第9話 親友の気持ちと、自分の気持ち(柚月side)
「———それで、勉強会はどうだったの?」
詩織と海人の勉強会を遠目からあの馬鹿と一緒に眺めたものの、それを詩織に言うわけにはいかないので、電話越しなのを良いことにすっとぼけて尋ねてみる。
今の時刻は22時過ぎ。
多分今なら詩織は何もせずにゴロゴロとしている頃のはずなので、気兼ねなく電話が掛けられる。親友のルーティンぐらい把握済みだ。
『勉強会れすかぁ? ふふっ、楽しかったれすよ〜』
「……アンタ、浮かれすぎじゃない?」
親友の私じゃなくても分かるくらいに舞い上がっている詩織に……不覚にも引いてしまう。
あと、その呂律の回ってない口調はどうしたか聞いても? お酒でも飲んだ?
『そうですかねー? 自分では普段通りだと思っているんですけど。えへへ〜〜』
「…………」
何処が普段通りなのか是非ともお聞かせ願いたいものだ。出来れば3行以内で。
と言うか、もしかしたらこれは話にならないパターンかもしれない。
「詩織……因みになんだけど、何か嬉しいことでもあったの?」
一部始終を見ていた私からは、そこまで嬉しいことがあった風には見えなかった。
しかし、幾らずっと見ていたとは言え少し離れていたため、もしかしたら小声で何かを話していたのかもしれない。
まぁ地獄耳ならぬ負け犬耳という、詩織と海人限定で犬と同等レベルの聴覚を持つ琢磨が聞き逃すというのもあり得ないことではあるが。
『それがですね〜聞いてくださいよ、柚月ちゃんっ! 私———海人君とちょっとだけ手を繋げたんですっ!』
「$〆¥$!?!?!?!!」
『ゆ、柚月ちゃん? 何か不思議な声というか音が聞こえた気が……』
「い、いえ、何でもないわ!」
私は一先ず電話越しに不思議そうな声色で問いかけてくる詩織に言葉を返すと、興奮を抑える様に何度かゆっくりと深呼吸をする。
危ない、危うく衝撃とその光景を想像したことによる尊さに興奮死してしまうところだった。
というかあの詩織が手を繋いだ?
奥手過ぎて私も琢磨も手を焼いているあの詩織が??
「……本当にお酒でも飲んだ? お酒でブースト掛けたんじゃないでしょうね??」
『違いますよ!? 私はまだ17歳ですからお酒は飲めませんっ!!』
「じゃあもしかして薬……」
『そんな危ない物にも手は出してませんっ!』
なら一体何だというのか。
詩織には悪いが、普通の情緒で詩織が海人と手を繋げるビジョンが一切浮かんでこない。
しかも恋人ならまだしも……2人は付き合っていないのだ。
………………やっぱり無理ね。
「マジで何もしてないのね?」
『柚月ちゃんは私のことを何だと思っているんですかっ!』
「ドジで可愛くておっちょこちょいで完璧で奥手で大切な親友」
『…………怒ろうにも怒れないじゃないですか』
ふふんっ、そうでしょうそうでしょう。
もちろん狙ってやっているから狙い通りとしか言えない。
それにしても……。
「———まさかあの詩織が男を好きになるなんてね」
私が感慨深げに呟けば、電話越しから『うっ』と首を絞められた時に出るようなうめき声を上げる詩織。もちろん首を絞められた経験などないので口からでまかせではあるが。
『わ、私もこんなことになるなんて思ってもいなかったです……』
まぁそれはそうだろう。
彼女は、過去に男達にイジメられていたから。
理由なんて分からない。
私の学校に転校してくる前の話でなおかつ彼女は被害者であって加害者ではないのだから……イジメられる理由を知っているはずがない。
ただ、予想くらいは出来る。
私の学校に転校したきたのが小学5年生の時だったから……大方男子達は好きな子にちょっかいを掛ける程度の認識だったんだろう。
しかし、それはやる側の認識であって……やられる側としては溜まったもんじゃない。
特に小学生と言うのは、無自覚にとんでもないことをしてしまう年頃。
その無自覚が詩織を傷付け……軽い男性恐怖症を患うまでになってしまった。
でも———詩織は私を男子から助けてくれた。
きっと彼女が居なければ、私も今頃……いやもしものことは考えないでおこう。
気分が悪くなる。
とにかく、彼女に救われた日から私は彼女を絶対に幸せにすることを決めた。
親友として、彼女を守ろうと決めた。
そんな時に現れたのが———海人だった。
当時はとんでもない美青年具合に危うく惚れそうになったが……ちょっと彼とは性格とかがどうにも合わないことに気付いてからは、ただの男友達としか見れない。
あの馬鹿?
…………さぁ?
まぁ私の話はさておき、男性が苦手な詩織にとって……下心無しに本気で気遣い、心配して優しく接してくれる海人は———男性恐怖症を和らげる最高の人だった。
そしてそれが恋心に変わるのも……仕方のないことだろう。
直ぐ近くに顔良し、性格良し、頭脳良し、雰囲気良しの何拍子揃っているのか分からないくらいの完璧男子が、自分だけに優しい笑顔を見せてくれるのだ。
寧ろ好きにならない方がおかしい。
「それで……どうやって手を繋いだの?」
回想を終えた私が詩織に1番気になることを尋ねれば……電話越しに照れた様子でゴニョゴニョと話始める。私じゃなかったら聞こえてない。
『ええっと……か、帰りに『勉強し過ぎて手が痛いよ』って海人君が言ってましたので……その、私が『痛いの痛いのとんでけ〜』って……』
「…………」
それは……手を繋いだと言えるのだろうか?
いや、触れられただけ大きな進歩なのだろう。
そう思っておこう。頭痛くなりそうだし。
何て私が額を押さえて目を瞑っていると。
『———そ、そう言う柚月ちゃんはどうなんですかっ……!』
詩織が仕返しとばかりに意味不明なことを言ってくる。
当然理解不能な私はポカンである。
「どうって?」
『琢磨君とのことですっ!』
「琢磨? あの馬鹿がどうしたのよ?」
私が相変わらず意味を理解出来ず首を傾げていると……詩織が『えっ?』と零して告げた。
『———柚月ちゃんは琢磨君が好きなんじゃないんですか?』
……………………は?
「は? 何言ってんの? 私が? 琢磨を?」
『は、はい……。だって、琢磨君と話してる柚月ちゃんは楽しそうですし……表情だって私と話す時より豊かですし……そうなのかなぁ……って』
この小娘はとんでもない勘違いをしている。
私があの馬鹿を好きなはずな———
———『言っとくけど、お前も十分可愛いからな? 流石に詩織には僅かに劣るけど……物凄い美少女だと思うぞ。化粧とか百パーお前の方が上手いだろうし』
………………。
『ゆ、柚月ちゃん?』
「……違うから」
『え?』
『あの馬鹿が好きとか、絶対ないから」
『でも……』
「違うから。この話はこれでお終い。それにどうせ詩織はもう寝るんでしょ? じゃあ切るわね」
『えっ、あっ、柚月ちゃ———』
私は半ば無理矢理電話を切り、通話終了の文字が表示されたスマホを枕に放り投げる。
そして私もスマホ同様ベッドに倒れ込むように寝転がると。
「…………絶対、違うから……」
誰に言っているのかも分からない言葉を、ポツリと呟いたのだった。
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