第6話アーミーライフ

「モンキー中尉! 小隊を率いて援護に回れ!」

「はい! 直ちに参ります!」


 中隊長のクリフ大尉の指示に従い、わしは顔馴染みの部下と共に出撃した。

 現在の戦場はシャペル王国の領地にある都市だった。市街戦というべきだろうか。この地を落とせば戦況は有利となる。だからこそ、敵の抵抗も一段と激しくなる。


「慎重に戦え! 絶対に死ぬんじゃないぞ!」

「了解しました、中尉殿!」


 銃弾飛び交う中、わしたちは家々の壁を使って敵の側面に出ようとする。

 正面からの攻撃に気を取られている――辺りに見張りはいない。好機だった。


「よし! 撃ちまくれ! シャペル共を後悔させてやれ!」


 わしの合図で銃弾を放つ兵士たち。

 側面からの攻撃は有効で、次々と敵兵は倒れていく。

 いや、血飛沫を上げて死んでいく。

 悲鳴を上げる者もいる。こちらに銃を構えるが、正面からの射撃で頭を撃ち抜かれる。逃げ出そうとする者も後ろから撃たれてしまう。


「離脱するぞ。もう十分だ」

「うん? 追撃しないんですか?」


 そう訊ねたのはジェフリー少尉だった。わしの一個下でなかなか気の利く後輩だ。タレ目が特徴的でひょろひょろした体格である。


「任務は果たした。それにあやつらを排除すれば他の連中がやってくれるさ」

「まあこちらの損害はないですし、早めに戻りますか」


 ジェフリーが「みんな! 本営に戻るぞ!」と大声で言う。

 弛緩する空気が漂うが、筋肉隆々の強面、アルフレッド曹長の「なにぼさっとしとるか!」の檄が飛ぶ。


「ここは戦場なんだ! 油断するんじゃあない!」


 まったく、何の因果だろうか。

 戦国乱世に生まれたわしが、今こうして戦争をしに異世界に転生した。

 何とも皮肉なものである。


 三年間の軍学校生活を終えた後、わしは東の大国シャペルとの戦争に出征していた。

 本来ならば卒業後は軽い任務に就くはずだったが、あれよあれよと戦地の奥まで引っ張り出されてしまった。わしが優秀だからではなく、単に人手不足なのだ。戦争とは常に人材を急募している。多く集めてたくさん敵を殺すためだ。まさに不毛なやりとりだ。


 シャペルとの戦いは一年ほど続いている。つまり、わしは今十六歳になっていた。

 入学時よりは背丈が伸びたものの、あまり立派な体格とは言えない。しかしながら、戦国乱世の経験が生きているので、それなりに侮られずにいた。部下に舐められると後々厄介なことになる。


 しかしこれまで大きな怪我をせずに生き残れているのは望外だった。

 小柄で物陰に隠れやすい体格のおかげでもある。

 このまま無事に戦争が終わるまで生き残れればいい。

 少しだけ出世もしたし、そろそろアイラに会いたいしな。


「中尉殿。シャペルの野郎が大攻勢をかけるとの噂、聞きましたか?」


 その夜。晩御飯の固いパンと味気ないスープを飲んでいると、アルフレッド曹長が話しかけてきた。四十手前で戦場を知り尽くした古兵の彼はいつもどこからか情報を仕入れてくる。それも信憑性がかなり高い。


