祠襲撃の回想

「ずっと昔に祠を襲撃したことがあるんだ」と僕は妻に説明した。「それほど大きな祠じゃないし、名のある祠でもない。どこにでもある平凡な祠だった。商店街の裏通りの奥まった辺りにあって、由緒を説明する立札があるでもなく、見栄えをよくするために清掃されているわけでもなかった。花を供える花瓶もない、拝む人も絶えていないような小さな祠だった」


「どうしてそんなぱっとしない祠を選んで襲ったの?」と妻が質問した。


「神社を襲ったりする必要がなかったからさ。僕たちは自分たちの霊障体質を克服するための祟りを求めていたんであって、何も賽銭を盗ろうとしていたわけじゃない。僕たちは襲撃者であって、強盗ではなかった」


?」と妻は言った。「僕たちって誰のこと?」


「僕にはその頃相棒がいたんだ」と僕は説明した。「もう十年も前のことだけれどね。僕たちは二人ともひどい霊障体質で、加持祈祷だって効きやしなかった。もちろんお守りだって効果がなかった。だから僕たちは霊障体質を克服するために実にいろんなひどいことをやったものさ。祠襲撃もそのうちのひとつで――」


「よくわからない」と妻は言った。「どうしてそんなことを? 祠に祀られたものを怒らせて、それで霊障が治るはずがないでしょう。霊障を克服するための祟り――といったって、蟲毒じゃあるまいし。怪しい壺を買った方がまだ安全でしょう。祠を襲ったりするよりはね」


「人間が信用ならなかったからさ」と僕は言った。「それはもう、実にはっきりとしていたんだ」

「でも今はこうして私と結婚までしているじゃない?」と妻は言った。

「時代が変われば空気も変わるし、人の考え方も変わる」と僕は言った。「でも、もうそろそろ寝ないか? 明日も早いんだし」


「寝るどころじゃないし、祠襲撃の話を聞きたいね」と妻は言った。

「つまらない話だよ」と僕は言った。「少なくともきみが聞いて面白い話じゃない。派手なアクションもないし」

「それで襲撃は成功したの?」


「襲撃は成功したとも言えるし、成功しなかったとも言える」と僕は言った。「要するに僕たちは祠を襲撃、破壊することはできたんだけれど、それは霊障体質の克服にはつながらなかったんだ」

「そうでしょうね」

「それから人間が信用ならないとさっき言ったけれど」と僕は続けた。「結局僕たちは祠を壊すにあたって他人の手を借りることになってしまったんだ」

「続けて」と妻は言った。


「僕たちはホームセンターで金槌とたがねと作業用手袋を買い、景気付けに日本酒を浴びるように飲んでから祠に向かった。かろうじて外灯が点いている商店街の路地に入って進むと周りは真っ暗だ。昼の内に道順を確認したとおりに僕たちは進んで、祠の前まで来た。日付が変わる頃で、見上げると左右の建物の隙間から満月が高く上がっているのが見えた。その月明かりが祠の前にいる人影を照らしていて、僕たちは本当に驚いたんだ」


「そんな時間に人がいたの?」


「幽霊じゃなかった。水色のパジャマを着た五歳ぐらいの女の子で、僕も相棒も知らない顔だったけど、確かに人間だった。その子は無言で手を差し出してきて、金槌と鏨を欲しがっているんだとわかった。僕が金槌と鏨を渡すと、その子は祠の、三角屋根の手前の部分に鏨の先を当てて、金槌を一振りした。軒の端の部分が欠けてゴトリと落ちた音がいやに響いた気がしたよ。

「それから僕たちは金槌と鏨を使って、ちょうどその子がやったように屋根の端から順に祠を叩き割っていった。そう、あれはコンクリートじゃなくて石造りの祠だったんだ。よほど古いものだろうとは思うけれど、それだけに壊れやすかった。三角屋根と、左右と後ろの壁を壊して、僕たちはその足で家に帰った」


「二人が祠を壊している間、女の子はどうしてたの?」

「金槌を僕に返すとすぐ路地の奥の方に歩いて行ってしまった。多分家に帰ったんだと思う」

「追わなかったんだ」

「自分たちのことを棚に上げるようだけど、真夜中にパジャマ姿で暗い路地を歩いている子供の素性なんて、わざわざ知りたくもなかったよ。ただでさえ霊障に悩まされていたのに、生身の人間のことでこれ以上悩みを増やそうなんて、僕も相棒もまっぴらごめんだった。とにかく祠は壊すことができたわけだから、僕たちは当面の目的を達したというわけさ」

「それで金縛りは?」と妻が訊いた。

「その三日後のことなんだけど」と僕は言って、唇を舐めて湿らせた。

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