33.誘拐犯の大脱走 ④
(それじゃあ、反撃と行きますか)
ギフトの発動を念じた瞬間、ユーリにしか見えない半透明の画面が目の前に浮かび上がった。
彼は迷うことなく『レンタル能力』を選択し、闘神をイメージする。
鉄を引きちぎる怪力と、あらゆる武術に精通した神の姿が脳裏に浮かぶ。
画面に『闘神の力をレンタルしますか?』と表示されると、ユーリは即座に『はい』を選んだ。
その瞬間、体の奥底から熱い力が溢れ出すのを感じる。
全身が圧倒的な力で満たされる。
筋肉が硬質な鎧で覆われるような感覚とともに、普段とは比べものにならない重厚感が体を包み込む。
口元にわずかな笑みを浮かべながら、ユーリは視線を前方の騎士たちに戻す。
(まずは、この手枷をどうにかするか)
「ふん!」
短く息を吐きながら、ユーリは両手を一気に引き離した。
鋭い金属音と共に、鉄の輪が裂ける。
軋む音も抗う間もなく、金属の断面が一瞬のうちに引きちぎられ、破片が床に叩きつけられた。
ユーリは破片の一部を手に取り、軽く眺めた後、それを無造作に放り捨てた。
「よし、これで動きやすくなったな」
ユーリは淡々とした声で呟き、手首を軽く回した。
その仕草はまるで日常の一部であるかのように自然である。
その場にいた全員が目を見開き、息を呑んだ。
貴族たちは信じられないという表情を浮かべ、誰一人として声を発することができない。
一方、騎士たちは槍を構えたまま動きを止め、その鋭い槍先が微かに震えている。
「リーナ、それじゃ、計画の締めくくりを始めようか」
ユーリが振り返ると、リリアーナは静かに目を開き、毅然とした表情で頷いた。
「ええ、旦那様。お任せしますわ」
リリアーナはスカートの裾を軽くつまみ、一歩ずつ優雅にユーリに近づく。
その瞳には揺るぎない意志が宿り、彼の隣に立ち止まるとそっと寄り添った。
その仕草からは、すべてを彼に託す覚悟が滲み出ている。
ユーリは彼女の腰をそっと抱き寄せると、手を頭上に上げた。
「準備万端、いくぞ」
異空間倉庫から事前に準備していた煙玉を引き出し、手に収める。
「これでも喰らえ!」
その叫びと共に、煙玉を地面に叩きつけた。
次の瞬間、白煙が勢いよく噴き出し、玉座の間全体を包み込む。
視界が完全に奪われ、白煙が広がる中で混乱が生じる。
だが、この煙玉の本領は目くらましだけではない。
「うわっ、なんだこれ!? 目が、目がぁ!」
「ぐはっ! 鼻が辛い! 何だこの匂いは!?」
敵意を持つ者たちの目には涙があふれ、鼻は刺激臭でむせ返り、喉は焼けるような痛みに襲われる。
まさに嫌がらせの塊ともいえる煙に、玉座の間全体が悲鳴と咳き込みで満たされた。
「貴様……何をしたのですぞ!?」
ギデオンが怒声を上げようとしたが、勢いよく煙を吸い込んだせいで、鼻が詰まったような間抜けな声になってしまう。
(くっくっく、魔改造された煙玉の威力、たっぷり味わえよ!)
ユーリは内心でほくそ笑みながら、混乱を尻目に次の行動へと移る。
次に異空間倉庫から取り出したのは、HPが必ず1残るという、ゲームじみたインチキポーションだった。
(簡単に死なれても困るからな……)
心の中で軽く呟きながら、ユーリはポーションをギデオンの頭上に向けて放り投げる。
「お次はこれだ!」
宙を舞う瓶に、ユーリは即座に異空間倉庫から魔改造されたリボルバー式の銃を取り出し、迷うことなく狙いを定める。
引き金を引いた瞬間、銃身に施された吸音魔術が低い振動音だけを残し、弾丸を放つ。
鋼鉄よりも硬く圧縮された空気弾が、音もなく瓶に直撃。
破裂した瓶から勢いよく液体が飛び散った。
(おー、やっぱり闘神すげぇな。練習じゃ弾道ブレまくりだったのに……銃も弓扱いになるのかな)
液体はギデオンの頭上から広がり、冷たい飛沫と煙を撒き散らす。
「ぐっ! な、なんだ……この液体は!? 冷たい上に……っ、くっ、煙が……っ!」
ギデオンは玉座に座ったまま、目を押さえて咳き込む。
彼の顔は涙で濡れ、煙にむせながら体を震わせていた。
拳をひじ掛けに叩きつける仕草を見せるが、混乱のせいでその動きには力がない。
その様子を見たユーリは軽く笑みを浮かべた。
「ふぅ……さて、次だな」
手にしていた銃を軽く回し、無造作に異空間倉庫へ収納する。
(次は雷神様の力をお借りしよう)
内心で軽く呟きながら、商人ギフトのレンタル能力を発動させる。
半透明の画面が目の前に浮かび上がり、『雷神の力をレンタルしますか?』と表示される。
(……これって重ね掛けできるのかな。値段が高くなってる気がするけど……まぁ、やってみるか)
「はい」を選択した瞬間、右腕に鋭い衝撃が走る。
雷光が右腕に絡みつき、青白い稲妻が音を立てて空間を裂いた。
身体全体に、まるで嵐を制する神の力が注ぎ込まれるような感覚が広がる。
