夏の終わりを告げるあの歌が

マスク3枚重ね

夏の歌が終わりを告げるあの歌が聞こえる

「ねぇ…僕は……」


暑い夏の頃だった。その続きを言った親友はあの日に置いて来てしまった。ひぐらし達が歌う戻れないあの夏、あの場所に。




「ミーンミーン」蝉達の鳴き声と鳴らない風鈴、胸に張り付くTシャツが不快にさせるこの夏が僕は嫌いだった。扇風機の前の畳の上で横になり、食べ終わってなお味のしないガリガリ君の外れ棒を嚙み続ける。


「あつい…しぬ…」


「おーい。弥織(みおり)いるか?」


突然の聞き馴染みのある声の方に弥織は力なく首を向ける。庭の垣根向こうから顔を出している悠斗(ゆうと)と目が合う。すると悠斗は白い歯を見せ夏の眩しい日差しを返してくる。相変わらずの眩しい笑顔だった。それに垣根は弥織の身長ほどあるが悠斗はそこから顔が出るほど大きい。


「超大型巨人…」


「誰がベルトルトだ!おばさんは?」


「買い物…」


「そうか。あがるぞ」


悠斗はそう言うと垣根を迂回して庭に入って来て縁側に座った。彼は高校の制服を着ていた。夏休みに入り、バスケの大会で県外に行っていたはずだが終わったのだろうか?弥織が熱された頭でそんな事をぼんやり考えていると悠斗がこちらに背を向けたまま話し出す。


「負けちまった!初戦で優勝校と当たっちまったよ。ついてないぜ!」


そう言うと悠斗は大きな身体を横にし大の字に寝そべる。身体が大きいせいで身体が家の中にまで入ってくる。相変わらず笑ってはいるが辛さが伺える。


「俺の3年間もこれで終わりだ。後は後輩達に託して来た」


「そっか。お疲れ悠斗」


悠斗が「ああ」と呟き寝そべる2人は黙る。蝉達の声がより一層うるさく聞こえてくる。弥織は加えたガリガリ君の棒を口の中で転がす。


「何食ってんだ?」


悠斗が横になったままこちらに首を向けている。


「ガリガリ君」


「俺にもくれ」


「ほい」


悠斗は噛み跡でいっぱいになった棒を受け取る。


「ゴミよこすな。しかも外れじゃねぇか!新しいのくれよ」


「もう全部食べちゃった」


そう言う弥織が指を指す方を見るとちゃぶ台の上にガリガリ君の外れ棒と空袋が山になっていた。


「おま…腹壊すぞ…?」


「大丈夫。腹壊したことない」


悠斗がため息をついて起き上がる。靴を脱ぎ縁側から家に入ってくる。


「腹壊さなくても、ゴミこのままだとおばさんに怒られるぞ。全く…」


そう言うなり悠斗がゴミを片付け始める。全て回収してゴミ箱に捨てた後、綺麗にちゃぶ台を拭いている。


「ありがと」


「俺もアイス食いてぇ。アイス奢れよ!」


「お金なーい」


「マジでか…?せめてコンビニまで付き合え!」


面倒くさがる弥織を起こして2人は自転車にまたがり、ちょっと距離のあるコンビニエンスストアまで向かった。日はまだ陰りを見せず熱されたアスファルトがゆらゆらと陽炎を造り、茹だるような夏の日差しが真っ白い弥織の肌を焼いていく。


「あつい…しぬ…とける…」


フラフラしながら弥織はそうぼやき自転車を漕ぐ。田んぼと田んぼの間の道路をそれでもゆっくりとだが進んで行く。前の方で心配そうに何度もこちらに振り返る悠斗が少し面白いからかもしれない。それから程なくしてやたらと駐車場の広いコンビニエンスストアに2人は到着する。




