34.華楼の夜、想いを重ねて ①

 「辺境女伯強奪事件――」

 後にそう呼ばれることになるこの騒動を引き起こしたユーリたちが、レーベルク男爵領へと戻ったのは、嵐のような数日間を乗り越えた後のことだった。

 リリアーナ派の貴族や騎士団の協力を得て、ギデオンの強権に不満を募らせていた領民たちを、レーベルク男爵領へと誘致する計画が秘密裏に進められていたのだ。

 今回の移住計画で目立ったのは、皇国から輸入された絹生地を加工し、美しい衣装に仕立てる職人たちだった。

 彼らの多くは、ローゼンクライツ商会の厳しい管理下で酷使され、不当に低い報酬や価格の圧迫に苦しんでいたためである。

 特に、絹生地を高級ドレスや礼装に仕立てる仕立て屋たちの間では、商会に対する不満が高まる一方だった。


「助けていただいた恩を返させてください」


 と、ベルクレア仕立工房のエレナが精力的に動いてくれたおかげで、多くの職人たちが移住を決意したのだ。

 一部の職人たちは鬱憤を晴らすように、商会やギデオン派貴族の倉庫を襲撃。

 「損失を取り返す」という大胆な行動に出たのである。

 その手際の良さには、さすがのユーリも驚きを隠せなかった。

 ユーリの異空間倉庫に収まったのは、金銀財宝や絹生地の束、高級ドレス、さらには酒や保存食まで。

 目を疑うほどの品々が格納されていた。


「いや、これ、ちょっとやりすぎじゃない……?」


 と、ユーリが頭を抱えたのも無理はない。


「これ、もしかして僕が略奪の首謀者とか言われるんじゃ……?」


 帰り道でそう漏らしたとき、隣にいたアイナが冷静に答えた。


「今頃気づいたのですか? 旦那様、すでにその噂は広まっておりますよ」


 そのやり取りを聞いていたオフィーリアは息を荒くしながら言い放った。


「自業自得ですわ。誰が為の貴族と思っているのかしら」


 そんなやり取りをしながら、多くの移住者と大量の戦利品を抱え、ユーリたちは堂々とレーベルク男爵領へと凱旋したのだった。



 そのころ、レーベルク男爵領でも波乱が続いていた。

 エリオット・フォン・モンクレールが遊撃士フィールダーを引き連れ、領地を襲撃してきたのだ。

 だが、レーベルク男爵領の騎士団は奮闘し、見事これを撃退した。

 特にフィオナ、クロエ、リリィの三人はその名を刻む活躍を見せたのである。

 見目麗しいリリィを餌に、襲ってきた遊撃士フィールダーを落とし穴に落としてフィオナとクロエでボコる、という作戦が見事にハマり、多くの遊撃士フィールダーを捕らえることができたらしい。

 結果、数人の遊撃士フィールダーとエリオットを取り逃がしたものの、セリーヌの説得により味方につけるという驚くべき成果を上げた。

 そんな激動の日々の後も、ユーリたちに休息の時間は訪れなかった。

 パサージュのオープン準備が次なる試練として彼らを待ち受けていたのだ。

 そして――。

 祭りのような賑わいが町全体を包む中、待望の開通式が始まる。

 彩り鮮やかな旗が風になびき、広場には笑顔の領民たちが溢れている。

 領地の隅々からやってきた人々が一堂に会し、歓声が空へと響き渡る。

 新たな幕開けの瞬間だ。

 この日を迎えるために費やされた努力と時間が報われるような、晴れやかな空気が町を満たしていたのだった。


「本日は、『ギャルリ・ド・ギンザ』の開通式にお越しいただき、誠にありがとうございます。毎週の大市が開かれていたこの広場を閉鎖した時には、市民の皆様にはご迷惑をおかけいたしました。ですが、このように立派な商店街が完成したのです。この商店街は、私たちの領地の新たな未来を切り拓く第一歩です。ここを通じて、人々の交流が深まり、交易が活発になることで、レーベルク男爵領はさらなる発展を遂げるでしょう」


 壇上からセリーヌの声が響く。

 その穏やかでありながら力強い口調には、彼女らしい気品と堂々たる態度が漂っていた。

 セリーヌの両隣には、リーゼロッテとオフィーリアが立ち、それぞれ凛とした表情を浮かべている。

 背後には宰相や騎士団長と思われる人物たちが整然と並び、式典を見守っていた。

 その光景はまさにレーベルク男爵領の未来を象徴するものであり、誰もが心を奪われるようだった。

 一方、その光景を群衆の後ろから見つめていたのは、庶民の服装に身を包んだユーリだ。

 リリアーナ、アイナと共に、人波に紛れながら壇上を見上げている。

 セリーヌの声が群衆に静かに響き渡る中、ユーリはその光景に思わず口元をほころばせた。


(さすがセリア、堂々としてるな……僕が壇上に立ったら、足がすくんじゃうよ)


