ラスト・ヴァルキリー 23話②
それは、目を焼くような閃光と、耳をつんざく烈音から始まった。
レジスタンスの幹部が集結していた戦略会議室の警護を担当していた4人の魔人は、唐突に転がってきた物体の正体が最初理解出来なかった。ここではあり得ざる事だが、誰かの玩具か何かだと考えていた程だ。だが、目を凝らしてそれが閃光手榴弾だと気が付き、慌てて手で目を遮ろうとした時には何もかもが遅過ぎた。
次の瞬間、目と耳が真っ白になって使い物にならなくなり、既に手遅れだというのに彼女達は目を固く瞑り、腕で顔を庇ってしまっていた。それが致命的な隙だという事は分かっていた筈なのに、だ。
敵の接近を告げたのは、視覚でも聴覚でも嗅覚でもなく、足から伝わる振動を検知した触覚。その時になって漸く襲撃だと気が付いた4人だったが、最早手遅れだった。
先ずは影法師達に最も近かった西の1人が永遠に意識を喪失。床に丸い物が液体を撒き散らしながら転がって、悍ましい現代アートを描き出す。
続いて南の1人が心の臓腑を貫かれ、全身が寒くなる感覚と喪失感をどこか他人事のように感じながら、間仕切りに巨大な筆で描いたような赤いラインを描き出して倒れ込んだ。
それらからやや遅れ、僅かに視界を取り戻した北と東の2人は、何とかギリギリで急所の防御が間に合ったものの、それは片腕を犠牲にしてのもの。そして、背後から迫ったもう1人の攻撃までは凌ぎきれず、北の方は頭と胴が泣き別れとなり、最後の東側担当の彼女はアオによって数時間ばかり夢と暗闇の世界へと旅立つこととなった。
「な、何だ!?」
「一体何が!」
「敵だ!襲撃だ!」
戦略会議室の中にいたお偉方は、警護が全員無力化されてやっと襲撃を受けたのだと気が付いたようだった。だが、既に彼ら彼女らを守る番犬はいない。間仕切りが紙切れのように切り裂かれ、黒狼の群れが牙を剥いて飛び込んでくる。その勢いを前にして、相手は銃を撃つ暇すら与えられなかった。
ある者は握った武器ごと指を切り飛ばされ、ある者は腹にめり込むような一撃を加えられ、またある者は頭蓋にヒビが入るかと思うほどの峰打ちを受け、毒の息でも吸ったかのようにバタバタと倒れて行った。
「目標制圧!」
「宜しい。1-5、1-6、そして1-3は私と共に。残りはここで情報源を確保していなさい」
『了解!!』
無論、これで仕事は終わりではない。情報の取得は飽くまで目標の一つであり、ホワイトファングに課せられたもう一つの目標はこのアジトの制圧だ。それはまだ未達成である以上、そして派手に暴れ始めた以上、交戦は避けられない。
「起きろ!敵が入り込んでるぞ!」
「クソッ!音がするのは司令達がいる方じゃないのか!?歩哨達は何をやってたんだ!?」
「とっくにやられてるに決まってるだろ!武器を取れ!」
案の定、アジトのあちこちは蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。この地下空間は今まで皇国側から探られるような気配もなかったが為に、いつしかここが発覚する事はないだろうという無意識の慢心が生まれていた。だからこそ、いつの間にか深部へと潜り込まれた上に上層部を斬首されたという状況をいきなり脳に叩き込まれては冷静ではいられなかったのだ。
勿論、レジスタンス達がそうなる事まで含めて皇国側の作戦の内であり、それだけでは止まらないのが彼女達の容赦の無さであった。
突如、爆発が起きた。それも一つではなくあちらこちら……いや、西側の区画に爆発は集中していた。爆炎と瓦礫が不運にも近くにいた者達を加害し、肌を焼き、そしてより不幸な者は身体の一部がもげてもがき苦しむ。
それが起きた場所は、よくよく見てみればホワイトファング達が通ってきたルート上にあった。つまるところ、通りがてらに彼女達は遠隔起爆できる爆弾を設置していたのだ。それによって、レジスタンス側の混乱は一気に頂点に達した。
そして、最早迎撃どころではない騒ぎとなった彼ら彼女らを、2本足の狼達が見逃す筈もない。4つの影が黒い光となってそれぞれの方向へと飛び出し、浮き足立つレジスタンス達へと襲い掛かった。
