第8話 勉強会を遠目から観る者

「———さて、『第18回緊急2人をくっつけようの会』を始める」


 放課後になった瞬間に超高速で帰宅に移った俺と柚月は、そのままの足で2人が来る例のカフェに赴いていた。


「始めるって……もう直ぐ2人が来るわよ?」

「黙らっしゃい。緊張を解させてくれよ」


 遂にやって来ました運命の時間。オラわくわくすっぞ!

 何て気丈に振る舞いながらも、もう俺の心臓は緊張でドキンドキンしてる。

 誰でも良いから某CMの『この頃動悸がドーキドキ、ちょっと息切れはーはーはー、何だか頭がさえないのー』でお馴染み救◯持ってきて。


 そんなくっだらないことが頭を駆け巡る中、柚月が情けない俺の姿を見てため息を零す。


「はぁ……アンタ、意外と本番に弱いタイプね」

「は? 強いが? 体育祭のリレーで1位を取り続けてる男ですが?」

「詳しく言えば?」

「体育祭の予行練習のリレーで1位。本番は良くて3位」

「弱いじゃない」

「めっちゃ弱いわ」


 悲報。俺は本番に弱かった。

 え、こんなに毒舌には耐性あるのにプレッシャーにはボロ負けって何ぞ?

 もしかして美少女補正か、そうなんだな?

 だったら俺って男子から罵倒されたらめっちゃ効いちゃうってことぉ!?

 ただの女好きじゃないですかやだー。

 

「助けて」

「無理よ。というか……私達はただ眺めてるだけなのよ? それのどこに緊張する要素があるのかしら?」

「それは…………確かに」


 机を挟んだ対面に座る柚月から向けられる毎度お馴染みの、呆れを孕んだ瞳と共に告げられた言葉に俺は咄嗟に反論しようとして……一切間違ったことを言っていないと気付く。

 寧ろ絡むことは一切ないはずの俺が緊張しているこの状況がおかしいのだ。


「そう考えたら全然緊張せんわ」

「単純ね」

「難解よりマシだよ。煽てたら直ぐに機嫌が良くなります」

「馬鹿」

「煽てるの意味知ってる??」


 煽てるって褒めることなんですけど。

 誰も煽れなんて一言も言ってないんですけれども……そこの所はどう思います?


「アンタが調子に乗ったら、ろくでもないことしか起こらないもの」

「良く分かってるじゃないか」

「何で誇らしげなのよ……」


 俺が胸の前で腕を組んでうんうん頷けば、げんなりとした様子で零す柚月だったが……。




「———ここが柚月ちゃんがオススメするお店ですか……雰囲気が良いですね」

「そうだね、勉強してもいいって聞いてるけど……集中できそうだよ」




 お目当ての方々がやって来ると同時にパッと帽子を被って身を潜めつつ、興味津々といった様子で座席の背もたれに手を付いて顔の半分だけ出しながら2人を眺める。

 その様子が普段の落ち着いている彼女とはギャップがあって……俺は思わずクスクスと笑ってしまう。

 しかしバレてしまい、ぶすっと憮然とした表情でジトーっとした瞳を向けられる。


「……何よ」

「や、可愛らしい所もあんじゃんと思って」

「……忘れなさい」

「はいはい、仰せのままに」

「似合わないわね」

「一生覚えておこうかコラ」


 おいおい今どっちが上か分かってないようだなぁ……柚月さんよぉ?

 お前が下、俺が上なんだよなぁ?


「くっ……コイツの前で情けない姿を晒すとか一生の不覚……」

「そこまで? 君の中での俺って悪魔か何か?」

「大して変わらないわね。だって何かに付けてそれで煽ってくるでしょ?」


 ……良く分かってるじゃないか。

 チッ、折角交渉材料とかに使えると思ったのに……。


「甘いわよ、馬鹿な琢磨が私に勝てる日なんて来るのかしら?」

「くっ……いつまでも高みの見物出来ると思うなよ! いつか絶対お前の口から『私の負けよ』って言わせてやるからな!」

「来るわけないけど」

「来るんだなこれが」


 俺が眉を吊り上げて言えば、頬杖を付いた柚月が面白いと言わんばかりに挑戦的な笑みと共に一瞬目を柔らかく細め、口を開いた。




「———待ってるわ」




 なぜかは分からない。

 分からないが……その声が、その言葉が、その姿が、その表情が———何故か俺の心に鮮明に刻まれたのだった。








「———ですので、ここがこうなるわけです」

「なるほどね……やっと分かったよ。ありがとう、詩織さん」

「いえ、教えれば自分がしっかり理解しているのだと実感できますので」

「ははっ、詩織さんは優しいね。そんなだから僕は———あっ」

「あっ……」


 海人がパッと顔を上げたことにより、海人を教えていたことで顔を近付けていた詩織の顔と海人の顔が急接近する。

 お互いに一瞬時が止まったかのように見つめ合ったのち———どちらかともなくバッと顔を離すも……海人も詩織も顔が真っ赤になっていた。


 そんな様子を———離れた場所から観測する俺達は、グッと拳を机に付いてこれでもかと顔を歪めていた。


「くそっ……何でそこはそのままキスしねぇんだ……!! どっちかが後ちょっと勇気を出せばゴールイン真っしぐらなのに……!! てかもう良い加減早く付き合えよクソッタレ……!!」

「くっ……後少しなのよ……!! ここなら人も居ないからキスしてもバレないわよ……!! 海人は何をしてるの!? それに詩織も海人が奥手なのは知ってるんだからアンタから仕掛けなさいよ……!!」


 第三者だからって好き勝手に言いまくっているが……間違ったことは言ってない。

 親友たる俺達が当人の意見交換をした結果、どちらかが不意にキスしても嫌がるどころか寧ろ舞い上がることは明確となっている。裏は取れてんだぞゴラァ?

 

「なぁ……どうやったら2人が付き合うと思う? このままだと2週間後のデートでも告白しそうにないんですけど」

「……確かに。私もグイグイいった方が良いとは言ってるんだけど……はぁ、緊張とか幸せとかが勝ってそれどころじゃないらしいわ」

「何そのぴゅあぴゅあエピ。可愛いかよ」

「は? 詩織は可愛いわよ」

「知ってるですわ。一言も否定していないのですわ」


 怖いのですわ。

 相変わらず詩織さんのこととなると目がガチになりますわね、柚月さん。

 まぁそれもそれで大変良きなんですが……目のハイライトは消さない方がよろしくてよ? 俺もそれやってみたいですわ。


 怖すぎて口調がちょっとバグったものの、俺が素晴らしい親友愛だ……と微笑ましく思っていると、柚月はつい熱くなっていたのが恥ずかしくなったのか、僅かに頬を朱色に染めてそっぽを向いた。


「……ちょっと私から強く言ってみるわ。あんまりぐだぐだしてたら海人が取られるかもってね」

「海人がポンポン好きな人を変える浮気性と言いたいのかテメェ!!」

「例えって言ってるでしょうが。アンタもさっきの私と変わらないわよ」


 ハッ!

 しまった……ついつい熱くなってしまった。 

 穴があったら入ってみたい。


「ま、俺もそうしよっかなぁ……明日もここに集まるか」

「そうね、それが良いかもね」


 俺達は明日の放課後の予定を決めたのち……2人のもどかしくも甘酸っぱい光景に歯噛みしたり頬を緩めたりして楽しむのだった。

 

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