34.華楼の夜、想いを重ねて ②

 そんな彼の様子を見計らったかのように、どこからともなくガストンの響く声が届いた。


「いやはや、このパサージュは素晴らしい。ますます商売が楽しくなりそうですな!」


 彼はサント=エルモ商会の会頭らしい自信に満ちた笑顔で近づいてくる。

 隣にはエリゼを伴っており、彼女の瞳は鮮やかに飾られた店先や広場を行き交う商人たちに釘付けだった。

 ユーリは前回来たとき、彼女にパサージュを案内する時間が取れなかったことを思い出す。


「まるで夢が詰まった宝石箱のようですね」


 彼女が小さく呟くと、ガストンが大きく頷いて続けた。


「まさに商人にとっての黄金郷と言えましょう! 私もこの都市で大いに腕を振るわせていただきたいと思いますよ」


 ガストンの目は興奮で輝いており、その表情には心底楽しみにしている様子が伺える。


「それで、男爵夫殿、王都との行商の話はいつから動き始めるのですかな? 早く商品を並べてみたいですな」


 ガストンの言葉に、ユーリは軽く頷きながら答えた。


「ベルクレア仕立工房を中心に仕立工房の皆様と準備を進めていますので、正式な取引が始まるのは少し先ですかね。ですが、一部商品で先に市場の開拓を始められるといいのですが、お願いできますか」

「もちろん、お任せください。ほら、エリゼも挨拶をせんか」


 ガストンの促しを受け、エリゼはスカートの裾を軽くつまみながら、優雅に一礼する。


「旦那様、この度は素晴らしい市場のお披露目、心よりお祝い申し上げます。私も微力ながら、レーベル男爵領の発展に尽力して参りたいと存じます」


 その言葉に、ユーリは軽く頷きながら微笑む。


「それは頼もしいね。これからもよろしく頼むよ」

「仕事ばかりでなく、早く孫の顔を見せてくれよ!」


 ガストンの笑い交じりの一言に、エリゼは顔を真っ赤に染め、目をぱちぱちさせる。


「お、お父様! そんな話をこの場でするのはやめてくださいませ!」


 恥じらいと困惑が混じった声に、ガストンは腕を組んで満足げに頷いた。


「何を恥ずかしがる必要がある。家を繁栄させるのも立派な仕事だろう?」


 ガストンは腕を組みながら大きく頷き、どこか得意げに言葉を続けた。


「商人のギフトをお持ちの女男爵夫との間に生まれた子なら、商会をもっと繁栄させられること間違いなしではないか。後宮入りするからには、女男爵夫につくし、さらに商会の繁栄にも寄与する女でなければならん!」


 エリゼは困ったように視線を泳がせながら、ユーリにちらりと目を向ける。


「旦那様……父が本当に申し訳ありません……」


 ユーリは苦笑を浮かべながら手を軽く振った。


「そ、そうですね、子供はそのうちにでも……」


 その言葉を発した瞬間、ユーリは気恥ずかしくなって軽く視線を外す。


(子供か……前世ではボッチで彼女すらいなかった僕が、こっちでは奥さんが何人もいるんだよな……)


 エリゼが恥ずかしそうに父を押し戻そうとする姿が視界に入る。


「お、お父様、オフィーリア様とパサージュ運営会の方々にご挨拶しに行かないといけないのでしょう」


 彼女が必死に場を切り替えようとしているのを見て、ユーリは口元をほころばせた。


(でも……順番を考えたら、まずはセリアかロッテが先になるよな……)


 ユーリは一瞬だけ周囲を見渡し、パサージュを行き交う人々の活気を感じ取った。


(特にロッテは貴族院を卒業してからじゃないと不味いし……。タイミングを間違えたら、後宮がややこしいことになりそうだし)


 軽く息を整え、ユーリは再びエリゼとガストンに向き直った。


「女男爵夫。娘はこう言っておりますが、できるだけ早くお願いしますぞ」

「それはいいから、早く行きますよ!」


 エリゼは頬を膨らませながら、ガストンの背中を押す。


「分かった分かった、そう押すでない!」


 ガストンが苦笑しながら足を進めるのを、ユーリはほっとしたように見送った。


「ふふ、ガストン様は相変わらずそうですね」


 リリアーナが微笑みながら呟く。


「私たちもリーゼロッテ様のところに向かいましょうか?」

「そうですね、これから祝賀パーティですし、旦那様も栄養をつけて、夜の種付けに備えないといけませんしね」


 アイナがさらりと冗談を交えると、ユーリは一瞬言葉を失った。


「あ、アイナさん……」

「おや、備えられないのですか?」

「……ま、まだね」


 ユーリが顔を赤らめながら答えると、アイナは悪戯っぽく笑った。


「なるほど、まだ苗床に種付けしないと……今日もたわわに実った穂を刈り取るのに忙しいと」

「あ、アイナさん!」


 リリアーナが慌てて声を上げ、顔を真っ赤に染める。


「ま、まだお昼ですから……その……」


 アイナは微笑みながら軽く肩をすくめた。


「ふふ、稲作の準備の話ですよ、もうすぐ春ですし」


 さらりと言い放つアイナが歩き出すと、リリアーナはスカートの裾を軽くつまみながら慌てて追いかけた。


「あ、アイナさん……ちょ、ちょっと待ってください!」


 ユーリは取り残されたまま、二人の背中を呆然と見つめた後、ようやく足を動かした。


(絶対違うよね、ワザとだよね!)