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「であああっ!!」
最も混乱の極みにあった西側へ向かっていたのは、4人の中では相対的に最も実力の低い1-3ことヒオウ。とはいえ、それは爆弾によって小さくない損害を被ったレジスタンス達にとっては何の慰めにもならない。そもそも、ヒオウとて1人で千人力とされるホワイトファングの隊員なのだ。その襲撃という事態はまさに泣きっ面に蜂。厄災以外の何者でもなかった。
爆風に煽られて何が起こったのか分からないといった様子でいるレジスタンスの兵士達へと、マチェットの煌めきが血に飢えたように次々と喰らいつく。戦場での惚けを咎めるように流れてゆくそれは、くるりと一周する度に首無しの肉マネキンを量産し、屋内へ降るはずのない雨を降らせてゆく。
「畜生!こっちに来るぞ!」
「何やってんだ!早く撃て!!」
舞うたびに死が増えゆく独演を前に、賞賛代わりの情けない怒号と悲鳴が飛び交う。喝采は銃声が、料金は鉛玉がそれぞれ代役を果たし、お返しに穴だらけの前衛芸術を生み出さんと雨霰に降り注がれる。
だが、謙虚な演者はそれを若輩者には勿体無いと受け取ることはなく、ひらりひらりと躱しながら大盤振る舞いの演舞を披露してゆく。そして、受け取る側は吹き出す血飛沫で以て天にも舞い上がる心地を体現していた。
「クソ!クソクソクソ!!皇国の犬がァッ!!我々が何故こんな目に……ガッ!」
「こんな目、なんて失礼ね。こっちはまだマシな方よ。隊長と1-5に比べたらね」
不幸と不運と、そして眼前の猟狼を呪う怨嗟をバッサリと斬り捨てながら、ヒオウは他の面子が担当している場所の方をちらりと見やる。
そこはまさに、大嵐の暴風域そのものだった。破裂音が響き渡り、閃光が飛び、水がうねり狂い、その度にモノや人が舞う。この天変地異のうち一つが不殺主義者によるものであるとは、果たして誰が想像出来るだろうか。
「………しかし、ホントに滅茶苦茶やっちゃって………他にも情報あるかもしれないのに………」
果たして、中央以外に残った情報のうち、どれだけがまともに残るのだろうと、諜報部がこれから味わうであろう労苦に今から同情せずにはいられないヒオウであった。
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一方で、単なる光景だけで言えば最も凄惨だったのが、1-5ことシャガの担当した南側であった。彼女の魔力変換は運動エネルギーと、魔人の変換属性としては割合ポピュラーなもの。だが、彼女のそれは使い方が独特だった。
「来るぞォォォッ!!」
「畜生!畜生畜生!私達をゴミのように……!」
悪態を吐く彼女達を襲うのは、透明な刃でできた馬陸。水筒に納められた水を鞭のように伸ばして形成した剣だ。縦横に曲がりくねるそれが何かに衝突する度、ぶつけられた物体は目の細かいヤスリでかけられたように削り取られてゆく。そして、その事は頭でっかちで二足歩行の哺乳類、別名ヒトであっても例外ではない。それが直撃した人間は、1人の女は身体に巨大な穴を開けられ、1人の男はバラバラに切り刻まれと、例外無く人がしていいものではない死に様を晒していた。
それにレジスタンス達が恐怖しなかった訳は無く、むしろ迫り来る死から逃れようとする願望が最も強いのが南だったと言える。だが、投降という考えは頭にない。目の前の化け物を殺してしまわなければ自分達は死から逃れ得ないという強迫観念が、レジスタンス達からその選択肢を奪ってしまっていたのだ。
「早く降伏してくれませんかね……全く……!」
とはいえ、シャガもこの光景を見て何も思わない程酷薄ではない。他の隊員に比べて露悪的で差別的な態度が目立つ彼女だが、感性そのものはむしろ真面な部類だ。その上でこうして残虐な殺し方をしてしまっているのは、彼女の能力的に手加減が効かないというのもあるが、こうして敢えて残忍に振る舞う事で戦意を削ごうという意図もあった。
それが彼女なりに死人は少ない方が良いと考えているからなのか、それとも単に情報源はそれなりに居たほうがいいという理屈からのものなのかは定かではないが。