「なんで俺が奢んないといけないんだよ…」


軽快な音で自動ドアが開き悠斗が外に出る。大きくため息を吐き、コンビニ前に置かれたベンチでガリガリ君を食べる弥織の隣にドカりと座る。


「たっく!ちょっとは体力つけろよ」


「運動嫌い…」


「運動って程の事じゃねぇだろ、全く。モヤシみたいに細っこい腕しやがって。それに…」


悠斗はガリガリ君を食べ始めその先を言わなかったが弥織はその先の検討が着く。『それに俺が居なくなった後1人でやっていけるのか?』こんな所だろう。弥織は黙ってガリガリ君を食べ続ける。


「お前も勉強出来んだから、こんな町出て大学行けばいいだろ?こんな何もない田舎からよ!」


「僕に一人暮らしできると思う?」


悠斗は少しの沈黙の後「無理だな…」と言った。


「なら…俺と…」


悠斗が黙る。しばらく弥織がその先を待つが何も言わない。


「俺となに?」


悠斗が弥織に顔を向けると弥織の澄んだ瞳がこちらを見ていた。タレ目で左の目の下になきぼくろがある。まつ毛は長く顔立ちは整っており額には汗が玉を作っている。彼は女と間違われる程に美しかった。彼の瞳を見ていると続きが出てこない。


「アイス溶けるぞ」


そう言って自分のアイスを一気に頬張ると遅れて頭にキーンと痛みが走り、悠斗は顔を顰める。それまでじっと見つめて居た弥織は「ふっ」と笑い。溶け落ちそうなアイスをこぼさずに器用に食べる。


立ち上がりゴミ箱にアイスの外れ棒を悠斗は捨てる。


「ご馳走様。これお返し」


悠斗が振り返ると腕を伸ばした弥織がアイスの棒を口に突っ込んできた。


「ちょっ!?何すんだ?!」


「あげる」


悠斗が口からアイスの棒を出すと当たりと書かれていた。悠斗が困惑したまま弥織を見ると彼は笑っていた。笑窪を作り、男にしては少し長い髪を揺らして、表情が決して豊かでは無い彼が目を細めて笑い言う。


「秘密基地寄ってかない?」


日が陰りだし夕暮れ時の陽の光のせいかそう言う彼の頬は赤く染っていたように感じる。カナカナカナ…と遠くからひぐらしが鳴き始め、まだ熱が残るアスファルトの上を2人は進む。かつて2人と友人達で秘密基地にしたそのコンクリートでできたその小屋はずっと使われることなくひっそりとまだそこにあった。2人は小屋の扉の鍵が隠してある金属製の箱の蓋を開ける。中には小さな鍵と壊れて動かないスイッチが幾つかあった。


