33.誘拐犯の大脱走 ③

(はっ? このオッサン何言ってくれてんの?)


 ユーリはギデオンを睨みつけ、拳を握る手が震えた。

 言葉を遮りたい衝動が胸を突き上げるが、ここで動けば全てが崩れる――それを理解しているからこそ、辛うじて自分を抑え込む。

 結婚を告げられたリリアーナは、一瞬驚きの色を見せたが、すぐに表情を引き締めた。

 毅然とギデオンを見据え、静かに問いかける。


「婚姻を命じる……とおっしゃいましたか?」


 ギデオンは満足げに頷き、薄い笑みを浮かべたまま答える。


「そうですぞ。辺境伯家の安定を図るための議会の判断ですぞ。モンクレール伯爵家の協力を得て、新たな時代を築くのに必要な結論ですぞ」


 リリアーナはその言葉を冷静に受け止めながら、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「その必要な結論に、私自身の意志は一切反映されていないようですね」


 ギデオンはゆっくりと椅子に体を預け、指先で玉座の肘掛けを軽く叩きながら、あえて軽い口調で言い放つ。


「リリアーナ、それは未熟な発言ですぞ。そなたは辺境伯家のためにその血筋を蔑ろにするのかですぞ? この婚姻こそ、領地の安定と繁栄を約束するものであると議会は認めたのですぞ」


 その言葉が続くたびに、ユーリの心の奥底で抑えていた感情がじわじわと高まり、胸の奥で熱を帯びる。


(リーナをこんな風に道具扱いするなんて……こいつ、本当に救いようがないな)


 これまで何とか冷静を保ち、状況を見守ってきたが、限界が近い。

 拳を固く握りしめ、奥歯を噛み締めながら自分に言い聞かせる。


(ここで暴れたら奴の思う壺だ……まだ我慢しろ。リーナを守るためにも、冷静でいろ)


 全身を駆け巡る苛立ちを必死に抑えていると、リリアーナの冷静な声が響き渡った。


「謹んでお断り申し上げます」


 リリアーナは一度息を整え、ギデオンをまっすぐに見据えた。

 その瞳には一切の迷いがない。

 リリアーナの毅然とした態度に、周囲の貴族たちは言葉を失ったように固まった。


「なっ!」


 ギデオンが目を見開き、激しい怒りを顔に浮かべる。


「辺境伯位に関しては、今回の責任を重く受け止め、叔父様にお譲りしましょう。しかし、婚姻に関しては……まっぴらごめんのお断りです」


 リリアーナの言葉が放たれるたび、場の空気が一層張り詰めていく。


「領主の命令ですぞ!」


 ギデオンは顔を真っ赤にしながら叫び、玉座のひじ掛けを激しく叩いた。


「行き遅れの女の分際で、何を言っているかですぞ!」


(またかよ……お前こそギデオンの分際で何言ってんだ?)


 ユーリは殴りかかりたい衝動を抑え、冷静さを装いながらギデオンを睨みつけた。

 拳に力を込めながらも、反撃の隙を狙い、彼の一挙一動を見逃さないよう視線を集中させる。


「お前は責任を取って予の言う事を聞いていればいいですぞ!」


 ギデオンが手を上げると、壁際に控えていた騎士たちが一斉に動き出した。

 鋭い槍先と重厚な盾を構え、ユーリたちを逃がさないよう扉の前を塞ぐ。

 その槍先がきらりと光を反射し、二人に向けられた。

 ギデオンは薄笑いを浮かべ、取り巻きの一人に目配せをした。

 すぐに取り巻きが書類を持ち出し、ギデオンの前に差し出す。


「ぐふふ、観念してここでこの署名にサインするですぞ。この署名で全てが決まるのですぞ!」


 ギデオンが不敵な笑みを浮かべながら声を張り上げたその時、玉座の間の扉が乱暴に開かれ、一人の使用人が駆け込んできた。


「ギ、ギデオン様! 大変でございます!」


 使用人は額に汗を滲ませ、息を切らせながら声を上げる。


「何ですぞ! 静かにするですぞ!」


 ギデオンが眉を吊り上げ、玉座から身を乗り出して怒鳴りつけた。

 しかし、使用人は動じることなく、顔を青ざめさせながら震える声で続ける。


「お、お屋敷が……火事で……。現在も鎮火できず、屋敷は……燃え落ちました!」

「はっ?」


 ギデオンは理解が追いつかないように間抜けな声を漏らした。


「誰の屋敷が火事ですぞ?」

「ぎ、ギデオン閣下のお屋敷にでございます……」

「な、何ですと!?」


 ギデオンの顔が見る見る青ざめる。

 拳をひじ掛けに叩きつけ、使用人を睨みつけながら激しく問いただす。


「誰がそんなことを! 衛兵たちは何をしていたのですぞ!?」


 使用人は目を伏せ、言葉を選ぶようにしながら小さな声で答える。


「現時点では……放火の犯人はまだ特定できておりません」


 その報告に、玉座の間にいた貴族たちは顔を見合わせ、ざわつき始めた。

 だが、誰もこの状況をどう受け止めればいいのかわからない様子で沈黙している。


(よし、ロッテたちはアメリアの妹さんを救出できたみたいだね)


