転校生

 後日、俺は教室で副会長から渡された紙を眺めながら、案を考えていた。

 部員の数に関しては一人増やせばいいからいいとして、問題は…………

 ふと黒板の端にに目をやる、

 

『文化祭まで残り12日』

 

 あと十二日で全部活相手にトップ五位以内……数の多い部活はそれだけで有利な上に、すでに準備を始めている部活もあるらしいじゃないか。


「……やばいな」


 本当にこれ大丈夫か……?俺でできるのか……?

 ふと、廃部になる際のシーンが脳裏を掠る。ってダメだ……せめて最善は尽くさないと。あの冬月を見返すためにも、俺の自由な城を守るためにも!


「おはようございますー、みんな座ってねー」


 すると、担任の大嶋先生がいつもの授業道具とかが入っている段ボールを抱えて入ってくる。

 クラスのみんなはすぐに席に戻る。


「はいはーい、じゃ、ホームルーム始めようね。じゃ、噂になってると思うけど、今日から転校して来た深坂詩月さんです……ほら、入っておいで」


 大嶋先生は朗らかにそう言うと、廊下から見慣れない制服の女子が入って来た。って、あれ?

 入って来たのは淡い長い金髪が特徴的な日本人離れした美しい顔立ちに、セーターにミニスカートという攻めた服装をした、そう、まさに白ギャルみたいな子だった。

 けれど彼女は、まるで感情が抜けたかのように無表情で、眠たそうにしていて、俺は思わず目を疑った。ギャルって、もっとキャピキャピしてるんじゃないのか?


「…………よろ……しく……おねがいします……」


 彼女は蚊の鳴くような小さな声でゆっくりと話す。

 え、ええ!?これがギャップ萌え? って違うだろ!?

 聞き耳を立てるとクラスも少しざわついている。

 そして俺は隣の席の奴と顔を合わせてしまう……こいつは狗谷丸男……なんかの病気か遺伝で狼男の姿をしてる。

 と言っても毛がもこもこで優しげだから怖くないけど……ま、そいつは俺と目が合うと、俺が驚いているのを意外そうに目を丸くして「転校生なのに、かわいいな」と小声で囁きニヤリと笑う。

 

 何こいつ、同じこと考えてるのが絶妙に腹立つな……

 

 ふと、そのモコモコした耳が微妙に動いているのを見てしまい、『……耳、動いてるぞ』と言いかけたけど、黙っておいた。


「ははは、えーとじゃあ、深坂さんは一番後ろの席ね。」


 大嶋先生は何もなかったかのようにいつも通り朗らかな声色でそう言うと、深坂はゆっくりと席に向かう。

 ふと、目が合ってしまい俺は思わず目を逸らす。なんだかその光のない瞳に見られると心の奥底まで見透かされたような気がした。

 そうして深坂は俺と丸男の席の間を通っていくが……


「っ!あうち……!!」


 丸男がもふもふした足を深坂に踏まれてしまう。丸男の耳がピンと立ち、毛がわずかに逆立ち、いつもより丸く見えた。

 絨毯と間違えられてんじゃねぇか?思わず俺は吹き出しそうになるが、我慢する。


「……ごめん……ね…………でも、毛、ふわふわ……」


 深坂がそうぽつりと呟くが表情は微動だにしなかった。まるで、人間らしい感情をどこかに置いてきてしまったかのように……丸男はと言うと耳をピンと立てて震え、そして。


「も、もっと踏んでいいもいいっすよ……?」


 テンパってるのか変な発言をして目をクルクルさせる。

丸男の近くの席のやつらは思わず吹き出しそうになっていた。


「……へんなの……」


 深坂はそう呟くとそのまま席に着くと鞄をかけてくたっとうつ伏せになる。丸男を見ると耳をぺったんこにして、こいつは別の意味でうつ伏せになろうとするが、とんがった鼻のせいで俺の方に何か訴えかけるように涙目で見ていた。

 うわっ、なんかきもっ!

 俺は目を逸らす。うん、何も見てない…………



 そんなこんなでホームルームが終わり、1時間目の休み時間が始まるとクラスのみんなは深坂にこぞって集まりあれこれ聞いていた。

 深坂は斜め後ろの席ともあって俺は人混みを避けるためにトイレに向かう。

 ふと、一年A組の前を通ると、冬月が目に入る。

 彼女は女子グループの中で俺には見せたことのないような微笑みを浮かべて話していた。

 なんとなく、胸がモヤモヤする……俺は下を見て歩き始める。


「……はぁ」


 さて、どうしようかな……って、もふ……

 下を向いて歩いていると、突然後ろからもふみを感じて振り向くと、丸男がぎこちなく微笑みながら立っていた。


「どうしたんだよ……」

「い、いやーね、あれ、どうだった?」


 ? なんだあれって……俺はモジモジと俯くこの犬男、間違った、狼男を怪訝に見る。


「なんだよ……あれって」

「分かれよぉって!……その、深坂さんの俺の初対面の印象……とかだったりー?」

「ぶっ!!」


 俺は思わず吹き出してしまう。すると、丸男はむすっとした表情になり。


「な、何笑ってんだ!噛みつくくぞ!!」

「悪い悪い……印象……か、でも、俺なんかより友達いるだろ? そいつらに聞けばいいだろ。」


 そうだ、なんで俺に聞くんだろう……別にそんなに話したことないし、丸男だったらいっぱい友達いるだろ……。


「……いや、その……俺見た目がこんなだから馬鹿にされるんだよ。」


 丸男はそう言うと、当然のようにそう言うが犬耳をぺたんとしていた。……そうだったんだな。だったら、少しぐらい付き合ってやるか。

 

「…………正直、10点」


 俺は丸男を見ないようにボソリ呟くと息を呑む音が聞こえて、俺は恐る恐る丸男を見ると。


「……10点満点中なんだよな!?」

「どうしてそうなる!?」


 俺は柄にもなくつっこんでしまう。ま、まぁ、ポジティブなのはいいことか……


「違うのか……?」

「…………はぁ、そう言うことにしておくよ」


 ま、喜んでるみたいだし、必ずしも真実を伝えることだけが大事ではないし……。

 俺は尻尾をブンブンと振っている丸男を見てそう思う。


「ありがとうな!葛木っ!」

「お、、おうっ……」


 そう言うと、丸男は顔を綻ばせ俺の肩を叩く。

 俺は慣れない感覚に背中がむず痒くなる……けど、悪い気持ちはしない。

 

「って、葛木はいんのかよ〜?その、好きな人とか!」


 すると、丸男はニヤニヤとしながら俺にそう聞いてくる。なんだよその質問……


「……い、いまんところいないかな……」


 ふと、冬月が脳裏を掠るが……でも、いや、そんなわけない……あいつはは俺なんかに興味ないだろうし、だって、冷たいし。

 まあ、それにこう言うのは大体彼氏とかいるもんなんだよ……だから、俺はあんな奴……

 そんなことを思うと、さっき彼女の教室でみたあの微笑みを思い出して胸が苦しくなる。


「……そっかー、じゃ、出来たら教えてくれよな! 俺がアドバイスしてやる!」


 丸男はドヤ顔でそう言うと「じゃ、またな」とそのまま教室に戻って行った。

 …………って、自分のこと気にしろよ。

 でも、丸男のポジティブさはすごいし、俺には出来ない……それに、いい奴ってことは分かった。俺は横目で丸男を見送る、認めるのは癪だけど、なんとなく気持ちが軽くなった気がする。


「それより、早く文化祭を……」

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