 心の中でそう叫びながら、ユーリも慌てて二人の後を追うのだった。


 ◇ ◇ ◇


 夜。

 華やかな祝賀パーティの会場には、煌びやかな装飾が施され、貴族たちの楽しげな声が響き渡っていた。

 リーゼロッテは、貴族子弟たちに囲まれながらも、その心は全く別のところにあった。

 視線の先――ユーリがリリアーナ派の令嬢たちに囲まれている。

 令嬢たちは華やかなドレスに身を包み、楽しそうにユーリに微笑みかけていた。

 彼もまた鼻の下を少し伸ばしながら彼女たちの話に耳を傾けている。


(いつものことだけど……どうしてこんなにも気になるのかしら)


 チラチラと胸のあたりを見ている辺り、これもまたいつもの光景だ。

 しかし、リーゼロッテの胸には小さな刺が刺さったような感覚があった。

 彼のその視線が令嬢たちの笑顔をさらに引き立てているようにさえ感じる。

 リーゼロッテはそっと手に持った銀のカップを指でなぞり、息を小さく吐いた。


(リリアーナ派の貴族たちの令嬢……イシュリアス辺境伯からここまでついてきた彼女たちが、どうしてこんなにも彼に惹かれるのかしら……)


 目の前の貴族子弟が話しかけてきたが、その言葉は耳に届かなかった。

 ただ「ええ、そうですわね」と上の空で相槌を打つ。

 ふと、セリーヌとオフィーリアの言葉が頭をよぎった。


『貴族院卒業まで、旦那様のお世話は侍女たちに任せるつもりだったのかしら?』

『逃げていては、大切なものを失うかもしれませんわよ』


 リーゼロッテは無意識にため息をつく。


(卒業まで……ただ待つだけ? でも、私はそれで良いのかしら? 旦那様にとって、ただ見守るだけの存在で……)


 令嬢たちに囲まれて笑うユーリの姿を見ながら、彼女の心には複雑な感情が浮かんでは消える。

 彼の側室や妾となった女性たち――オフィーリア、リリアーナ、ロザリー、フィオナ、クロエ、リリィ、エリゼ、アメリア、エレナ……次々と思い浮かぶ顔ぶれが、彼女の胸をざわつかせた。


「リーゼロッテ様? どうかなさいましたか?」


 隣の子弟が心配そうに声をかけてきた。

 リーゼロッテは我に返り、慌てて微笑みを浮かべた。


「ええ、大丈夫ですわ。ただ少し考え事をしていただけですの」


 令嬢たちと談笑するユーリの姿が再び目に入る。

 その輪の中に入れない自分の立場を、リーゼロッテは痛感しながらも、小さな決意が胸に芽生え始めていた。


 ◇ ◇ ◇


 ユーリは令嬢たちの話に相槌を打ちながらも、どこか落ち着かない様子だった。

 ちらちらと視線を向ける先には、リーゼロッテの姿。

 彼女は貴族子弟たちに囲まれながら、いつものように凛とした態度で会話を交わしている。


(……なんだよ、あの楽しそうな雰囲気は)


 リーゼロッテが柔らかく微笑みながら相槌を打つたびに、令息たちが嬉しそうに顔を輝かせているのが、どうにも目障りだった。


(いやいや、僕は気にする必要なんてないだろ。ロッテだって、貴族としてちゃんと社交をしているだけなんだから……)


 そう自分に言い聞かせながらも、彼女に向けられる令息たちの熱い視線がどうしても引っかかる。


(あの一人、やけに距離近くないか? いや、待て、あの手の動きは何だ――袖を触るな!)


 気がつけば、ユーリは令嬢たちに軽く頭を下げてその輪を抜け出していた。

 心の中でいろいろな言い訳をしながら、足は自然とリーゼロッテの元へ向かっていく。


「ロッテ」


 ユーリが言葉をかけると、リーゼロッテは驚いたように顔を上げた。

 その一瞬の戸惑いが、ユーリの胸に妙な引っかかりを残す。

 一方で、リーゼロッテを囲む令息たちは一斉にこちらを振り向いた。

 その視線には明らかな困惑と不満が混じっている。


「男爵夫殿……突然のご介入とは驚きましたね。我々はただ、リーゼロッテ様とのお話を楽しんでいただけですが」


 一人が嫌味たっぷりに笑みを浮かべて言った。

 その言葉に、他の令息たちも頷くように相槌を打つ。


「そうです。リーゼロッテ様が貴族院に行っても困らないようにアドバイスをして差し上げていたのに」


 別の令息が、どこか挑発的な声で続けた。


「奥方や側室の皆様の相手も大変でしょうに……リーゼロッテ様のおもてなしは我々に任せていただければよいものを」


 さらに別の令息が皮肉を込めて言い放つ。

 その場にわずかに笑い声が響くが、ユーリは眉一つ動かさず、静かにリーゼロッテを見つめ、彼女の手を軽く取る。


「少し付き合ってほしいんだけど」

(俺の女に手をだすな!)

「ユ、ユーリ様……?」


 少しだけ驚いた声を漏らすリーゼロッテを気にも留めず、ユーリはそのまま彼女を会場の外へと連れ出した。

 廊下に出ると、外の涼しい空気が二人を包み込む。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


微エロ万歳!!

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2025年1月11日 07:30

残念貴族のハーレム奮闘記 ~チートな旦那様は貧乏領地の救世主~ 葛餅もずく @kuzu99

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