33.誘拐犯の大脱走 ②

 リリアーナはその言葉を遮るように、はっきりと問い返す。


「心配だと言うなら、なぜ騎士団を派遣したのですか?」


 伯爵は冷ややかな笑みを浮かべ、動じた様子もなく答えた。


「レーベルク女男爵夫と商会の令嬢と面会された後、忽然と姿を消されたのです。疑わない方がおかしいでしょう。ですから、忠誠反逆罪として、近衛騎士団に救出命令を下しました。それが当然の判断では?」


 その説明を聞き、ユーリは眉をわずかに上げたが、表情は崩さず内心でつぶやく。


(反逆罪ねぇ……よくもまぁ、そんな強引な論理で動けるもんだ)


 伯爵の言葉に合わせるように、ギデオンが玉座で姿勢を正し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「慣例に従って、祖父辺境伯の子である予が辺境伯代理として領命を出したですぞ」


(慣例ね……“都合の良い慣例”って感じだな)


 ユーリは心の中で毒づきながら、冷ややかな視線をギデオンに向けた。

 ギデオンは両手を広げ、周囲を見渡しながら声を張り上げた。


「予がこの領地を守るため、賢明な判断として――賢人議会を招集し議論したのですぞ!」


 それを聞いた貴族たちの間から低いざわめきが漏れる。


「賢人議会だと……? いつ開かれたんだ?」

「賢人議会は領地全体の重要案件を扱う場だ。それを隠れて開くとは……」

「いや、今回の姫様の行動は審議に値する。正当な招集だろう」


 貴族たちの声が次第に入り混じる中、一部は眉をひそめ、また一部は小さく頷きながら同意を示している。


「隠密裏に招集されたのではないか?」

「だが、姫様が不在だったのだ。ギデオン卿が代わりに動くのは当然だろう」


 その言葉に、ギデオンは薄い笑みを浮かべ、片手を軽く挙げる仕草を見せた。

 その余裕に満ちた仕草が、貴族たちの目を引きつける。


「賢人議会は辺境伯領の中枢を担う者が参加し、領地の運営や重要案件を議論する場です」


 リリアーナは冷静な声で切り出し、まっすぐにギデオンを見据えた。


「招集の知らせを公知する義務があるはずですが……それを無視して実施されたのですか?」


 ギデオンの口元が一瞬だけ引きつるが、すぐに表情を整え、不遜な笑みを浮かべる。


「領主不在の緊急措置というやつですぞ。予が代わりに最善を尽くした、それだけのことですぞ」


(なるほど、都合のいい“緊急措置”ってわけか……)


 ユーリはギデオンの厚顔無恥さに呆れつつも、内心で舌打ちしながらリリアーナの反応を見守った。


「議論された内容をお聞きしてもよろしいですか?」


 リリアーナは冷静な声を保ちながらも、その瞳には疑念と怒りの光が宿っている。


「無論ですとも、姫様」


 モンクレール伯爵がわざとらしい丁寧さで頭を下げ、冷たく笑みを浮かべながら答えた。


「賢人議会で話し合われたのは、姫様が執務に対する重要性を理解しておらず、家臣団を軽んじているという点。これが領地運営を円滑に進める妨げになっているという見解でございます」


 伯爵の言葉に、貴族たちは顔を見合わせ、低いざわめきを交わし始める。

 その場の緊張感が微かな息遣いや衣擦れの音と共に広がっていく。


「さらに、特定の派閥貴族や領民を優遇し、治安維持の義務を怠っているとも議論されました」


 冷たい鋭さを帯びた声に、囁き声がさらに増していく。


(まぁ、言いがかりのオンパレードってわけだな)


 ユーリは眉をひそめずにいられなかった。

 リリアーナはわずかに目を細めると、毅然とした口調で切り返した。


「そのような話がなされていたのでしたら、私自身に直接お聞きいただければよろしいでしょう?」


 その一言で、囁き声がぴたりと止まった。

 モンクレール伯爵はわずかに肩をすくめ、申し訳なさそうに微笑んだ。


「残念ながら、姫様が行方不明になられていた状況では、それは難しいことでございました」


 リリアーナは間を置かずに問い返す。


「それで?」


 その声には、冷静さの中にも確かな怒りが込められていた。

 モンクレール伯爵はニタリと笑い、視線をギデオンに向けながら言葉を続けた。


「結論として、祖父辺境伯の子であるギデオン卿が辺境伯位を継承するべきだとの意見で一致いたしました」


(やっぱりそう来たか……)


