放課後

 放課後、俺はいつもより早めに部室に向かうと、部室に冬月は居なかった。なんとなく久々に部室に一人な気がする。


「んー…………」


 俺はリュックを置いてソファーに腰掛け、スマホを開くと文化祭についてのアイディアを集める。

 ふむふむ、食事系からアクティビティ系か……どれも魅力的だけど、文化研究部としての特色を出すのが……そもそも、俺一人で出来るのか?

 そうして色々調べていると、ゆっくりとドアが開き、冬月が入ってくる。


「……あら、もう居たのね……。」


 冬月は意外そうにそう言うと机に鞄を置く、そして、チラリとソファーに座る俺に目をやると、テーブル椅子に座り、静かに本を読み始める。


「「…………」」


 俺は冬月が本を読んだのを確認すると、そのままスマホで調べるのを再開するが、どこか気まずい。

 ま、でも、そんなの気にしてられない……。俺はアイディアを見つけてはスマホのノートに貼り付けていく。


 ◇


「……ふぁーー」


 ……よし、一応やりたい事は固まった、あとは準備するだけ……でも……


「ねぇ……ずっと何してるの?」

「!?」


 突然真隣から冬月の声が聞こえてきて、俺は思わず体をビクッとさせる。

 いつの間に……

 冬月はソファーの後ろから怪しんだように俺を見ていた。俺は思わず顔を背ける。


「べ、別に……大した事ないから……」

「……ふーん」


 冬月は不満そうにそう言うと、前に回ってきて俺が座っているソファーの反対側に座る。


「……はぁ、どうせ文化祭のことなんでしょ? もう、あなたって単純なのね。」

「っ、なんだよ、単純って……」

「ふふ、そのままの意味よ。ね、本当に一人でやろうとしてるの?」


 冬月は少し揶揄うように言って俺を見る。

 なんだよ……急に……

 俺は冬月を直視することが出来ずに、彼女の制服のリボンを見ながら。


「……あぁ…………だって、そっちも忙しいだろ……」


 俺がそう言うと、冬月は目を丸くするとすぐにムッとした表情をして俺を見る、そして、ソファーから立ち上がる。


「……あっそ」


 冬月は冷たくそう言うと、少し雑に鞄に物を入れる。

 ……なんで俺はこんなことしか言えないんだ。

 俺はソファーに座ったまま暗いスマホの画面に目を落とす。


「…………じゃあ、私はもう帰るから。」


 そうして、冬月は冷たい声でそう言う。俺は伏せ目で冬月を見ると、今までとは少し違う、まるで赤の他人を見るような冷めた表情をしていた。

 その瞬間、胸が鋭い何かで刺されたような気持ちになり、拳を握り締める、じんわりと汗が滲んで気持ちが悪い。

 そのまま帰らせたらダメだ……。

 俺の本能がそう叫ぶ。そしたら、きっと冬月は……もう来なくなる……

 胸が痛いほど高鳴り、気分が悪くなる……だけど――


「待ってくれ……冬月」


 冬月がドアノブに手をかけたその瞬間、、俺は気がついたらそう言っていた。

 冬月はビクッと固まる。


「……なによ……もう帰りたいんだけど?」


 ドアを見たまま動かずにそう返してくる、しかしその声はどこか震えの含んでいた。俺はその時胸がキュッと苦しくなる、けど、言わないと。


「……その、やっぱり、手伝ってほしい……」


 床を見たまま搾り出すように、拳に力を入れたままそう言う。

 しばらく沈黙が続く、胸が痛いほど鼓動する。


「…………はぁ、」


 冬月はため息をつくと俺の方を振り向き、そして、机に鞄を置く。


「初めっからそうしなさいよね、ほんとばか…………」


 冬月は俺をチラリと見て、小さくため息をつくと小さく舌を出す、まだ少しムッとした顔をしてるけど、その目はさっきより柔らかい気がする。俺はその表情を見るとゆっくり胸に温かい感覚が戻ってくる。そして、俺も冬月と向かい合うように椅子に座る。


「……それで、どんな案があるのかな? さっき必死に調べてたみたいだけど♪」


 冬月はいじるように微笑みそう言う。

 ぐ、やっぱバレてた……。

 俺は少し顔が熱くなる、なんか意地張ってたのが馬鹿らしくなってくる。


「……そ、そうだな、異文化体験カフェ……はどうだ?」


「……カフェ?」


 冬月は目を丸くしてそう呟く、よし、感触としては悪くないか?


「ああ、カフェといっても展示物もやりつつ、何ヶ国かの国のお菓子を出す。文化祭のランキングは自主性だし、いかに印象に残せるかが大切だと思って……」


 俺がそこまで言うと、冬月は静かに少し考え込む。

 そうして、しばらくして。

 

「……ふふ、ありきたりだけど、いいわよ、やりましょうか。」


 俺は思わずホッと一安心する。よかった、断れたらどうしようかと思った…………

 チラリと冬月の顔を見ると目を細くして何か楽しげな表情をしていた。

 ……こんな表情初めて見たな。

 そんな表情に少し俺は見惚れてしまいそうになるが、ハッと目線を逸らすようにスマホに目を落としたが、心のざわつきは止まらない。

 やっぱり、よくわからないな……冬月はいつも何を考えているんだろうか。

 急にこの部室に来て、冷たいかと思えば協力もしてくれる……。考えれば考えるほど彼女について分からなくなる。


「……ね、スマホ逆さまになってるわよ。」

 