「お!まだ鍵あるぜ?」


悠斗が鍵を取り出し扉を開け中に入る。中は狭く少しホコリ臭いが昔のまんまだった。下には茣蓙が引かれミニカーやら本やらが乱雑に散らばっていた。


「懐かしいな!見ろ!この漫画まだ置きっぱだ」


悠斗が屈みながら漫画を拾いペラペラとめくっていると後ろから「ふふ」と小さな笑い声が聞こえ振り返ると弥織が入って来る。


「悠斗は随分大きくなったよね」


「そうだな。こんなに狭かったんだな」


「僕達の中で一番小さかったのに今では超大型巨人だよ」


「またそれか…俺、進撃途中までしか読んでないんだ」


「僕もだよ」


弥織は茣蓙に座る。カナカナカナとひぐらしが近くで鳴いている。


「さっき、なんて言おうとしたの?」


「さっきって何だよ…?」


「なら俺と…なに?」


悠斗がチラリと弥織の顔を覗くといつもの無表情の顔でミニカーを見つめている。別に隠すことでもないと悠斗は意を決して言う。


「いや、別に…俺とシェアハウスなら大丈夫だろ?だから…その一緒に住まねぇか?ってそれだけで…」


「何で?」


弥織がミニカーを指で動かしながらそう聞いてくる。


「いや、ほら家賃も割り勘にできるし、俺も1人で東京行くよりはお前が居たら…その…楽しいからな。恥ずいから言わすなよ!」


悠斗が精一杯の作り話と恥ずかしさで誤魔化し漫画を置く。すると弥織がいきなり顔を近づけてあの瞳を向けてくる。


「嘘だよね?」


「え…?」


「悠斗はそんな事の為に僕を誘ってるんじゃないよね?」


悠斗が堪らず目を逸らす。顔が暑い、小屋に熱気が溜まっていたからだろうか。


「な、なんだよ?他に理由があるか?」


弥織が少し目を細め、こちらを見ている。彼の瞳を見ていると無性に喉が渇く。弥織が薄赤く柔らかそうな唇が動く。


「悠斗は僕ともっと別の事がしたいんだよ。他の人には言えない事…」


悠斗は目を見開き、少し後ずさる。心臓が早鐘を打っている。


「人には言えない特別なこと。僕達ふたりじゃないとできない…」


弥織がゆっくり立ち上がり、悠斗に近づく。身長差がかなりある2人だが今の悠斗は小さくなっているように見える。悠斗は後ずさり直ぐに壁に背をぶつけて座り込んでしまう。弥織が無表情で真っ赤な頬と唇をゆっくりと近づけてくる。


「ねぇ…僕は…悠斗の事が好きだよ…」


「俺も…」


悠斗が反射的にそう言うと唇に柔らかく、熱い何かが当たる。熱を帯びたそれは重なり合い、しばらくそうしていた。


2人の熱が更に重なり合い静かに時間が過ぎていった。ゆっくりとコンクリートのその小屋の扉がそっと蓋をする。暗く暑いその場所で2人は歌い出す。

遠くでひぐらし達が歌ってる。その歌は2人への祝福の歌か、それとも別の悲しみを帯びた歌かはわからない。近くで彼の歌が聞こえてる。愛を囁き、濡れる音、誰にも聞かせたくないその歌は俺だけが聞いていた。


「ずっと一緒にいようね…」






「じゃぁ気をつけて帰れよ」


「うん」


そう言って2人は自転車で各々の帰路に着く。悠斗が自転車を走り出すと汗をかいた身体に夜風が心地よい。真っ暗な田んぼ道にカエル達が歌っていて、しばらく走るとトラックの光が横をスレスレに走っていき、ふと思う。2人が受ける大学の話と、おばさんとおじさんにシェアハウスの話の許可を貰う為の相談をした方がいいのではないかと、が今日でなくてもいい。ただ何となくまた弥織と話したかった悠斗は来た道を引き返す。するとカエルの歌に混じりドンッ!と大きな音が近くで聞こえた。物悲しく歌うカエル達の鎮魂歌と横転し田んぼに落ちたトラックの光が空を照らす。

悠斗の息が荒くなる。近くに自転車を止めて急いでトラックの元まで走り出す。場合によってはトラックの運転手を助けなければならない。トラックは田んぼに落ちて、変な風に曲がっている。これを登って助けるのは危険だと判断し悠斗は携帯を取り出して110番にかける『事件ですか?事故ですか?』その問いに悠斗は答えられなかった。ふと視界に入った暗闇の中に誰かが倒れていたからだ。携帯の灯りを震える手で向けると道路の端に赤黒い染みとその中心に倒れる人がいた。悠斗は叫び出したくなる。


「ここに…居るはず…ないだろ…?帰り道…逆だろ…?」


真っ赤な血溜まりに浮かぶ弥織が虚ろな瞳で仰向けに天を仰いでいた。悠斗がヨタヨタと近づき、確かめる様に血溜まりに膝をつき弥織をだき抱える。弥織はまだ暖かく、そして真っ赤だった。


「何でお前が…こっちに来てんだよ…そんな事する様な奴じゃないだろ…」


悠斗は弥織を強く抱きしめ、泣く事しか出来なかった。夜のひぐらしとサイレンの音が遠くから聞こえた気がした。





ポクポクポクポク…木魚を叩く音と坊さんがお経を歌っている。虚ろに畳を見ることしか出来ずにいる悠斗はその聞きたくない歌を聞き続ける。彼の遺影を彼のあの瞳を見る事ができなかった。

