第55話 雨氷朔夜


 私、雨氷朔夜は真竹覚士のことが好きだ。

 好きとは"like"ではなく"love"。

 そしてそれは、異性としてではなく彼の精神に対して。


 今から語るのは、私がそんな思いを抱くに至った経緯。

 ただし、私の本質には一切触れたりはしないけれど――


 私が彼を知ったのは、彼が入学してきた時に話題になった噂。


 一年生に美少女ばかりに告白して振られ続けるというやつだ。


 最初にその噂を聞いたときは正直、普通に何がしたいのだろうと思った。


 ただ彼が告白して、その度にその告白に関する噂を耳にするうち、私は彼に対して一つの疑問を抱くようになった。


 どうして20回以上玉砕しても、繰り返し立ち上がれるのかと。


 普通は多くて4、5回ダメなら精神的に参るものだ。

 そこを彼は10回、20回ダメでも諦めない。

 異常な精神力であり、純粋にその理由が気になった。


 それから私は彼に近づく方法を考えた。

 幸い私は容姿が良い。

 彼のストライクゾーンに入っている自信はあった。


 だけど、一つだけ問題があった。

 彼は一人に夢中になるとその一人に集中する。

 つまり、他の女子に気が向いている時に声をかけても効果が薄い。

 そして質が悪いことに、彼は振られた翌日に別の子へアプローチを始めるくらい、常に誰かにアタックしていた。

 だから学年が違う私にとって、効果があるタイミングを見つけるのは困難だった。


 ところがだ。


 高校最後の夏休みが明けてすぐ、私は最高のチャンスを手に入れた。


 普段からの八方美人的な振る舞いがたたって、委員長を押し付けられてしまったことに辟易していた私の前に、彼がやって来た。

 

 文化祭実行委員同士の初の打ち合わせの場でのことだった。

 私は彼を観察し、一瞬でその目が友人である七緒へと向いていることに気づき、これは行けると思った。


「あれ、伝説の振られ屋の真竹くんじゃん!」


 最初に他のメンバーへの周知。そして――


「君がここに入ったってことは、お目当ては七緒かな~?」


 的確な目的の暴露。


 すべてを見透かしたような私の発言に、彼は分かりやすくうろたえ、そのまま一瞬で孤立した。


 ここまで来れば、あとは私の手のひらの上。


 私は孤立した彼を気遣うように声をかけ続け、次第に距離を縮めていく。


 彼は私といるとき、本当に楽しそうだった。

 まるで今までの苦労が”美少女と一緒にいること”のためだったかのように。


 そのことに気づいた瞬間、私の中で何かが冷めた。


 純粋に己の煩悩に従っていただけ。

 つまりその煩悩こそが彼の強い精神の正体。

 

 私は思っていた。

 彼の精神の強さは過去の苦しみや葛藤を乗り越え得たものだと。

 そして私が知りたかったのは、その乗り越える過程。

 だから、これは私の知りたかった答えではない。


 身勝手ながら私は彼に失望した。

 そして同時に、新たな疑問が生じた。


 私にそれも美少女のことがトラウマになるほど酷い振られ方をしたら、彼はどうするのだろうかと。

 それでも、今までのように何事もなかったかように立ち上がるのかと。


「ねえ真竹くん。今まで楽しかった?」

「はい、すごく」

「そっか。私もすごく楽しかったよ――真竹くんが勘違いしてくれてるって」

「――っ」 


 本当は弄んでいたと伝えたとき、彼は悲痛な面持ちを見せた。

 それを見て、私は彼は深く傷ついたことを確信した。

 間違いなく、これで彼は美少女に対して疑心を覚えた。

 そうなれば煩悩など――美少女に対する憧れなど消えてなくなる。


 だからこそ、卒業式の日。


「天野先輩。好きです、俺と付き合ってください」


 彼が再び告白した――それも私が別れ際に脈なしと伝えた七緒に対してだったのを見て、驚いた。

 

 あんな酷いことをしたのに、彼は再び立ち上がったのだ。


 私は彼の意思の強さに素直に負けを認めた。

 そして同時に、尊敬の念を抱いた。

 その正体がたとえ、煩悩であったとしても。


 だからこそ――


 あ~、楽しかったな~。


 彼との久しぶりの再会に私の胸は高鳴っていた。

 それは当然恋ではなく、人として好きな相手と話せたことにだ。


 だけど一つだけ。


 彼の横にいた女子二人。彼女たちは一体彼の何なのか。


 様子を見る感じ、一緒にご飯でも食べていたのかな。

 彼は付き合っていないと言ってたけど、距離はかなり近かった。

 何ならお嬢様の方は彼に対して好意を確実に抱いている。

 いや、私に向けてきた視線を考えるともう一人の子も多分。 

 

 彼と話していてはっきりと伝わってきたのだ。

 私と二人を関わらせたくないと言う意思が。

 そしてそれは、私が前にいるのに彼は二人のことを考えているということで面白くない……って。


「はは」


 これではまるで嫉妬みたいではないか。

 私は彼に恋などしていないというのに。


「雨永先輩?」


 馬鹿々々しい思考に乾いた笑みを漏らした私に、前を歩く藤川ちゃんが疑問符を浮かべる。

 

「ごめん、独り言」

「はあ……」

 

 まあ、あの二人が生徒会である以上、二学期から嫌でも関わることになる。

 その中で色々と見えてくるものがあるだろう。


 あ~、二学期が――文化祭が楽しみだな~。



 

 

 

 

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三年で美少女に振られまくった俺が、普通の節度ある生活に戻る話 9bumi @9bumi_novel

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