 ユーリは内心で、計画の一段階目が上手く行ったことにホッとする。

 ギデオンが拳を握り締め、体を震わせていると、扉が再び勢いよく開き、もう一人の伝令が駆け込んできた。


「ギデオン様! 騎士団より報告です! 町で不定を働いていた遊撃士フィールダーを制圧したとのことです!」


 その言葉に、ギデオンの表情が一瞬硬直する。


「制圧……ですと? 誰がそんなことを指示したのですぞ!」


 鋭い声が伝令を貫くように響く。

 伝令は喉を鳴らしながら、硬い表情のまま答えた。


「騎士団が現場で不定を確認し、独自に判断して制圧したとのことです……」

「予の指示もなく……勝手な真似を……!」


 デオンは怒りを抑えきれず、拳でひじ掛けを叩きつけた。

 その音が場の緊張感をさらに引き締める。


(第二段階もこれでクリアか……セルツバーグ子爵も上手くやってくれたな。あとはこちいつが暴発さえしてくれれば……)


 次の瞬間、ギデオンの視線がリリアーナに向けられた。

 その目には鋭い怒りと疑念が混じり、燃え上がるような焦りが滲んでいた。


「そなた……一体何をしたのですぞ?」


 リリアーナはその鋭い視線を受け止め、冷静な態度を崩さない。

 いや、むしろその口元には、ほんのわずかに皮肉めいた笑みさえ浮かべていた。


「叔父様、一体何をおっしゃりたいのですか?」


 リリアーナはわざとらしく首を傾げ、ゆっくりとギデオンを見据えた。


「騎士団が町の治安を守るために独自に動いたのではありませんか? これほど迅速に対応できるなんて、素晴らしいことですわ」


 その言葉には微かな棘が含まれている。


(ざまあみろ、ってリーナの顔に書いてあるよな……)


 ユーリは内心で苦笑しつつ、ギデオンの反応を伺った。


「そなた……予を馬鹿にする気かですぞ!」


 ギデオンの怒りの声が玉座の間に響き渡る。


「馬鹿にも何もしておりませんわ。ただ、騎士団の行動を純粋に称賛しているだけですの」


 リリアーナは小さく肩をすくめながら視線を横に流し、わざとらしくため息をついた。

 再びギデオンを見据えたその瞳には、鋭い光が宿っている。


「もしかして、叔父様には何か都合が悪いことでもおありですか?」

「予は領主を無視して勝手に動くことを問題にしているのですぞ!」


 ギデオンは眉間に深いしわを刻み、怒りに満ちた声を荒げた。

 その声には焦りも隠しきれていない。


(いやいや、先にリーナを無視して騎士団動かしたのはお前じゃん……)


 矛盾した発言に、ユーリは内心でため息をつきながら冷めた目で見守る。

 リリアーナは冷静にその様子を見つめ、口元に挑発的な笑みを浮かべた。


「まぁ、それは大変ですわね。騎士団が叔父様のご指示なく動くなんて……そんなことで領主としてやっていけるのかしら……姪として心配になりますわ」

「これはクーデター以外の何物でもないですぞ!」


 ギデオンの顔がさらに赤く染まり、拳を握りしめた。


「領主の命なく騎士団が勝手に動くなど、あってはならぬのですぞ!」


(本当に滑稽だな……この状況でまだそんなことを言うのか)


 ユーリは視線を控えめに動かし、部屋の状況を確認した。

 玉座で憤慨するギデオン、その周囲を取り囲むギデオン派の騎士たち。

 鋭い槍先と盾が光を反射し、出口を封じている。


「反逆罪でリリアーナとレーベルク女男爵夫を逮捕するですぞ!」


 ギデオンの怒声が響き、それを合図に騎士たちが一斉に動き出す。

 鋭い槍先がリリアーナとユーリを捉え、盾を構えた騎士たちが包囲を狭める。


(よし来た。これで大王太后陛下に言い訳が立つな)


 ユーリは冷静に騎士たちの動きを観察しながら、手首の鉄の輪に目を落とした。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


リーゼロッテのアメリア妹救出作成も見てみたい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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