第7話サプライズアタック

 季節は晩夏なので夜は酷く冷える。

 とはいえ重ね着をするわけにはいかない。衣擦れの音で奇襲がバレてしまうこともある。

 それに人殺しをすれば――かあっと身体中が芯から熱くなる。だから多少の冷えは我慢しよう。


「モンキー中尉。配置が済みました」

「ああ。発光弾での合図を待とう」


 夜明け前に斥候が見つけた敵兵の営舎。

 一万五千との報告が上がったが、それは多く見積もった数で実際は八千程度だ。

 一千八百でも大打撃を与えられるだろう。


 敵兵近くの森の陰に四十弱の人間が隠れている。わしの隊だ。

 クリフ大尉の代わりに指揮を執ることになっている。

 隣にいるジェフリーが「はは。武者震いってやつですかね?」と乾いた笑みを浮かべた。


「少しだけ……怯えている自分もいますが、これで援軍が来るまで耐えられると思うと安心もします」

「それより自分が生き残れることを考えろ」

「手厳しいなあ」


 軽口を叩いていると、控えていたアルフレッド曹長が「おかしいですな」と首をひねった。


「刻限を過ぎているのに合図がありません」

「かといって合図を待たずに攻撃はできん。逸って発砲などしたら軍法会議ものだ」

「中止の合図は決まっているのですか?」

「特に決まっていない。今更中止などできんしな」


 不安が心に広がっていく――駄目だ、そんなことを考えるな。

 メルウィン少佐は無能ではない。むしろ有能の部類に入る。

 ならば奇襲の中止という選択を選ぶわけがない。


 周りの兵に不安が広がる前に一言言っておこうか――と口を開いた瞬間、赤い光が広がった。合図の発光弾だ。


「総員――撃て! つるべ撃ちをしろ!」


 わしの指示で兵たちは一斉に銃弾を敵兵へ撃つ。

 それは四方八方から聞こえた。

 途端に敵兵の悲鳴と怒号がこだまする――


「他の隊が突撃を敢行しております。いかがなさいますか?」

「乗じて行なうよりずらしたほうが効果的だ。わしたちは他の隊と連携を図ることを優先する」


 アルフレッド曹長に言った後「ジェフリー少尉! 敵の混乱が収まっているところを見つけろ!」と命じた。

 ジェフリーは双眼鏡を覗きながら「暗くてよく分かりませんが!」と報告する。


「十二時の方向に敵兵が集まり始めております! おそらく中隊長レベルの士官がいると思われます!」

「そこへ斉射した後、他の中隊と合流する! お前たち、移動の準備を行なえ!」


 わしの命令により、近くの中隊と連携し敵兵に大打撃を与えようとする。

 しかし敵の反撃も激しかった。シャペルの者共もよく教育されているようだった。士官や下士官を中心に混乱を治めてわしたちに銃口を向ける。


 それどころか、白兵戦を挑もうとこちらに突撃する者もいた。

 わしは「全員、銃剣を着装せよ!」と命じる。

 味方の援護を受けつつ――二十名の集団と激突した。


「ジェフリー少尉、アルフレッド曹長! 無理をするなよ!」


 わしは敵兵の一人が向かってきたので、威嚇で撃つ。狙って撃てるほど時間が無かったので牽制のための射撃だった。怯んで隙を見せた敵兵の喉笛を容赦なく突く。目を大きく見開き、こぽこぽと血の混じった呻き声を上げて、その敵兵は絶命した。素早く引き抜くと血が辺りに飛び散った。


 隣でジェフリーが敵兵の頭を銃でぶん殴る。血液と脳髄が飛び散り、倒れ込んだところを銃剣で刺す。アルフレッド曹長も同様に殴打して始末した。二十名近くの敵兵は全員死亡したか重傷を負った。


「こちらの被害は?」

「八名が死にました。残りは二十九名です」

「そうか……一度退くぞ。戦況がどうなっているか知りたい」


 アルフレッド曹長が兵たちをまとめ上げている中、今が順調すぎると考えていた。

 元々、敵兵の数が少なすぎる――別の部隊が他にいるのかもしれない。

 それが助けに来たとしたら――わしたちに勝ち目はない。


 銃と喧騒が響いている中、安全圏まで退避したわしは次に攻撃する場所を考えていた。

 ジェフリーが双眼鏡で眺めていると、味方の伝令がこちらに走ってくる。

 身体中傷だらけで、酷く息切れをしていた。アルフレッド曹長が「どうした? 何があった!?」と訊ねる。


「はあはあ、本営が、奇襲されました……」

「本営が……? まさか、街のか!? メルウィン少佐はどうなった!?」


 伝令の胸ぐらを掴み、激しく揺さぶると「大隊指揮官殿は――」と顔を青ざめて言う。


「戦死いたしました! 生き残りは数名ですが、士官はおりません!」

「ということは、クリフ大尉も……」


 ということは、つまり街を敵兵が占拠し、指揮系統もめちゃくちゃになっているということか。

 まるで上様が本能寺で討たれたときと一緒だ。


「どうしますか、モンキー中尉殿」


 流石に余裕がないのか、ジェフリーが戸惑った顔でわしに訊ねる。

 アルフレッド曹長と兵たちも不安げにわしを見つめている。


「決まっている。直ぐに撤退の準備だ。他の中隊にも知らせろ」

「合図を出します……しかしどこへ撤退すれば? 街は占拠されて――」

「山の中しかあるまい。街へ撤退する中隊に知らせよう。退却する道順は分かっている……伝令は他にいるか?」


 その場に座り込んでいる伝令は「三人います」と答えた。


「メルウィン少佐の最後の命令でした」

「よし。ならばすぐに合図を出せ。赤色の発光弾はあるよな」

「ええ、ございますとも。貴様ら、発射の準備を行なうぞ!」


 アルフレッド曹長の指揮ですぐさま発光弾は撃たれた。

 水を引くようにすぐさま撤退していく味方の中隊に、わしたちは街の本営が陥落したことを知らせる。


「モンキー中尉殿。この先、誰が大隊の指揮を執るのですか?」

「ジェフリー少尉。それは階級の高い者だろう」

「なら、あなたが執る可能性もありますね」


 兵たちを率いつつ、大隊が集合できるところへ目指す中、ジェフリーがとんでもないことを言い出した。


「まさか。中尉風情が大隊の指揮など執れるわけなかろう」

「小官はモンキー中尉殿が相応しいと存じます」


 いつもの冗談か――そう思ったが、ジェフリーの顔は真剣そのものだった。


「小官はモンキー中尉殿の才覚を素晴らしいと思っています」

「部下の言葉には思えないな」

「気に障ったのであれば申し訳ございません。しかし、小官は確信をしております」

「何をだ?」

「指揮を執ってくだされば、この戦い、生き残れると思います」


 勝ち負けではなく、生き残れるかどうか。

 確かにその才覚はあるのかもしれない。


「まずは新たに本営を築くことが重要だ。ジェフリー少尉。貴官には相当の期待を持っている」

「はっ! お任せください!」

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モンキー・ストーリー ~豊臣秀吉が異世界で国王になるため人使いの才能で成り上がるそうです~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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