 ユーリは心の中で嘆息しつつ、視線をギデオンに移す。

 玉座で満足そうな笑みを浮かべたギデオンが頷いている。

 リリアーナが短く息を吐き、意図的に間を空けた後、冷静に言葉を発した。


「そんなふざけた決定に従えとおっしゃるのですか?」


 その言葉に、モンクレール伯爵は眉をわずかに上げ、冷ややかな笑みを浮かべながら答えた。


「賢人議会を侮辱する発言はいかに姫様といえど控えていただきたい。それに、これはギルドからの正式な陳情を受けての結果でございます」


 伯爵は周囲の貴族を見渡しながら言葉を続けた。


「ギルドからの陳情ですか?」


 リリアーナが眉をわずかに上げる。


「ええ。陳情には、辺境伯様が商会やギルドへの対応を怠り、一部の貴族や勢力を不当に優遇していると記されていました。さらに、治安の悪化や海賊の横行を許し、商人たちの利益を守るどころか損失を増大させた、とも書かれております」


 モンクレール伯爵は冷淡な口調を崩さず、まるで一つの事実を確認するかのように話す。


「それが真実であると?」


 リリアーナは深いため息をつき、まるで哀れな動物を見るかのような目で伯爵を見た。


「はい、調査した結果、それは真実であると。ゆえに、領地全体の安定を守るため、ギルドからの意見を重く受け止めた次第です」


 モンクレール伯爵は悠然とそう言い放ち、周囲の貴族たちに視線を向けた。

 その言葉を受けるように、あちらこちらで貴族たちが囁き合い始める。


「確かに、自分のところにも同様の陳情が届いていたな」

「領主が不在だったのだから、動きが鈍くなるのも無理はないかもしれない」


 彼らの声には疑念も含まれていたが、それ以上に事態を受け入れるための言い訳が混じっているようだった。

 その空気を切り裂くように、リリアーナがはっきりとした声で言葉を放った。


「では、その陳情を提出したのが誰で、どの商会の利益を代表するものなのか、調査報告書をここで明らかにしてくださいませ」


 それに対して、モンクレール伯爵はまるで「馬鹿なことを」と言いたげな、軽蔑を含んだ笑みを浮かべた。


「請願者の身の安全を考慮し、秘匿とさせていただいております」

「それでは議会の決定そのものが揺らぎますわ」


 リリアーナは冷ややかな笑みを浮かべ、伯爵を見据える。

 モンクレール伯爵は追及を受け流すように肩を軽くすくめ、低く落ち着いた声で話を続けた。


「議会が下した結論をお伝えいたします――前辺境伯が、賢人議会の了承を得ずに辺境伯位を我が子に継承した行為は、個人主義に基づくものであり、数々の問題を招いております。これにより、リリアーナ卿には領地運営の能力が欠けていると判断しました」


 一瞬の間を置いて、伯爵は声を張り上げた。


「よって、リリアーナ卿から辺境伯位を剥奪し、祖父辺境伯の子であるギデオン卿に継承するものとします」


(こんな茶番でギデオンを辺境伯に据える気か……)


 ユーリが内心で呆れる中、ギデオン派の貴族たちが一斉に立ち上がった。

 彼らは帽子や手を高々と掲げ、口々に歓声を上げる。


「ギデオン閣下万歳!」

「新たな時代の幕開けだ!」

「新辺境伯万歳!」


 その声が玉座の間を満たし、ギデオンはゆっくりと立ち上がった。

 ユーリとリリアーナが唖然とする中、彼は片手を高く掲げ、満足げな笑みを浮かべながら貴族たちを見渡す。


「予、ギデオン・フォン・ハイデンローゼは、賢人議会の要請を正式に受け、辺境伯位を引き継ぐことをここに受領するですぞ!」


 その宣言に、玉座の間に広がる囁き声はさらに混ざり合った。


「信じられん、こんなふざけた決定でギデオンが辺境伯位を手に入れるのか……」

「賢人議会が決めた以上、逆らうのは難しいだろうな……」


 一部の貴族たちは困惑を隠せず、また一部は諦めの色を浮かべている。


(ついに言いやがったな……ここまで来ると本当に笑えないな)


 ユーリは内心で舌打ちしながら、ギデオンの顔をじっと見据えた。


「さらに――」


 ギデオンが手を上げて場を静めると、目を細め、リリアーナに向かって視線を向けた。


「リリアーナ・フォン・ハイデンローゼには、賢人議会の決定に基づき、モンクレール伯爵令息であるエリオット・フォン・モンクレールとの婚姻を命じるですぞ!」




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


ギデオン、ガッデム!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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