「旦那様、壇上に立たなくて良かったのですか?」


 リリアーナが隣で小声で問いかける。

 ユーリは少し気まずそうに笑いながら、軽く肩をすくめた。


「いやいや、僕は男爵夫だからね。表に立つのはセリアに任せるのが一番でしょ。それに、こうして群衆の中にいる方が、臨場感があるというか……」

「臨場感、ですか……」


 リリアーナは困惑気味に呟いたが、その声には微かに笑みが混じっていた。


「まあ、旦那様らしいと言えばそれまでですが」


 隣で聞いていたアイナがため息をつきながら、軽く肩を揺らす。


「全く……旦那様が臨場感を楽しんでいる間、セリーヌ様は大変なのですよ」


 アイナの言葉に、リリアーナがくすりと笑みを漏らす。

 壇上から響くセリーヌの演説が終わりに近づくと、群衆から一際大きな拍手が巻き起こった。

 その音に耳を傾けながら、リリアーナがふと空を見上げるように呟いた。


「このような建物を一夜にして造れるなんて……旦那様は女神様が遣わされた使徒様でございますか?」


(確かに女神様の力で転生させてもらったけど、使徒なんて大層なものじゃないよな。まあ、自分から名乗るなんて、もっと無理だけど)


 ユーリは心の中で苦笑しながら、リリアーナの純粋な言葉に困惑していた。

 そんなとき、群衆の中から堂々とした足取りで近づいてくる人物の気配に気づく。

 威厳たっぷりの態度で立ち止まったセルツバーグ子爵が、重々しい声で話しかけてきた。


「レーベルク女男爵夫、改めて礼を言わせてもらおう。娘の件も、モンクレール伯令息の件も含めてだ。我々を受け入れてくれたこと、心から感謝する」

「いえ……モンクレール伯令息の件は取り逃がしてしまいましたので、むしろ、こちらこそ申し訳ありません」


 ユーリは苦笑いを浮かべながら軽く肩をすぼめる。

 その姿に、子爵は小さく笑いながら首を横に振った。


「気にするな。あの男には十分な痛手を与えたと聞いている。それで十分だ」


 子爵の言葉には、どこか安堵と感謝の響きが混じっていた。


「そう言っていただけると、ありがたいです」


 ユーリが答えると、子爵は目を細めながら辺りを見渡した。


「それにしても……これほど見事な建物を目の当たりにするとは、正直驚きを禁じ得ないな。噂以上だ」

「恐縮です。領地発展のために必要なことをしたまでです」


 ユーリは控えめに答えながらも、内心では少しだけ誇らしい気持ちを抑えきれなかった。

 子爵は深く頷くと、隣に立つ娘マリアベルに目配せをした。

 マリアベルは一歩前に出ると、スカートの裾を軽くつまみながら丁寧に頭を下げる。


「レーベルク女男爵夫、この度の『ギャルリ・ド・ギンザ』の完成、心よりお祝い申し上げます。そして私たち家族をこの都市に住まわせていただき、本当にありがとうございます」


 彼女は一息つくと、柔らかな笑みを浮かべながら続けた。


「この新しい街で、私たちも何かお役に立てればと思っております。どうか、領地発展のお手伝いをさせていただけませんでしょうか?」


 その真摯な申し出に、ユーリも自然と笑みを返す。


「もちろんです。お二人がこの都市で新しい生活を楽しめるよう、私もできる限り協力させていただきます」


 ユーリの言葉に、マリアベルはほっとしたように微笑んだ。

 その様子を見たセルツバーグ子爵が、静かに口を開く。


「それともう一つ、私からの報告がある。リリアーナ様と相談して決めたのだが、騎士団で世話になることになったのだ」

「え?」


 ユーリが驚きの声を上げると、子爵はどこか愉快そうな笑みを浮かべながら続けた。


「それで……私の立場上、君の奥方、つまりレーベルク女男爵の指揮下に入ることになる。言ってみれば、君は私の上司の夫だ。なので、これからはランドルフと呼んでいただけないだろうか」


 一瞬、ユーリは言葉を失った。


(ランドルフ……って、そんなに気軽に呼んでいいものなのか? でも、こうして言ってくれている以上、断るのも変だし……)

「わかりました。では、ランドルフ殿、とお呼びします」


 ユーリが少し戸惑いながらもそう答えると、子爵は満足げに頷いた。


「では、これから騎士団長と今後の話があるゆえ、私は失礼させていただく」


 その声に合わせるように、マリアベルもスカートの裾を軽く持ち上げながら挨拶をする。


「私もレーベルク女男爵にご挨拶にお伺いしたいと思いますので、ここで失礼させていただきますね」


 二人が去っていくのを見送りながら、ユーリは軽く息を吐いた。


(いやはや、ランドルフ殿って……やっぱり緊張するな)




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


フィオナ、クロエ、リリィの防衛戦が見たい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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