生徒会副会長、現る

 後日、俺は朝から教室でうつ伏せになりながら、意気消沈していた。

 うん、もう……どうでもいい……

 心の中で涙を拭う。昨日あの後、冬月とほぼ会話はなく居た堪れなくなった俺はそのまま帰ったのだが、帰り際に見せた冬月のあの勝ち誇った微笑みが頭にこびりついている……く、くそっ!

 何やら教室が騒がしくなので俺はこっそり聞き耳を立てる。どうやら明日から新入生がこのクラスに来るらしい。

 ま、どうでもいいけど、こういうのは大体男だったりそんな可愛くなかったりするんだよ……


「……こう言うのは期待しないのが一番」


 俺は切り替えて机から本を出そうとすると、授業の鐘が鳴ってしまった。



 そして放課後、俺は憂鬱な気分で部室に向かうと、すでに冬月は居て、昨日と同様制服を着崩してソファーでゆっくり繕いでいた。


「……よ、よぉ」


 一応社交辞令として挨拶をすると、冬月はチラリとコチラを見るだけで返事はない。うん、こんやろ!!

 ま、そんなことどうでもいいんだ、とりあえず俺はリュックを置いて本を取り出して、ネクタイを取るとソファにいる奴に対抗心を出して着崩して興味ない風を装う。


「「………………」」


 そして、本を読み始める。風でカーテンが靡く音と本のページを捲る音だけが聞こえる。

 俺はチラリと冬月に目をやると、冬月は本を持ちながらうとうととしていた。

 なんか疲れてんだなぁ……。俺は目線を戻して本に集中する。ふと、案外冬月が増えてもいつもとそんなに変わらない静かな部室だと思った。


 …………


 そうして、俺は本を読み冬月はうたた寝をしていると、突然ドアがノックされる。

 

「「!?!!」」


 俺たちは一瞬固まるが、すぐにドアをじっと見る、すると、もう一度ノックされる。

 誰か来たっ!? わざわざ別館のこの部室に? 和明先生か?いや、和明は「おおうぃ」って言いながらくるし、わざと足音を立てて来てくれる。

 俺は冬月に目配せすると、お互い急いで着崩していた服装を整える。こんなの見られたら……


「ホント最悪……」


 冬月は俺を睨み呟くと一つ一つボタンを閉めてゆく。

 ドアの向こうから「……居ますよね?入りますよ」と聞こえてくる。


 あっ、、ちょっと……


 そう言おうとした時、ゆっくりとドアノブが回され、ゆっくりと、いつもはならないギギギーっと不快な音を立てながら、開く。

 そして、ドアが開くと、窓から差し込む夕陽の光に照らされた、ショートカットの真面目そうな子が無表情で立っていた。


「どうも生徒会副会長の篠井ゆずかです。…………っ!」


 しかし、俺たちの様子を見ると何か勘違いをしたのか少し耳を赤くして固まる。


「……お取り込み中でしたか?」

 

 やっぱそうなるよな!?俺は思わず頭を抱える。


「ふふ、い、いえ全然そんなことありませんよ♪」


 冬月はリボンを付け直しながら、額に汗をじんわりと浮かべ朗らかに訂正するようにそう言うが。

 冬月っ!逆にめっちゃ怪しい!


「……まあ、いいです……でも、節度は守ってくださいね。」

「「違いますからね!?」」


 俺たちは思わず声を被せて否定する、冬月と俺は思わず顔を見合わせる、冬月は俺をキッと睨んでくる。

 俺が悪いのぉ…………??

 篠井さんはその様子を見てますます疑った目で見ながらため息をつく。


「……わかりました。では、本題です。突然なのですが、文化研究部に通告です。

 文化祭までに部員を合計3名、文化祭の出し物で学校の部別ランキングで上位5に入ってください。

 さもなければ……廃部です。」


 篠井さんは事務的にそう伝える一切感情を表に出さないその様子が、逆に不気味だった。

 そして、一枚の紙を俺に手渡す。それに目を落とすと『廃部』という二文字がなぜか異質に浮かび上がっている、俺の視界が一瞬にして狭まり、何か鈍器のようなもので叩かれたような感覚に襲われる。

 う、うそだろ……廃、部??