しかし、今の所彼女の思惑は上手く行っていなかった。敵はむしろ益々以て敵意を高め、必死になって排除しようとしてくる始末だ。そんな彼ら彼女らの様子に、シャガはそうまでして自分を殺めたいかと舌打ちをしてレジスタンスらの無謀さに苛ついていた。
「………本当に、頭に来ますね……!こいつらも、あの男も……!」
自分が四苦八苦している中でも、当たり前のように不殺での制圧を現在進行形で実践している男の姿がシャガの脳裏に浮かぶ。その事に更に苛立ちを強めながら、まるで八つ当たりをするかのように水剣を振るう腕の荒々しさを増していった。
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稲妻が地下空間を跳ね回り、それに焼かれた空気がオゾン臭い匂いを発している。地下という気候の無い筈の空間に、一つの天災を身一つで顕現させるという、神の御技を思わせるその渦の中心にいたのは、北側を担当していたミネ隊長だった。
「…………張り合いがありませんわね」
一聴しただけでは、一方的に蹂躙されるばかりの無力なレジスタンスへの侮蔑と取れる言葉。だがそれは、弱い者虐めじみた現状に対する一種の嘆きであった。
そもそもミネ隊長は、自分より実力の劣る相手を蹂躙するという事に対しては気乗りのしない人間だ。寧ろ、対等か自分より強い相手との死闘に価値を見出している節がある。そんな彼女からすれば、この仕事はやり甲斐がない、を通り越して相手に憐れみを覚えてしまうようだった。
それでも、なまじ真面目であるが故に本気ではなくとも手は抜かない。それが、レジスタンス達にとっての最大の不幸でもあった。
水平に落ちる落雷が、また2人ほどの身体を貫く。閃光が走ったその身が一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、光が収まると同時に生理的な嫌悪を催すような焦げ臭い匂いをさせながらバタリと倒れ込んだ。あまりにも呆気なさすぎる死に様に、それを見た仲間達も怒りより恐怖が優っているようだった。
「あ、あ、う、うわぁぁぁあぁぁ!!」
走る事すらせず、淡々と歩きながら稲妻という名の死神の鎌で命を刈り取っていく。そんなミネ隊長の姿が余程に恐ろしかったのか、恐慌状態となって我武者羅に突撃銃を乱射する者も少なからず存在していた。流れ弾がまだ生きている仲間に当たって止めを刺す結果になってしまっているとしても、最早彼ら彼女らには恐ろしい死神の姿しか目に映っていなかった。
そうしたレジスタンス達の醜態が、悲鳴が、益々ミネ隊長から仕事へのモチベーションを奪ってゆく。まるで草をむしるように敵の命を奪う、という行為への嫌悪感と、ただ刈り取られるばかりの敵に対する憐憫とがやすりとなって、彼女の心の熱を削り取っていっていた。
今度は、一際大きい稲魂がバリケード代わりの大きな机に命中し、一瞬でプラズマ化して膨張した直撃部が机全体を木っ端微塵に粉砕した。それと同時に、数人のレジスタンスにもその破片が突き刺さる。また、悲鳴が増えた。
聴くに耐えないそれを鎮めるためか、或いは介錯の意味合いからか、そうして苦しむ彼ら彼女らの元へと閃光が轟き、そして悉くが静かになった。
「……………本当に、高揚しませんわ」
先日のアオとの死闘。本当に久しぶりに心が躍ったそれは、今や現在への自分への嘆きを増すスパイスにしかならなかった。そして、それ故にこうも思うのだ。嗚呼、思いが強さになれるのなら、きっと彼ら彼女らはもっと強かっただろうに、と。
祖国解放という強い願いを掲げていようとも、それは圧政という圧倒的な力によってねじ伏せられてしまう。自らもその一部であるが故に、そんな光景をミネ隊長は腐るほどに見てきた。だから、彼女は神というものを呪わずにはいられない。何故彼ら彼女らをもっと強くしてやれなかったのかと。
それでも、手が止まることはない。自らに課せられた職務を全うする為に、気乗りというもののない死神は収穫を続ける。叫びが途絶えるまで。
