第13話 私達の青春(終)


「芳川、昨日の事なんだが……」


「その様子だと無事にお付き合いする事になったみたいね? おめでとう」


「ありがと……って素直に言えたら良いんだけどな。

お前何を塁に吹き込んでんだよ。下手したら犯罪者になる所だったんだぞ」


「それはギンが然るべき対処をした場合でしょう?

でもしないじゃない。ギンは塁ちゃんの行いを許して、最終的に恋人になりました。めでたしめでたし、ね?」


「……お前何がしたいんだよ。なんであんな事したんだよ」


「塁ちゃんって可愛いわよね。見た目も中身も子供みたいでキュンキュンしちゃう♡

……でも、いつまでも子供のままでは居られない。

あと数年もすれば成人扱いになって社会に出る事になる」



さっきまで軽薄に笑ってた芳川は、ふと表情に影を落とした。



「周囲からマスコットの様に愛され、可愛がられて……人間のドロドロとした部分を知らずに育ってきた塁ちゃん。

そんな可愛い塁ちゃんを好きになる人は絶対に居るのよ。良い意味でも悪い意味でも。

そんな世界に恋愛を知らず、性欲のせの字も知らず、自分の可愛さとお馬鹿さと非力さに無自覚な塁ちゃんを送り出すのが怖かったの」


「だから私を襲うように唆したのか?」


「えぇ、だって塁ちゃん自分の気持ちに気付いてないんだもの。

ギンだってそう。幼馴染みだから、姉妹みたいな関係だから、塁ちゃんはそういう色恋沙汰に興味が無いから……

そうやって後回しにして、2人が別々の道を歩んで……塁ちゃんが何も学ばずに私達の元を離れて……知らない所で泣いてしまう。そうなってからでは遅いもの」


「健全な方法で教えるって選択肢は無かったのかよ」


「知識だけ教えても無意味よ。実際塁ちゃんだって性教育は受けてた訳だし、その気になればスマホで調べる事だって出来る。

けれどそれじゃあ駄目なのよ。塁ちゃんは単純だから、それで全て分かった気になってしまうわ」


「それは……そうだな。じゃあ何で私を襲うようにけしかけた?

恋愛を覚えさせるなら、それこそ自分で教えようとは思わなかったのか?」


「ふふ、随分と酷い事を聞くじゃない。

私が愛する塁ちゃんと親友のギンが一番幸せになれるルートを自分の欲望で塞いでしまう様な女に見えて?」


「……悪ぃ」


「キッパリと謝れるのは貴女の美徳ね。

でも私は謝らない。塁ちゃんへのアドバイスだって血の涙を流しながら、歯を食い縛ってしたんだから」


「分かってるよ。芳川の気持ちは分かった。

是非はともかくとして、塁とは付き合える事になったし……ありがとな」


「どういたしまして。そうね……お礼をするつもりがあるなら一つだけ欲しい物があるのだけど」


「な、に……っ!?」



不意に頬に熱を感じた。

芳川が私の頬を両手を添えて、その顔を近付けて……



「んん……っ」


「ん……っ、ふ……ちゅ……んんっ」



唇を奪われた。

芳川に? 何故? 訳が分からない……



「はぁ……ふふ、塁ちゃんとの間接キス、貰っちゃった♡」


「……泣くぐらいならするなよ」


「傷心の乙女の涙ぐらい黙って拭いなさいよ。

あーあ、どうして塁ちゃんはこんなガサツな女を好きになっちゃったのかしら」


「うるせー。ほら、教室戻るぞ」


「はーい♪」


「……芳川。嫌味に聞こえるかも知れねーけど、私は芳川が幸せになれる様に祈ってるからな」


「ありがと、受け取っておくわ」



芳川にもきっと複雑な思いがあるんだろう。

それでも私と塁が幸せになる為に、自分の想いを殺してくれたんだ。

なら私も、ちゃんと塁と一緒に幸せにならなきゃな……



「ギン! ともちー!」


「はぅん!? ほっぺにクリーム付けててあざとーい♡」


「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


「あぁん! 眼球! 眼球はらめぇぇぇ!」



教室に戻るとシュークリームを完食したと思しき塁と、事の成り行きを察していたであろう貴子が出迎えてくれた。



「……終わった?」


「あぁ」


「良かった。何があったかは分からないけど、きっと上手くいったんだね」


「まぁ……な」


「落ち着いたらで良いからさ、いつかちゃんとに2人の事聞かせてよ。応援したいから」


「もう塁の態度でバレてんのに」


「そこはほら、本人からちゃんと聞きたいじゃん?」


「……そうだな」


「にしし♪」



あぁ、心地良い。

朝に塁を起こしに行って、昼は一緒に弁当食べて……放課後は2人でゲームして、たまに貴子や芳川と遊んだりして。

それで二人っきりの時は恋人らしい時間を過ごして……うん、きっとこれが幸せって奴なんだろう。

何時か卒業してこの関係性が終わる時も来るんだろうけど、それは今じゃない。

せっかく青春の時間を過ごしてるんだ。思いっきり楽しませてもらおう。



「おーい、塁。そろそろ離してやれ。つーか芳川も離れろ」


「やめて! 塁ちゃんのおてての匂いの為なら眼球の一つや二つぐらい安い物よ!!」


「ひぃっ!?」


「あぁん待って! 行かないで塁ちゃん!!

無駄にデカいギンの後ろに隠れる姿も可愛いわ塁ちゃーーーんっ!!」



……うん。青春って素晴らしいな!



fin

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大きい銀子と小さい塁 生獣(ナマ・ケモノ) @lifebeast

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