 ここは俺の自由に使える部屋ってだけじゃないんだ、ここまで無くなっちまったら……


「ま、まって下さいよ、そんなのおかしいじゃないですか……!」


 俺は声を絞り出して、そう言うが、篠井は能面のように一切表情を出さずに。

 

「……前から紙は送っていました。今更何を。

 他の部活は文化研究部が潰れたら部費が少しでも増えると喜んでいますし、むしろ猶予をつけてくれた生徒会長に感謝すべきです。」


 ……そ、そんな。

 

 ここに来て今までのツケが回ってきたんだ。俺は目の前が真っ暗になる。

 いや、いかん、そんなことより、この文化研究部、いや、俺の居城を守るために何か考えないと。

 ふと、隣に目をやると、冬月は顔に貼り付けたような微笑みを浮かべ固まっていた。こいつと会ってまだ二日目だけどショックを受けてることだけは分かる。


「では、私は帰ります。文化祭、楽しみにしてますよ。」


 篠井はそう言うと一転して満面の笑みを見せて部室を出てゆく。ドアがゆっくりと閉められると、風で本のページが大量に捲られる音が聞こえる。


「……葛城くん、どうして、黙ってたのかな?」


 ドアを呆然と見つめている俺に隣から恐ろしい圧を放ちながら苛立ちのこもった声が聞こえてくる。


「い、い、いやぁーワスレチャッテタナー」


 うそだ……本当は忘れてなんかいない……ただ、逃げてた。

 俺は下を俯いたまま黙る。冬月はため息をつき椅子に座り、何かを考え始め、ぽつりと「どうしてなの……」と呟いていた。


「……もういいわ、忘れていようがいまいが、あなた一人じゃどうしようも出来なかったでしょうし」


 なんだよその言い草……

 

「!! は、、はぁ? 別に出来るんだが……!?」

 

「ふっ、威勢だけはいいのね、でも、私には今のあなたは無能で変態にしか映ってないわ。せめて、いい案でもあるのかしら?」


 なんかめっちゃ腹立ってきたな、こいつ……

 しかし、俺は実際何もしてこなかった事実もあるし強くは言い返せず、黙りこくる。

 でも、俺だって何もしたくないわけじゃなかった……ただ、どうせ失敗するって……そうだ……言い訳して、何もしなかった。でも……手放しで“無能”だの“変態”だの言われるのを認めることなんてできねぇよ!腹立つんだよ! 俺だって、見返してやる、冬月にだって……!


「……はぁ、案すらないのかしら……まったく本当に救いようが――」

「――俺に任せろよっ!ここの部長は俺なんだ!絶対にこの城は渡さない……だから…………」


 俺は思わず溢れ出る感情が出てきてしまい、冬月にそう啖呵を切ってしまう。冬月は一瞬ハッと驚いた顔をして、初めて見せるような表情で俺を見るが、すぐにいつも通りの表情に戻り、そして。


「…………じゃあ、やってみせなさいよ……ばか」


 小声でそう言うと、俺から顔を逸らす。

 な、なんだよその反応…………

 俺は何かを話そうとしたが、喉に詰まってしまう。

 すると、冬月は急足に鞄を取るとそのまま部室から出て行ってしまった。

 冬月が部室から出た後、俺は心臓がうるさく鼓動していることに気づいた、きっと、冬月の初めて見る反応にそして、それとは別のなんだか久々の感覚のせいだと思う。

けど同時に、責任の重大性が切実に感じられる。


「……なんで俺、あんなムキになって言い返したのかな……」


 本当は出来るかなんてわからないのに…………でも、なんとなく分かる。

 ……きっと、俺はカッコつけようとしていたんだ。そうだ、なぜだか冬月の前で、カッコつけたかったんだ。

 俺らしくないけど、なんだかあいつにだけは……


「……っ! と、とにかく、この部活は存続させないと、いろいろ不都合だ。」


 俺は溢れ出てきて止まらなくなりそうな気持ちに蓋をして、とにかく、この居城を守るため……いや、啖呵を切った以上は絶対に!

 そうして、俺は文化祭に向けて動き出すことに決めた。

 



 

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