わかり合えたふたり

 ベッカムが王家主催の学期末パーティで、告白とも取れる言葉をかけた時、エレノアは思わず頬を染め、彼と手までつないでしまった。周りの貴族たちは、当然のように二人が婚約するものと思い込んだほどだ。


 しかし、屋敷に戻り冷静になってから、エレノアはベッカムのことを改めて考えた。確かに、ベッカムは夫として相応しいし、エレノアも彼に好意がある。だが、学園入学前にエジャートン公爵家でエレノアを振った理由や、学園でエレノアを無視し続けた理由を、彼は一度も説明していない。謝罪も、弁解すらもなかった。


 ――ちょっと待って。もしかして私は彼に軽く見られているのでは?


 エジャートン公爵令嬢としての誇りが心の奥からむくむくと湧き上がってきた。ここは謝罪を待つべきだと判断し、ベッカムが何か言ってくるまで、エレノアからは歩み寄らないと決めた。


 デラノとキャリーの調査を支え、力になってくれたことには感謝している。でも、それとこれとは別問題だ――エレノアはそう感じていた。そもそもデラノに惹かれたのも、ベッカムに振られた反動にすぎないと気づきはじめていたから。


 それからのエレノアは、ベッカムから学園で話しかけられても素っ気なく返し、なるべく笑顔を見せないように心がけた。ベッカムは戸惑っていたが、エレノアは心を鬼にした。


 

 ある日のことだった。


「ベッカム様がお気の毒ですわ。あんなにも切なそうにエレノア様を見つめていらっしゃるのに。まさか、婚約はしないおつもり? エレノア様は、彼のことをお好きだと思っておりましたのに」


 最近仲良くなったリサーリティ伯爵令嬢のモンローが、エレノアに驚いたように言った。


「今は少し事情がありまして。ベッカムの気持ちには応えられないのですわ。婚約は考えていませんの」


「まあ、それは素敵ですわね! それなら、私がベッカム様に交際を申し込んでもよろしいかしら? 私ならあんな視線を送られたら、すぐにでもその想いに応えて差し上げますもの」


 それからというもの、モンローはベッカムに常に付きまとうようになり、ついには手製のお弁当まで作って彼に振る舞おうとする始末。おまけにエレノアまで誘われて、三人で中庭でお弁当を食べることになってしまった。


 モンローはエレノアの前であえてベッカムに寄り添い、自慢げに料理をひとつ手に取り、エレノアが目をそらす間もなく、ベッカムの口元にそっと差し出す。まるで「さぁ、あーんして」と言うかのように微笑みながら。


 我慢、ここは我慢しなければ――そう自分に言い聞かせても、エレノアは勝手に涙が滲んできてしまう。


「あら、泣いてしまわれたわね。本当に、嫌な役を頼まれましたこと。エジャートン公爵を恨みますわ。『どうにも素直になれない娘の気持ちを動かしてくれ』っておっしゃるのですもの。おかげで悪女の噂が広まってしまうわ」


 モンローはピンクの口紅がよく映える少し厚めでセクシーな唇に、誘惑的な微笑みを浮かべながらエレノアにハンカチを差し出し、ウィンクして去っていった。


「どういうことなの? ベッカムも知っていたの? 今日のことも、以前私を振ったことも、学園で無視していたことも――全部謝ってもらわないと許さないんだから!」


 エレノアは涙ながらにベッカムに思いの丈をぶつける。


「ごめん、エレノア。以前のことも、今日のことも本当にすまないと思っている……」


 ベッカムは、エジャートン公爵家でなぜ婿にはならないと言ったのか、そして学園でエレノアを無視していた理由を話しだした。最初からエレノアに伝えていれば、どちらも納得できる理由だった。


「私も謝らなくてはね。あのとき、『そんなに頑張らなくていいのよ』と言ったのは、無理して身体を壊してほしくなかったからなのよ。今でこそ逞しくなったけれど、小さい頃はすぐ寝込んでいたでしょう? だから、ずっと心配していたのよ」


「これからはもっと、何でも話し合おう。言いたいことがある時は、理由からきちんと伝えていくこと。私たちのためにとても大切だと思う」


 ベッカムはエレノアの手を取り、一瞬、言葉を飲み込み深呼吸した。


「それで、エレノア。私をあなたの婚約者にしてくれませんか? 一生大切にするし、もう二度と誤解させないようにするよ」


 エレノアはベッカムの腕に飛び込み、つけ加えた。


「上から目線はやめてほしいわ。それから、ベッカムファンクラブは解散して。他の女の子の手料理も禁止よ。それにね……」


 エレノアは次々にお願いを並べた。ベッカムは笑ってエレノアを抱きしめる。


「それだけ私が愛されているという証拠だね。未来の奥様のおおせの通りにしよう」


「嘘! 半分は冗談で言ったのよ。困った顔が見たかっただけ」


「エレノア、男って、好きな子からのお願いなら困ったりしないものさ。特に私みたいに余裕のある男はね」


「……ありがとう、ベッカム」


 ベッカムの腕の中で素直にエレノアの言葉がこぼれると、ベッカムは穏やかに微笑んで頷いた。そして、二人はこれから共に歩む未来を、暖かな沈黙の中で確かめ合ったのだった。




 完

 

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だったら、そちらと結婚したらいいでしょう? 青空一夏 @sachimaru

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