移ろう乙女

下東 良雄

聖なる一角獣に寄り添う乙女たち

 雲よりも高き場所にある神殿から、神の使いがひとの世を見守っていた。

 その神の使いとは、額に輝く長い角を持つ純白の白馬、聖なる一角獣・ユニコーンである。

 角を削った粉はすべての病を退け、角から発するいかずちはひとの世を破滅に導くと言われている。


 そんなユニコーンには、その時代を代表してひとりの女性が守護者として常に寄り添っていた。外敵からユニコーンを守り、そしてその心を慰めるその女性は、けがれなき乙女であることを求められ、純白の衣を羽織ってユニコーンに寄り添っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 十八世紀後半――


 ひとの世では産業革命が始まる。

 石炭がエネルギーの主力となり、改良された蒸気機関なども用いて産業の機械化が進んでいった。


 この頃、ユニコーンのそばには黒人の少女が寄り添っていた。

 外敵が来ることもなく、ユニコーンと長きに渡って仲睦まじく神殿で暮らしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 十九世紀半ば――


 ひとの世では、ふたたび産業革命が始まる。

 石油や電気がエネルギーの主力となり、重工業が発達。大量生産によって人々の生活様式も大きく変わっていった。


 この頃、ユニコーンのそばには白人の少女が寄り添っていた。


「そ、その角を寄越せ! お母さんの病気を治すんだ!」


 どこからやって来たのか、神殿に侵入してきた外敵。

 木の棒を片手に、ボロをまとった白人の幼い少女。


「そんなやり方で角を手に入れて、お母さんは本当に喜ぶ? ユニコーンを殺して角を手に入れて、お母さんは本当に褒めてくれる?」


 守護者である乙女が幼い少女を説得。少女は自分がやろうとしていることを後悔し、うなだれて神殿を出ていこうとした。


『待ちなさい。手を出して』


 振り返った少女の手に小さな竜巻が巻き起こる。

 その竜巻が無くなると、手の上には小さな白い布の袋が乗っていた。


『袋の中に角の粉を入れておいた。母親に飲ませるがよい』


 突然のことに驚いた少女は、ユニコーンの視線に気付く。弾けるような笑顔を浮かべる少女。


「ユニコーンさん、ありがとう!」


 神殿から走り去る少女を、ユニコーンと乙女は微笑みながら見送った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二十世紀――


 ひとの世では、三度みたび産業革命が起こる。

 コンピュータとロボットの登場だ。それによる産業の自動化・効率化が進み、特にパーソナルコンピュータやテレビゲームなどが一般家庭にも浸透することで、コンピュータは一般市民にとっても身近な存在となっていった。


 この頃、ユニコーンのそばには黄色い肌の少女が寄り添っていた。


「そ、その角を寄越せ! お母さんの病気を治すんだ!」


 どこからやって来たのか、神殿に侵入してきた外敵。

 ナイフを手にしたセーラー服姿の少女だ。


「ねぇ、教えて。お母さんは何の病気なの? 医学もどんどん進歩している。もしかしたら、あなたのお母さんを救えるかもしれないわ」


 守護者である乙女が少女を説得。少女は母親の病気を説明し、乙女は最近開発された薬を用いた治療法が有効であることを教えた。大喜びする少女。


『お母さんの元まで送ってあげよう。これからもお母さんを大切にしなさい』


 涙を零しながらも笑顔でうなずく少女。

 ユニコーンの角が輝いたかと思うと、少女は姿を消した。


『人間というのは凄いものだ。これからもこうして幸せを追い求めながら発展していくのだろうな』


 ユニコーンと乙女は微笑み合った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二十一世紀――


 ひとの世では、四度目の産業革命とも言える「情報革命」が始まる。

 企業だけでなく一般家庭でもブロードバンドによる高速インターネット接続環境が当たり前になり、IoTの広まりや生成AIの利用環境の公開、ビッグデータの活用など、ビジネスやライフスタイルの在り方が大きく変わっていっている。


 この頃、ユニコーンのそばには白人の少女が寄り添っていた。


「その角を寄越しな。莫大な金になるんだから」


 どこからやって来たのか、神殿に侵入してきた外敵。

 大きな宝石があしらわれた指輪やネックレス、豪華な毛皮をまとった派手な化粧の若い女だ。その手には拳銃が握られていた。

 銃口を乙女に向ける女。


「黙って渡せば命まで取らない――」


 パンッ


 乾いた銃声が神殿に響いた。


 ドサッ


 倒れたのは派手な女。その額から吹き出した血で、神殿の床に真っ赤な池が広がっていく。

 乙女の手には硝煙が立ち上る拳銃が握られていた。


「ったく、めんどくせぇな」


 拳銃を脇に置き、スマホを手にする乙女。

 自分が殺害した女に目をやることはなかった。


 ひとの世を見守るユニコーンの瞳に映るのは、無数に建てられた金属の角と、そこを介して垂れ流される膨大な情報。扇動される人々、溢れ出る欲望、退廃していく倫理。

 富める者はさらに富み、貧する者はさらに貧する今の世に救いは――


「あー、また誰か来ねぇかなぁ。また撃ち殺してやるのに」


 再度拳銃を手にしてニヤける乙女を見つめるユニコーンは、小さくため息をつく。


 パチ パチ パチ


 ――ユニコーンは、破滅のいかずちをまとわせた角をひとの世に向けた。



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