ハロウィン・オブ・ザ・リビングデッド

寝る犬

トリックオアトリート

 ひかりは怒っていた。


 この村では誰もハロウィンのお祭に付き合ってくれない。

 3歳になったばかりのひかりは、お母さんの化粧品と古着を使って、なんとかゾンビのような扮装をすると、リビングでテレビを見ているお母さんの後をそっと通りぬけ、隣の家へと向かった。


「とりっくおあとりーと! (お菓子をくれなきゃいたずらするよ!)」


 玄関を開けて大きな声を出す。

 びっくりして部屋から出てきたのは、村長だった。


「なんじゃ、ひかりちゃんか。変な格好してどうしたんじゃ? もう日が暮れるよ、ワシはひかりちゃんが食べるようなお菓子は持ってないから、もうお帰り」


 ――お菓子をくれなかった。


 ひかりは背中のポケットから隠し持ってきた出刃包丁(刃渡り25cm)を抜き放つ。

 驚いた村長が尻餅をついた所に飛びかかると、通りぬけざまに包丁を一閃した。


 声も上げぬまま村長の首がゴトリと音を立てる。

 床に転がった首は恨めしげにひかりを見つめ、尻餅をついた姿のまま首を失った胴体からは、真っ赤な血が吹き出した。


 出刃包丁を背中にしまうと、ひかりは次の家へ歩き出す。




 煌々と明かりが付いていたのは、駐在所だった。


「とりっくおあとりーと! (お菓子をくれなきゃいたずらするよ!)」


 出来る限りの大きな声で、ひかりはそう叫ぶ。


 駐在所の玄関先で、泣いている赤ん坊をあやしていたのは駐在さんの奥さんだった。

 ひかりの大声に、赤ん坊は嵩にかかって大泣きする。


「あらあら、ひかりちゃん、今赤ちゃんが泣いて大変だから遊べないの、ごめんなさいね」

 奥さんは駐在さんを呼ぶと、ひかりを送り届けてくれるようにお願いした。


「さあ、ひかりちゃん、送って行ってあげるからもう帰ろう、お母さんも心配してるよ」


 ――この人達も、お菓子をくれなかった。


 出刃包丁を一直線に駐在さんの首もとへ突き刺す。

 咄嗟に特殊警棒で包丁をはじき返した駐在さんは、後へトンボを切り、ひかりと対峙した。


「なにをするんだ!」

 しかし、次の瞬間、駐在さんは崩れ落ちる。

 その足は、すねより下がすっぱりと切り落とされていた。


「ふっ!」

 短く息を吐き、転がった駐在さんの眉間に包丁を突き立てる。そのまま柄の部分に膝を乗せると、ひかりは全体重を乗せて根元まで突き通した。


「あなたっ!」

 赤ん坊を抱いたまま、腰を抜かしたようにその場に座り込んだ奥さんを一瞥すると、ひかりはピクピクと痙攣する駐在さんの腰からニューナンブM60を抜き取る。

 セーフティレバーを解除すると、落ち着いて2度、引き金を引いた。

 乾いた炸裂音とともに、奥さんと赤ん坊の眉間には同じような穴が空く。

 銃口から立ち上る煙に息を吹きかけ、ひかりは肩を落とした。


 ――いったいいつになったらお菓子がもらえるんだろう


 出刃包丁は駐在さんの頭蓋骨に深く突き刺さり、ひかりの力では引きぬくことは出来ない。

 仕方なくひかりはニューナンブを背中のポケットに仕舞いこむと、次の家を目指した。




 次の家は小学校の先生の家だった。


「とりっくおあとりーと! (お菓子をくれなきゃいたずらするよ!)」


 血まみれの服を引きずり、ひかりはがんばって大きな声を出す。

 玄関に現れた先生はひかりの姿を見て大げさに驚いてみせた。


「まぁひかりちゃん! すごく素敵なゾンビの衣装ね! ちょっと待ってね……」

 先生は部屋の戸棚から沢山のお菓子を取り出し、ひかりの手に載せてくれた。


――やった! ついにお菓子をもらえた!


 嬉しくなったひかりは、でも少し、もの足りなさも感じていた。


――せっかくだからいたずらもしちゃおう。


 チョコレートを一つ口に放り込み、背中からニューナンブを取り出す。


「はっぴーはろうぃん!」

 そう言って引き金を引こうとした瞬間、先生はリボルバー部を手で抑えこむ。そのまま外向きに銃を半回転させると、ひかりの指の骨は粉々に砕けた。

 むしり取るように指の肉片ごと銃を奪うと、ひかりの眉間に向けて引き金を引く。

 ひかりはお菓子をまき散らしながら、ドサリと倒れた。


「お菓子を貰ったのにいたずらしちゃだめでしょ?」

 細くたなびく煙の向こうで、優しく笑う先生がそう言った。




「……はぁい」

 眉間から血を流したひかりが、頭をかきかき起き上がる。


「せんせーい、ひかりちゃん来てないかね?」

 玄関先で村長の声が聞こえた。


「来てますよー、今お菓子食べてます」


「ひかりちゃん、拳銃持って行っちゃだめだよ」


 駐在さんの声も聞こえる。


「すみません先生、ひかりがご迷惑をお掛けしまして……」

 ひかりのお母さんも探しに来たようだった


「いやぁしかし、ひかりちゃんのいたずらはなかなか凄かったなぁ」

 まだ眉間に刺さったままの出刃包丁を撫でながら、駐在さんが笑う。


「まったくだ」

 村長も、少しずれた首を元に戻しながらからからと笑った。


「全くこの娘ったら、ゾンビの村でハロウィンだなんて……ねぇ」

 ひかりのお母さんの言葉で皆が笑う。


 ひかりはもう一つ、チョコレートを頬張ると、皆と一緒に笑った。

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ハロウィン・オブ・ザ・リビングデッド 寝る犬 @neru-inu

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