葬儀が終わり両親に歩いて帰ると伝えその場を後にした。悠斗は虚ろに暗くなり月の浮かぶ空と田んぼ道の間を歩き出す。いくつかの車のライトが自分を追い越して行ってしまう。カエルどもが哀れみの歌を歌い続けている。

しばらく歩き悠斗は喉が乾き、自販機の前に立つ。虚ろな黒い瞳には自販機の明かりは眩しい。財布をケツポケットから出して小銭を取ろうとすると手に何かが当たる。取り出して見るとそれはガリガリ君の棒だった。棒の板には当たりと描かれ彼の歯型がうっすら着いていた。悠斗は枯れたはずの涙がまた頬を伝った。


「弥織…約束はどうすんだよ…ずっと一緒にいるって言っただろ…」


手に持ったアイスの棒を強く握りしめ止めどなく涙する。そしてアイスの棒に唇をあてがってあの日を思い出す。コンクリートでできたあの小屋に、2人で過ごしたほんの少しのあの時間。




悠斗は気が付くと小屋の前に立っていた。自然とここへ足が運んだのだ。遠くでひぐらしとカエル達が泣いている。何も考えずに鉄の箱から鍵を出し、扉を開ける。中にはあの日と変わらず本やおもちゃの類が茣蓙の上へと置かれていた。


「遅かったね。悠斗」


「は…?」


弥織が茣蓙に座り、退屈そうにミニカーを指で動かしていた。


「何で…は…?」


弥織がこちらに向き直りあの綺麗な瞳で下から見つめてくる。そして少し困った様な顔する。


「ごめん。僕、死んじゃった」





悠斗は大学には行かずに地元に残り近くの農協に就職する事にした。弥織は確かに死んだのだ。だが、あの場所に今も弥織はいる。悠斗が仕事を終わらせ、車でいつもの場所に向かう。俺たちふたりのあの場所に。


「よ!遅くなった!」


「ん…お疲れ悠斗」


茣蓙の上で横になってた弥織が目を擦りながら上体を起こす。


「寝てたのか。幽霊も寝るんだな」


「うん。たまには普通に寝るよ」


悠斗が弥織の隣にドカりと座り、袋から最新の漫画取り出す。


「ほらよ。買ってきたぜ」


「あ、ありがとう」


弥織が本をめくり読み出す。悠斗は黙ってその様子を眺める。


「そんなにジロジロ見てどうしたの?」


本をめくりながら一瞬こちらを一瞥した後にそう言う弥織に悠斗は答える。


「ここから出してやれなくてごめん…」


弥織がハァ…とため息をついて漫画を閉じてこちらに向き直る。少し怒ってるようだった。


「悠斗が謝ることじゃないし、ここから出られないのはたぶん僕のせいだよ」


「それだけじゃない…」


弥織の眉が今までにないくらい釣り上がる。


「またその話?やめて。あの日、事故ったのは僕のせい。悠斗は悪くないでしょ?」


悠斗は弥織を見てられず下を向く。


「俺が…アイス買いに行こうなんて言わなければ…あの日、寄り道せずに帰ってれば…」


弥織が悠斗の手に手を重ねる。


「悠斗はあの日の事を後悔してるみたいだけど、僕は後悔してないよ。だってさ自分の心に蓋したまま生きてたって結局は悠斗と離れ離れになってたと思うし、あの日引き返して悠斗を追いかけたのも僕は君が大好きだから…それを伝えたくて…」