右腕を動かすたびに、雷光が踊るように空中で弾け、その光が周囲の白煙を照らし出す。
ユーリは不敵な笑みを浮かべながら右拳を構えた。
「これでも喰らえ!」
雷光をまとった拳を床に叩きつけると、稲妻が龍のごとく形を成し、床を駆け抜ける。
青白い閃光が広がり、激しい音を立てながらギデオンの足元へ到達。
足元に稲妻が絡みつき、痺れたように動きを止めるギデオン。
「な、何ですぞ……この感覚は!?」
その瞬間、玉座の間全体が静まり返ったかと思うと、天井を突き破るような轟音が響き渡る。
「ぐっ……!」
ギデオンが息を詰まらせるのと同時に、天井を突き抜けた巨大な雷が真っ直ぐ玉座を目指して落ちてきた。
雷撃がギデオンに直撃し、青白い閃光が爆発するように広がる。
「ぎゃあああああっ!」
彼の悲鳴が響く中、雷光が一瞬で消え去り、焼け焦げた匂いが漂う。
ユーリは静かに立ち上がり、右腕の雷光が収まっていくのを感じながら玉座に目を向ける。
雷の直撃を受けたギデオンは、玉座に崩れるように沈み込んでいた。
全身から煙を上げ、その虚ろな目は焦点を失い、口元には呆けたような表情が浮かんでいる。
「これで終わりだ!」
ユーリはリリアーナをお姫様抱っこすると、一気に勢いをつけて走り出した。
「えっ、ちょ、旦那様!? 一体何を――きゃあっ!」
リリアーナの驚きの声を背に受けながら、ユーリは目標をギデオンに定める。
ギリギリのタイミングで宙に飛び上がり、体をひねりながら両足を突き出した。
リリアーナを抱えたままのその姿勢は、人間離れした精密さと破壊力を持っていた。
「ぶへっ!」
鈍い音と共に、ギデオンの顔面にドロップキックが直撃する。
衝撃でギデオンは玉座ごと後方に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられて床へと崩れ落ちた。
玉座の破片が宙を舞い、重々しい音を立てて床に散らばる。
ユーリはリリアーナを抱えたまま、見事な着地を決めると、一息ついた。
ギデオンは呻き声を上げ、震える手で玉座の破片を掴む。
だが、その力はわずかに破片を動かすだけで、力尽きるように崩れ落ちた。
「ぐっ……こんな、はずでは……」
意識を失った彼を見下ろしながら、ユーリは軽く息を吐いた。
「すごい技ですね、旦那様……」
リリアーナがユーリの腕の中で半ば呆れたように言う。
「まぁ、多少スカッとはしたかな」
ユーリが軽く笑いながら答えると、リリアーナは一瞬目を伏せ、考えるような仕草を見せた後、小さく微笑んだ。
「ええ……とてもスッキリしましたわ」
「だろ? やっぱりスカッとするよな! じゃあ、煙幕の効果が切れる前に、とんずらするとしますか」
ユーリが軽口を叩きながら、リリアーナをしっかりと抱き直した。
「きゃっ……!」
リリアーナは思わず短い声を上げたが、すぐに顔を赤らめて視線を逸らす。
「も、もう少し扱いを丁寧にしていただけませんか……?」
その言葉には照れくさそうな響きが混じり、ユーリは苦笑を浮かべる。
「ごめんごめん、それじゃ、しっかり掴まっててね」
玉座の間を覆っていた煙幕は薄れてきたものの、その効果はまだ続いている。
咳き込みや足を引きずる騎士たちの声が混じり合い、視界の悪さが混乱をさらに助長していた。
ユーリは軽く足を構え、一気に力を込めて駆け出した。
「ま、待ってください旦那様! どこへ――」
リリアーナが驚きの声を上げる間もなく、ユーリは扉を守っていた騎士たちの間を鋭い動きで突き抜ける。
煙幕にむせ返る騎士たちは反応が遅れ、追いかけようとするもその足取りは重かった。
「こういうのはスピード勝負だからさ! とりあえず人気のない所に行って転移しようか」
背後では騎士たちが咳き込みながら「逃げられたぞ! 追え!」と叫んでいるが、その声はどこか混乱を含んでいる。
煙幕の影響で動きが鈍く、追撃の足音は徐々に遠のいていった。
「さて、この調子で出口までひとっ飛びだ!」
ユーリの言葉に、リリアーナは目を丸くした後、口元に小さな微笑みを浮かべた。
「ふふっ、本当にあなたって人は……相変わらずですね」
その言葉には、どこか安心した響きがあった。
「お褒めの言葉として受け取っとくよ!」
ユーリは明るく笑いながら、勢いよく玉座の間の扉を蹴破り、リリアーナを抱えたまま駆け出して行ったのだった。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
ユーリ、よくやった!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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