が必死に這いずり回っていた。彼女らは、この港へと投げ込まれた船の船員の生き残りだった。突然に訳も分からないままに船ごと持ち上げられ、投げ飛ばされ、そして叩き付けられ、大勢の同僚が死に行く中でどうにか生という幸運を掴み取った筈の者達。だがそれは、別の不幸の始まりだったのだとすぐに思い知らされる事となった。
背後に顔を出す化け物の方を必死に見ないようにしながら走る彼女。そのすぐ横を何か鋭くて勢いの良いものが通り過ぎて行った。横合いからの衝撃に思わず転倒してしまった彼女は、手足をばたつかせながら起き上がる途中で、それが生んだ傷跡を見た。
まるで、何か巨大で恐ろしく鋭利な刃物で切り裂いたような跡が、地面のコンクリートに刻まれていた。それは後方から前方に至るまでずっと続いていて、途中に転がっていたコンテナや車までもを綺麗に両断していた。それを成した刃が一体どこからやってきたか物なのか、それを彼女が疑問に思うことは無かった。何度も見てきた光景なのだから。
港を一瞬の内に切り刻んだものの正体。それは、かの怪獣の周りに幾つも漂う水球だった。正確には、水球が変形して出来た水の刃と言うべきか。彼女は何か自分の作品に気に入らない所があったのか、それをまるでブーメランでも投げるように繰り出し、一瞬のうちにあちこちに消えない傷を刻み込んだのだった。その一本が、あと僅かで人1人を諸共に真っ二つにするという所まで行ったのは、果たして意図的な物だったのだろうか。
だが、どちらにせよ逃げ惑う人々にとっては堪ったものではない。いつ何時、自分の元に不運という名の断頭台がやってくるか知れたものでは無いのだから。それに、たとえギロチンの刃は来なくとも、そこに首と手首を固定された不幸な者はいたのだ。
「が……っ!た、助けて………誰、か…………!」
そして、港湾職員の彼女もまたその内の1人だった。逃げ惑っている最中、水の刃によって切り裂かれて崩れて来た瓦礫に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。奇跡的に押しつぶされることは避けられたものの、上からのしかかる鉄の塊の重みによって肺を圧迫され、呼吸が満足に行えない状態にあった。おまけに、僅かずつではあるが積み上がった瓦礫自体も崩れる気配を見せている。このまま時間が経てば、彼女の意識は二度と後戻り出来ない永遠の闇に旅立つことになるだろう。
何故自分がこんな目に。彼女は、自分の不運を呪っていた。いつも通りに仕事をして、いつも通りに眠りについて、明日はいつもとは違う休日を過ごす筈だったというのに、今こうして死の坂を転がろうとしている。一体自分はこんな憂き目に遭わなければならない程の事をしたのかと。
怨念だけで他者を殺せるのならば、近付くことすら危ういだろう程の恨みを抱く彼女。だが悲しいかな、そんな感情だけでは運命を覆すことはおろか、八つ当たりさえも出来ない。彼女は、報われることのない激情を抱いたまま虚しく死のうとしていた。
やがて、瓦礫が大きく動く気配がした。神様の僅かばかりのお情けによって持っていた山の均衡が、いよいよ崩れようとしているのだと彼女は悟った。だが意外にも、その瞬間にあれ程荒れ狂っていた心の内は急に静かに凪いでいた。それは、一種の諦めだったのか、或いは死をどう足掻いても避けられないと理解しての悟りだったのか。
ふと、ふっと身体にかかる圧力が下がり、一気に肺の中へと熱を帯びた空気が入り込むのが感じられた。突然の吸気にむせて咳が出るも、最後の晩餐にしては味気がない。でも窒息死よりはこの後一気に押しつぶされる方がいいのかもしれない、と彼女は全てを受け入れた思考の中にあった。
そして、瓦礫の山はガラガラと音を立て始め………。
「引っ張って!早く!」
「言われなくともやりますよ!」
その身体は、草でも毟るように勢いよく引き抜かれた。
******************
「………やれやれ、運が良かったね」
「何を言っているんですか。本当に良かったらこんな目に遭っていませんよ」
「不幸中の幸いというやつだよ」
瓦礫に埋まっていた女性を救出したのは、偶々近くまで来ていた2人の魔人、2人のヴァルキリーだった。片方は軽口を、片方は毒混じりの言葉を吐きながら、何が起こったのか分からないといった様子の救助者を立ち上がらせていた。
そんな彼女にシャガは、やや不機嫌そうな声で避難するよう言った。
「どうやら立って歩けるみたいですね。なら早く離れて病院に行って下さい」
「え、あれ……あの世……え……?」
「早くッッ!!」
「え、は、はいぃッ!!?」
その声でやっと状況が飲み込めた彼女は、そのまま慌てて走り去って行った。
「僕達で連れて行かなくていいのかい?」
「はぁ……その余裕はありませんよ。時間をかければ被害が増えます」
「……そうだね」
アオの言葉に呆れたようになるシャガ。尤も、アオの方もダメ元のようなものだったようだが。しかし、アオに不快感はない。余裕はない、ということは余裕があればやっていた、とも取れるのだから。
案外性根はそう悪くないのかもしれないとアオが少し彼女を見直したのと同時、海中の怪獣がもう一度咆哮を上げる。それが2人には、まるでかかって来いと挑発しているようにも見えていた。
「………お喋りは、ここまでみたいだね」
「………ええ、邪魔にはならないで下さいね」
「勿論」
そして、2人の手に、戦う力を呼び覚ます為の鐘が出現した。
【Awaken!!】
【認証を確認しました】
アオの手に握られたキューブから、シャガの手に取られたカード状の装置から、力の覚醒を告げる電子音が鳴り響く。
【Who's the face under the mask?】
【Who's the face under the mask?】
【待機状態を解除。戦闘モードを起動】
【システム、オールグリーン】
【ヴァルキリー、ロスヴァイセの起動を許可します】
方や何度も何度も同じ文言を繰り返し続け、方やマニュアルを読み上げるように淡々と起動の準備を告げる。全く噛み合わない筈の合唱は、しかし奇妙な合一と共に内に宿る力を高めてゆく。
そして、キューブが天を舞い、カードが身体の中へと差し込まれた。
外から、内から発せられる光。遂に2人の象徴、2人の武力、2人の剣が、顕現する。
【She's the Masked Maiden!】
【GRIMGERDE!!】
【ロスヴァイセ、展開完了】
【敵性勢力を、殲滅して下さい】
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ラスト・ヴァルキリー 〜零細人材派遣会社「包丁」は笑顔の絶えない明るい職場でした〜 一升生水@ラスト・ヴァルキリー更新中 @issyoukimizu
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