祠襲撃の呪い

「繰り返して言うように祠を壊しても僕たちの霊障は解消されなかった。問題が起きたのは僕たちの霊障とは別の方面だった。具体的に言うと僕と相棒の家族全員が同時に金縛りにあったんだ。その祠を襲撃した三日後にね。

「ちょうど午前二時過ぎ、丑三つ時だった。当時僕は両親や祖母とは別の部屋で寝ていたから二人が金縛られたと聞いたのはその翌朝だけど、僕が金縛られたのとちょうど同じ時間に、他の三人も金縛りにあったらしかった。目と口以外全身が動かなくて、きっと両親は今の僕たちと同じように天井を見上げながら話していたと思う。

「朝起きて、その話を聞いて、それから学校に行って相棒と話すと、どうも彼の家でも同じことが起きたらしい。ただその時僕と相棒はひどく混乱してしまっていた。僕たちは祠襲撃の翌日からずっと真夜中の路地を歩く女の子について語り合っていたんだ。そして三日後に金縛りが来た。金縛りも女の子も、まるで僕たちにかけられた呪いのようなものだった」


「ちょっと待って」と妻は言った。「祠襲撃と言うから、てっきりこういう金縛りがあって、それで祠を襲撃しに行ったと、そう思っていたんだけど」そこで妻の言葉は途切れた。僕は目を横に動かして妻を見ようとしたが、精いっぱい目を寄せても右にいるはずの妻の姿は見えなかった。

「祠を襲撃して、それでこういう金縛りにあったって、そういう順序なわけ?」

「うん」と僕は言った。

「祠を襲撃して、それで一家丸ごと金縛りにあった?」

「そうなるね」

「それは呪いのようなものじゃなくて呪いって言うのよ」妻の声は笑っていた。

「今にして思えばその通りだけど、当時の僕たちは霊障といえばもっぱら家族の中で自分だけに降りかかるものと思っていたから、祠を襲撃したその因果が家族にまで及ぶなんて想像もつかなかったんだ」

「それで、ご家族は大丈夫なの?」

 僕は壁の時計を見た。二時二十分だった。


「家族が金縛りにあったのはそのときの一回だけだったんだ。その後には問題は何もなかった。勿論、僕たちの霊障は止まなかったし、僕は今もこうして霊障にあっている。ただその最初の祠襲撃以降、僕たちは計画していた次の祠襲撃を決行することはついになかったんだ。僕が家族の金縛りと祠襲撃の関係に気付いたのはもっと後のことだから、あの夜に見たパジャマの女の子の姿が僕も相棒も頭にこびりついて離れなかったんだと思う。何かがその事件を境にゆっくりと変化していって、一度変化してしまったものはもう元には戻らなかった。そうするうちにいつの間にか霊障も少し落ち着いてきて、学校も卒業し、そしてきみと知り合って結婚した。二度と祠を襲ったりはしなくなった」


「それでおしまい?」

「そう、それだけの話だよ」

 と僕は言ったが、あの当時において何が「起こった」ことで何がそうでなかったのか判断することはひどく難しかった。道を歩けば電柱から突き出た霊の靴に頭をぶつけたり、歯を磨けば歯磨き粉と一緒に釘を吐き出したり、そうしたことどもと祠襲撃による呪いをどうやって区別できるだろう。しかしそのことについては僕は妻にはしゃべりたくなかった。


「それで、そのきみの相棒は今どうしてるの?」と妻が訊ねた。

「知らないな」と僕は答えた。「そのあとでちょっとしたことがあって、僕たちは別れたんだ。それ以来一度も会っていないし、今何をしているかもわからない」

 妻はしばらく黙っていた。おそらく彼女は僕の口調に何かしら不明瞭な響きを感じ取ったのだと思う。しかし彼女はその点についてはそれ以上あえて言及しなかった。


「きみたちがコンビを解消したのはその祠襲撃事件が直接の原因だったわけ?」

「たぶんね。最初の祠襲撃で会った女の子から受けたショックは彼女の見かけよりずっと強烈なものだったと思う。祟りを受けに行こうとしていたのにその手前の段階で僕たちは内心震えあがってしまっていたんだ。どうあれ祠を襲撃する、破壊すること自体は首尾よく成功したんだけれども、そこに何か重大な間違いが存在していると僕たちは感じたんだ。僕たちが祠襲撃をその一度でやめにしたのは、家族への思いやりじゃなくて、最初の祠襲撃のときに感じた重大な間違いの感覚だったんだよ。僕がさっき呪いという言葉を使ったのはそのせいなんだ。それは疑いの余地なく呪いのようなものだった」


「本当にその一回きりしかご家族への金縛りは無かった? きみたち二人のご家族は」

「僕はともかく相棒の家族についてはわからないな。それに今こうして僕たちが金縛られている間、実家の両親や祖母もまた金縛られているかもしれない。ただ正直ね、霊障体質の僕に言わせれば、こんな十年に一回ペースの金縛りは呪いの数に入らないと思うんだよ。かかる奴はもっと頻繁にかかるし、脳の誤作動という説もあるじゃないか」

「そんな風にも言い切れない」と妻はこれまでにないはっきりとした声で言った。「いや考えないでもわかる。何か良くないものが巣食っているからこんな金縛りに遭うのだし、何かしら対処しなければ、それはきみを死ぬまで苦しめつづけるだろうよ。きみだけじゃなく私を含めて、ね」

「きみを」

「現にそうなってるでしょうが」と彼女は言った。「それに私たちのあいだに生れる子供も、同じ金縛りを受けるのではなくて? きみはどう、私たちの子供に、そのパートナーや子供たちにまで、十年に一回周期の金縛りを受けさせたいと思う?」

「いや」と僕は言い、首を横に振った。視界が大きく揺れ、僕はベッドから転げ落ちそうになって、右手が彼女の肘を掴んだ。時計を見ると二時半を回っていた。


「丑三つ時を過ぎたんだ」


 妻は体を起こして、そのままベッドから出た。僕もつられて体を起こすと、妻は寝間着を脱いで着古したブルー・ジーンズに脚を通していた。

「支度を」

「何の」

「もう一度祠を襲撃する。それも今すぐ」

「今すぐ?」と僕は訊き返した。「祠を?」

「ええ、今すぐに」と妻は言った。「金縛りが解けた今から、すぐにでも。あの時果たされなかったことを果たしに行く」

「三角屋根と、左右と後ろの壁を壊した、でも御神体までは壊さなかった、違う?」

 僕はうなずいた。

「半端なことをするから相手を付け上がらせる。十年も経って金縛りに遭わされることにもなる。今度は徹底的に根源を叩く」

 罰当りめいた妻の言葉はしかし啓示のように僕の耳に響いた。

「でもこの時間からか。場所は――」

「近いでしょう。車ですぐ着く」

 自宅から祠がある僕の地元までは三十分とかからなかった。

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