「曹長。わしは知らなかった。ここにくるのか?」

「なんでも外国の義勇兵も加わって何千何万の大軍勢らしいです」


 ううむ。味方の数は二千人前後しかいない。

 何千ならば対処できるが、何万となると難しくなる。


「クリフ大尉殿は知っているか?」

「はい。ご存じないと思われます」

「大隊長のメルウィン少佐は知っているとは思うが……よし、報告に行こう。ジェフリー! お前も来い!」


 他の将校らと談笑していたジェフリーを呼んで状況を説明すると、わしたちは本営に向かった。幕を開けて中に入るとメルウィン少佐とクリフ大尉以外にも中隊長が何人かいた。


「どうした? ……いや、貴様たちも聞いたのだな」


 隈の酷いメルウィン少佐が疲れ切った顔で言う。

 わしは「例の報告でありますか?」と訊ねる。


「私たちも今報告を受けたところだ。斥候によるとシャペルが一万五千の軍勢でこちらに迫っている」

「……正確な人数までは知りませんでした」


 七倍以上の戦力がこの街に迫ってきている。

 せっかく敵兵を排除できたというのに……


「それで、少佐殿はどうなさるつもりですか?」

「戦力差があり過ぎる。到底守り切れるとは思えん。撤退を申告したのだが、参謀局に却下された」

「なにゆえ、ですか?」


 まさか壊滅まで戦えというのだろうか……

 メルウィン少佐は「援軍を寄越すまで耐えろとのことだ」と苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「進軍速度から推測するに、到着は五日後だ。しかし敵軍は二日後に来襲するだろう」

「三日間、少ない軍勢で耐えねばならんのですか」

「そこで耐える方策を考えていた」


 本営にある大きな机に地図が広げられている。

 街の外の周辺が描かれていた。

 この街は東側を山々に囲まれている。逆に西側は平地が広がっていて、兵の運用が容易い。ここを押さえれば進軍を阻止できるどころか拠点として攻めることも可能だ。


「一万五千の兵を待機させておく場所など限られている。こことここだろう。もしくは兵を分けて配置している可能性もある」


 少佐が指で示しながらわしたち将校に説明する。

 するとクリフ大尉が「奇襲をかけるのですか?」と訊ねる。


「ああ。二百だけ守りにつかせて、夜陰に乗じて攻め立てる」

「小官としては危険極まりないと考えます」

「クリフ大尉。それは重々分かっている。しかしこのまま座していれば確実に負けるだろう」


 一か八かの勝負ではなく、分のある勝負に引き込むための奇襲か。

 できれば桶狭間のように敵の大将を討ち取りたいものだが、それは叶わないだろう。


「向こうの着陣を待って奇襲を行なう。何か意見や質問のある者はいるか?」

「奇襲の時刻はいつになりますか?」


 わしの問いに「午前三時から四時の間とする」とメルウィン少佐は答えた。

 真夜中ではなく夜明け前を狙うのは上策と言えよう。

 問題は敵兵の規模だ。二つに分かれていれば大打撃を与えつつその場から離脱できるだろう。しかし一万五千が一塊になっていたらどうだろうか。いきなり中止にはならないだろうが、こちらの損害も酷くなる。


「無ければこの場を解散とする。皆、作戦決行まで休んでいい」


 三々五々と解散していく将校たちに交じって、わしとジェフリーとアルフレッドは本営から出た。外に出てこれからのことを考えると「モンキー中尉」とクリフ大尉が話しかけてきた。細目の彼に「なんでしょうか?」と敬礼する。


「今回の奇襲だが……私は貴様に中隊の指揮を任せたいと思う」

「小官にですか? 大尉殿はどうなさるつもりですか?」

「私はメルウィン少佐のそばに着く。それにだ、貴様のほうが兵を上手く扱えるからな」


 クリフ大尉は無能というわけではない。

 しかし彼の資質は参謀向きであるとわしは分かっていた。


「了解しました。小官にお任せください」

「ああ。頼んだ」


 クリフ大尉が去ると「また出世しちゃいますね」とジェフリーは笑った。


「少尉に任官してすぐに中尉ですものね。羨ましいなあ」

「お前もすぐに出世するさ。死ななければな」

「そりゃあそうですが……」


 軍隊というところは手柄を立てれば出世できる。

 けれど、それは人の入れ替えが激しいことを意味する。


「なあアルフレッド曹長。お前は二日後、生き残れると思うか?」


 答えづらい問いに「神のみぞ知る、ですな」と苦笑した。


「神学に疎い小官はよう分かりませんが」

「なんだそれは? ま、祈るのはタダだ。精々、互いの無事を祈ろう」


 二日後には激しい戦闘が待っていた。

 わしは今の自分にできることを模索しよう。

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