「え?……」


 しまった……別のことに気を取られて……

 

「ふふ……ほんと単純なんだから。」


 冬月はそう言うと、椅子から立ち上がる。俺はその時のいたずらげででも、どこか儚げな表情に目が奪われ、なんだか落ち着かない気持ちになってくる。


「……じゃあ、出し物は決まったから、あとは部員と詳細を詰めるだけね。」


 冬月は後ろで手を組みながらゆっくりと歩き、窓の外を見る。俺はその背中を見ながら、何か言おうとするが言葉がうまく出てこない。


「……ああ」

「……そういえば、新入部員の目処って立ってるのかしら? 私たくさん来られても困るし……出来れば女の子がいいな。」


 冬月はそう言ったまま外を見る、すると、彼女のすらっと伸びた程よい肉付きの脚がふと目に入る。

 俺はそのしなやかな膝裏に思わず惹きつけられる。

 ……って、いかんいかん、何みてんだ俺は――


「? ねえ、聞いてるの?」


 冬月は俺を振り向くと少しムッとしたように俺を見る。

 

「――っ! あ、ああ、聞いてるよ……えーっと、部員だろ? 女子だったら……俺はツテはないかな……そもそも男子でも……」


 なんか言ってて悲しくなるな……

 

「……なんと言うか、聞いた私が悪かったわ……」


 そう言うと窓の淵にもたれかかってスマホを打ち出す。

 俺はその姿をあまり見ないように適当に自分もスマホを開く。なんだかいいな……気軽に連絡できる奴がいるって。ま、でも、いたからなんだって言うんだ?

 俺は黙って、馬鹿にしてたけどなんかハマってしまった流行りのチムチムをやる。


「……はぁ、弥生もだめかぁ……。ん? ね、何やってんのよ?」


 俺は丸いキャラを繋いで消しながら、冬月の声が聞こえると一時停止を押す、画面から目を離すと、冬月が隣に立っていた。


「なんか意外……」


 冬月はぽつりと呟く、なんだよ意外って!?


「……別に、やってみたら案外楽しかったからな。」

「ふ、ふーん……そうなのね……変なゲーム……」


 冬月は不自然に目を逸らし、スタスタと俺から離れると椅子に座る。

 ま、冬月とかゲームやらなさそうだしなぁ。俺は画面を消す。


「それで、どうだった?」

「……私が呼んでいいかなって思う友達に連絡したけど、無理らしいわ。」

「そっか…………」


 むむむ!? これって案外やばいのでは? よくよく考えてみたらポスターをやったところで簡単に人が集まる部活じゃないし、この学校は2つ部活に入れない……その上入ったすぐ後に文化祭の準備をガチでやらされる……

 逆の立場でもなりたくないよな。


「……一応、俺も少し話せる奴がいるから聞いてみるよ、男だけど……」

「それはいや、これ以上むさ苦しくなったらそれこそ地獄よ。」


 冬月は腕を組んでそっぽを剥きながらそう言う、俺は少し苦笑いしてしまう。

 くっ、こいつ案外わがままな面もあるんだな……


「……そ、それじゃあ、部員は置いといて、とりあえずやる内容について色々話そう。」

「そうね、ふふ……私文化祭なんて初めてだから少し楽しみ……」


 ふーん、なんか意外だな……でも、クラスもあるし、別に部活じゃなくても。


「そうか……因みに、クラスの準備はどうなってるんだ?」


 俺は素直に疑問に思い聞いてみる。


「別に普通よ……結局声のでかい人のやりたいことをやるって感じかしら?」


 冬月は冷めたようにそう言う。確かに……クラス会とかも出来レースみたいなところあるしな。


「わかるな……じゃあ、俺がやる事決めてよかったのか? 他にやりたい事あるんじゃないか?」

「……ふふ、ないよ♪ だって、あなたが部長なんでしょ?

――それに、カフェ、悪くないと思ったし……」


 冬月は目を細めながら少しいたずらげにそう言う。

 俺は思わず目を逸らして。


「――! ま、まぁ、な??」


 俺もなんとなくその言葉を聞くとさっきまでの緊張がすっかりほぐれる。分からない事だらけの冬月だが、こいつと過ごす時間……


「あっ! もうこんな時間……ごめんなさい、私もう帰らなきゃ……

うち、門限厳しいのよ、ふふ、おかしいでしょ?」

 

 冬月はテーブルに置いたスマホに目をやると、立ち上がり急いで帰る準備を始める。


「でも、それだけ大切に思われてるんじゃないか?」


 冬月はそう聞くと一瞬手を止めて「……そうかもね」と呟くと優しく微笑んだ。それだけで、胸が高鳴るのを感じた。

 俺はそれがバレないように黙り込む。きっと今は声がちゃんと出ない気がする。


「…………じゃあ……ね?」


 冬月は鞄を肩にかけてふさっとした前髪を少し直してドアノブを回す。

 

「……あぁ……」


 俺は返事するが声がしわがれて上手くできなかった。

 ま、必要な材料とか出す料理とかは家に帰って考えるか……

 ……ゆっくりとドアが閉まると、優しい秋風がまだから吹いてくる。

 窓から外を見ると、街には柔らかな秋の日差しが差し込んでいた。

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学校でも指折りの美少女優等生が俺だけに辛辣な件〜まじでなんで? 酸素缶 @VenusdeMilo

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