悠斗が弥織を強く抱きしめた。離れたくない。いつまでも一緒にいたい。そんな気持ちが心の内側から溢れ出し、力ずよく抱きしめた。


「痛いよ…悠斗」


「俺も大好きだ…ずっと傍にいてくれ…」


「うん…」


弥織も強く抱きしめ返し、2人はそのいっときの時間を噛み締め、絡み合い、愛し合う。お互いがその気持ちを確かめ合うように…

遠くで蝉が泣き出した。また新たな夏が始まろうとしていた。





「悠斗。仕事お疲れ。今日はもう大丈夫だぞ!」


「はい!お疲れ様です!」


職場の上司からそう言われ、更衣室で悠斗が急いで帰りの支度をしていると先輩達の話が聞こえてきた。


「聞いたか?都市開発の話?」


「ああ、どっかの企業が土地を買い叩いて住宅地やらマンション立てんだろ?まぁ田舎のこの町もやっとって感じじゃないか?」


「ああ、あの○○地区のあたりは今日じゃなかったか?」


「ああ、さっき通って来たら更地になってたぞ?早いよな!」


悠斗が勢い良く更衣室から飛び出し、先輩達が呆けた顔で言う。


「あいつどうした?」


「さあー?」



日は陰り夕暮れ時の陽の光が綺麗なオレンジに辺りを染めている。不安が悠斗の車のアクセル強く踏み込ませる。いつもの場所に車を停めて悠斗はかけ出した。

2人の場所に着い時、コンクリートの小屋は無くなっていた。それらを隠す木々や草は綺麗に刈り取られ、ただの何も無い更地に変わっていた。


「弥織…みおりぃぃぃ!!」


小屋があった場所にはコンクリートの枠だけが残されて、漫画や茣蓙も無くなっていた。

弥織も居なくなっており、その場に悠斗は膝を付き彼の名前を呼ぶ事しか出来なかった。


「遅かったね。悠斗」


「弥織ぃ?!」


後ろから声が聞こえて振り返ると弥織が寂しげに立っていた。直ぐに立ち上がり、弥織抱きしめようとするが身体がすり抜ける。彼は透明になり向こうの夕暮れのオレンジが見えている。


「ごめん。もう時間が無いみたい…」


弥織がはにかんだ様な悲しそうな笑いを浮かべている。


「時間が無いって何だよ…それにお前…透明に…」


「僕もよくわかんない…でもたぶんもう会えなくなる…」


「会えなくなるって…何だよそれ…ふざけんな…!」


頭ではわかっている。わかっていたから急いでここに来たのだ。この小屋があったから2人は今まで一緒にいれたのだ。


「ごめん…でもね。この1年、君とここで過ごせた時間は僕にとって生きてきた時間よりも素敵な時間だったんだ。だから…」


「だから何だよ…俺だってそうだよっ!ここで過ごした時間が幸せだった!これから先、俺は1人になるのか!?ふざけんなよ!?そんなの…残酷過ぎんだろ…」


弥織は首を横に振る。


「ううん。本来この1年は僕達にはなかった。素敵なプレゼントを神様がくれたんだよ。本当に…幸せで…楽しくて…2人の時間が……」


弥織を見ると目から涙がボロボロと溢れだしている。そしてその場に崩れてしまう。


「僕だって嫌だよ…もっと悠斗といたい…!ずっと一緒にいたい!一緒に大学だって行きたかった!一緒に住みたかったっ!!もっとキスだってしたかった…!」


悠斗も涙が溢れ崩れ落ち嗚咽がもれる。近くで秋の虫達が歌い出す。その夏の終わりを告げる歌は残酷で美しく、そして悲しいものだった。2人の涙が流されて夕暮れ時が終わりを告げようとしていた。


「悠斗、愛してる。ずっと一緒には居られなかったけど、ずっと愛してる。これから先もずっと…」


涙で視界がぐちゃぐちゃになっていて弥織の姿は薄らとしか見えない。ゆっくりと近ずき弥織が悠斗にキスをした。ほんのり冷たく、秋の夜の冷たさを感じた気がした。彼は綺麗な瞳で涙を流しながら笑顔だった。


「大好き!悠斗、さようなら…」


その言葉を残して弥織は消えてしまった。秋の虫が別れの歌を歌い続け「行かないでくれっ!」と叫ぶ悠斗の声は届かない。何処までも虚しく秋の空に響くだけだった。

残された悠斗の前には噛み跡の着いたガリガリ君の外れ棒が落ちていた。


おわり

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