第7話 ただ昼飯を食うだけ……?

「———海人〜飯食おうぜ〜」

「良いよ、何処で食べる?」

「さっすが海人、フットワーク軽いねぇ〜」


 夢のようなバレーボールの時間から現実に引き戻されて早3時間ちょっと。

 俺は海人の詩織の体操着姿についての本音を聞くべくご飯に誘ってみると……相変わらず俺とは違って爽やかな笑みをたたえて頷く海人。うわっ、眩しっ。


「てか今日はどっち? 食堂? 買い食い? 弁当?」

「琢磨……僕が今金欠だって知ってて聞いてるのかな?」

「その通り。ま、俺も金ねーけど。一文無し同士仲良く弁当食おうや」


 何てケラケラ笑いつつ弁当を持って海人の席に椅子を持っていき———



「———あ、そう言えば今日は詩織さんとも食べるからね」

「ダニィ!?」



 あまりにも衝撃的な御報告に、本日2度目の叫びと共に全俺が驚愕と親友の成長に跳ねた。

 

 あの奥手男子海人きゅんが詩織を誘うなんて……ママ嬉しいわっ。

 でも、予め教えててくれないとママも準備があるのよっ! 

 早く御赤飯たかないと……っ!


「まぁ柚月さんから誘いが合ったんだけどね」

「は? 赤飯買う用に財布の中身見た俺の労力を返せよ、柚月」

「その程度で疲れるとか貧弱ね」

「別に疲れたとは一言も言ってないけど? あれれーっ? 勘違いしちゃった? まぁ現文で毎回俺より点数低い人には分からないかーっ、ごめんな」


 丁度詩織と共に弁当を持って此方に向かってきていた柚月に、ここぞとばかりに揚げ足を取った俺は今までの逆襲とばかりにニタニタ笑って見せるも……。


「…………」

「無言で拳を握るのやめない? 流石に殴らないよな?」


 利き手である右手をギュッと握って俺を般若の表情で睨み上げる金髪ギャルの姿に思いっ切り引き攣らせる。


 最近お手々出るの早ない?

 拳で黙らせるのが1番早いって気付いちゃった? その通りです。


 何て戦々恐々とした俺がゆっくり椅子と共に柚月から距離を取っていると……柚月がニコッと笑顔を顔に張り付けた。


「その顔、原型留めてたらいいわね?」

「しおりちゃーん助けてーっ! ユーの怖い怖い親友が俺の顔面を我流整形しようとしてくるんですけど! 整形要らずの完璧なお顔が崩れちゃう!」

「整形でも治らないようにしてあげるわ」

「ゆ、柚月さん、ちょっとやり過ぎじゃ……」

「そうだそうだ! 暴力反対! ここは人間として話し合いで解決するべきだと思いますっ!」


 俺が庇ってくれた海人の背中に隠れて野次を飛ばせば、ギンッと赤鬼も真っ青な眼光を光らせた柚月だったが……詩織の『お、落ち着いて……っ!』との言葉でやっと正気を取り戻した。


「全く……手の焼ける女だ———冗談です」

「琢磨……君は本当に直ぐ調子に乗るんだから……」


 俺がヤレヤレといった風に肩を竦めると直ぐに飛んできた絶対零度の瞳に冷や汗を流す。

 その様子を見ていた海人も呆れたと言わんばかりにため息を吐く。どうも、直ぐに調子に乗って痛い目を見る琢磨くんです。

 

「ふふっ、やっぱり柚月ちゃんは可愛いですね」

「は、私? どこが?」


 大人しく椅子を移動させて2人分のスペースを開ける俺のお耳に、詩織の弾んだ声と柚月の困惑の声が届く。何か面白そうだしツッコまずに黙ってよっと。


「ふふっ……だって柚月ちゃん、琢磨く———ふにゃっ!? ゆ、柚月ちゃん!?」

 

 突然詩織が可愛らしい悲鳴を上げる。

 どうやら柚月が何かしているようだが……生憎こちらも目が離せない。


 くそっ……何が起こった……!?

 今俺は引っ掛かった椅子を直すので手一杯なんだっ!

 頼む、俺の片目よ……今直ぐ後頭部に移動しろ……!


 ありもしないことを願うくらいには気になる俺は、全意識を耳に集わせて聞き耳を立てる。

 きっと今の俺ならコウモリとかしか聞こえない超音波すらも聞こえるだろう。


「えい、えい、えい」

「ちょっ……ゆ、柚月ちゃんっ……脇腹をつつかないでくださいっ!」

「嫌」

「どうしてですか!?」

「知ってはならないことを知りすぎた」

「そんなパンドラの箱みたいな……っ」


 …………良いなぁ。

 美少女と美少女のやり取りは聞くだけでも和むわ。

 

 普段止める側の柚月が仕掛けているのを鑑みるに、流石親友といった所か。

 なるほど、やるじゃないか。


 何て俺は誰目線なのか分からないことを考えつつ、中々取れてくれない椅子の足に悪戦苦闘するのだった。

 

 


 






「———うわぁ……これ全部海人君が作ったのですかっ?」

「うん、まぁそうだね。ウチは姉も妹も母さんも料理が出来ないから……基本的に料理は僕と父さんの担当なんだよ」

「凄いですっ! 私はお母さんに作ってもらってるので尊敬しますっ!」

「そ、そんな褒められることじゃないよ……」

「私からしたら凄いことなんですっ」


 もうね……お目々とお耳が幸せです。

 多分今ならどんな罵詈雑言も笑って許せる自信があります。料理は伸びしろしかありません。


 付き合ってないのがバグみたいな2人の姿を、弁当を食べつつニコニコと聖人のような笑みを浮かべて見ていると……何やら含みのある笑みの柚月が口を開く。


「馬鹿」

「こら」

「笑顔」

「はは」

「遅い」

「怖い」


 ニタニタ笑顔の柚月に、引き攣り笑顔の俺。

 2文字縛りなのかってくらい短い言葉の応襲が、海人と詩織のあっまあまな光景をバックに繰り広げられる。普通に殴りたい、その笑顔。

 

「てかもうツッコまないぞ」

「何がよ」

「お前が俺の思考を完璧に読んでること」

「ツッコんでるわよ」

「嵌められた……っ!」

「ふふっ」


 悔しそうに歯噛みする俺の姿を見て、頬杖を付きながら可笑しそうに笑う柚月の様子に俺は驚きを隠せなかった。


 一体全体どうしたんですか、柚月さん。

 今日はというか今は一段と機嫌がよろしゅうございますね。


「知りたい?」

「めっちゃ知りたい」

「実は———」


 そう言って柚月が海人と詩織を一瞥したのち、驚くなよと言わんばかりの笑みを浮かべつつ俺の耳元に口を寄せると。




「———今週の土曜、私達がいつも使ってるカフェで2人で勉強するらしいわ」




 そんな、今直ぐにでも有頂天になる報告を囁いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る