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三者三様に断末魔で溢れる地下空間において、異彩を放っていたのは1-6ことアオ・カザマの担当していた東側だった。転がっている人の数は多けれど、屍山血河という四字熟語からは最もかけ離れているのがここだったからだ。何せ、誰も彼もがその命を散らしていないのだから。
「これだけ好き勝手やって誰も殺してないだと……あの女、私達を舐めてるのか……!?」
「文句を言ってる暇があったらちゃんと当てろ!どこに目を付けてるんだ!」
「狙ってるんだよ!!なんで当たらない!?」
女じゃないんだけどなぁ。でもどう見ても魔人だからそう思うのも無理無いか。そんな事を思いながら、アオは飛んでくる銃弾を最小限の動きで躱し、時には弾きながら武器を荒っぽく解体して敵を気絶させてゆく。そんな彼の姿をレジスタンスの側は侮っていると取ったようで、怒りと共に益々殺気を向けていた。
とはいえ、彼ら彼女らも自分達の劣勢は悟っていた。どれ程鉛玉をばら撒こうとも当たらず、当たってもそれは弾かれている。理不尽の権化のような存在を前に、焦りは時間を追うごとに増していっているようだった。他の場所の状況を見るに、このままでは全滅は必至だと、その考えを覆せなくなっていたのだ。
「クソ………おい、例のものを起動しろ!」
「バッ………!?そんな事したらこの辺りが!」
「構うものか!どうせコイツ1人をやっても他が控えてるんだ!だったら纏めて道連れにしてやる!」
そんな会話が、銃声に混じって聞こえてきていた。それを逃さず聞き取っていたアオは、何かは知らないが碌でもないらしいモノをレジスタンスらが使おうとしているという事実を理解するなり、声の聞こえてきた方へとまっしぐらに突っ込んだ。
「ッッ!?来たぞ!!」
「さっきのを聞かれてたか……耳聡い奴め!急げ!!」
やはりそこには何かがあるようで、それまでと比べても一層に抵抗は激しくなった。弾雨がザアザアと降っていたそれまでから、局所的に土砂降りへと変化する程に。その向こう側には気絶した仲間がいるというのにお構い無しの様子だった。
面倒な、とアオは心の中で悪態を吐いた。回避すること自体は容易かったのだが、背後にいる生存兵達が流れ弾で死んでしまうのは信条的に避けたかったからだ。故に、使い慣れないマチェットで弾丸を適時弾き飛ばしながら、上手く射撃の方向を誘導して進まなければならなかった。当然、その歩みは遅くなる。
そんな彼の姿を追い込んでいると捉えたのか、ロケットを出せ!と怒号が飛ぶ。直後に対装甲榴弾砲が構えられ、アオの方へと狙いが定まった。そして、発射。筒に傘を被せたような姿の弾頭は煙を吐きながらアオへと迫った。流石にこの直撃を受ければ、魔人といえども只では済まないのだが………。
「んなっ!?」
それをあろう事か、アオは脚で真反対の方向へと蹴り返したのだ。信管に触れないよう注意を払った上で、だ。驚いたのはレジスタンス達の側だったが、それが逃げろ!との警告に変わることは無かった。その前に、彼女達が隠れていたバリケードに弾頭が直撃して吹き飛んだからだった。
「あ、不味……」
それに慌てたのはアオの方だった。咄嗟に蹴り返したが、人間の何人かはミンチに出来る代物を敵に送り返してしまったのだ。死人が出ては堪らないと急いで銃声の止んだ爆発地点まで急行しようとして………。
「……………?」
その時、不可思議な音がした。何かの鳴き声を甲高く編集して、それをトンネルかスタジアムででも反響させたような、そんな音が。よくよく耳を澄ませてみれば、その音の出所は先程ロケットを蹴り返した方の向こう側からだった。
何故それが気になったのかは、アオ自身も分からなかった。だが、何か不吉な予感がしたのだ。その不思議なだけのはずの音が、不思議なだけでのものではないと、彼の直感が告げていた。
やがて、自然とアオの脚は、その音の方向へと向かっていた。横合いから降ってくる弾丸の雨粒を振り切るように無視して、全速力で。
そして、見えない糸を手繰るように辿っていき、遂に音の震源へと到達しようとしたその時に、それは起こった。
ドン!と建物全体を揺らす地鳴りが。
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