婚約者達に騙されて呪われた私を助けたのは天才魔法使いだった。

ありあんと

第1話

「えーっと、ここら辺よね」


 アーネットは学園の隅にある祠に一人向かっていた。

 夕暮れ時。

 木々の黒いシルエットが、風が吹くたびにザワザワと手招きするように動いて不気味だ。

 戻ってしまおうかとも思ったが、そうなれば彼女は一人で自分を待って暗い中で怖い思いをするかも知れない。


 アーネットは気が強いと周囲から思われがちだが、その実、面倒見の良いところがあった。

 意を決して先を急ぐ。


 

 アーネットにはこの国の王子をやっている婚約者がいるのだが、そんな婚約者は最近は男爵令嬢のマリアンに夢中になっている。


 そんなマリアンは、アーネットの婚約者だけじゃなく、騎士団長の息子だとか、宰相様の息子にもボディタッチ多めにコミュニケーションを図るために女子生徒からはシビアな目で見られている。


 最近は呼び出されてお小言を食らっているらしい。

 田舎の出身らしく、礼儀作法がイマイチでマリアンは周囲からすっかり浮いてしまっている。

 アーネットもそろそろ注意した方が本人の為にも良いかと思案中。

 アーネットとしては少しのオイタは許すつもりだ。

 まだ正式に結婚しているわけではないし。

 


 そんな折、アーネットが偶々一人になった時にマリアンの方から声を掛けて来たのだ。


 秘密で相談したい事があるから来て欲しいと。

 で、その際によく分からない魔法道具らしい物も手渡された。


 魔力の込められた宝石が嵌め込まれた手のひらサイズの円盤のようなもの。

 何のための物かは、祠に来たら教えてくれるそうだ。


 他には誰もいない筈なのに、誰かに見られている気がして、アーネットは少し怖くなり、さらに歩く速度を上げる。

 と言っても、淑女が人に見られていないからと言っても走る訳にはいかない。


 そうして、漸く着いた祠には人影は無いように見えた。


「……まだ来てないのかしら?」


 そして、近づくと、手の中の魔道具が突如光った。


 思わず手放した瞬間――爆発音。


 爆風が目の前から吹き付け、アーネットは腕で顔を庇った。

 衝撃が止んで、目の前を見ると祠は吹き飛んでいた。


「な……何で?」


 アーネットが呆然としていると……


「あーあ……壊しちゃったね」


 若い男の声がした。

 慌てて振り向くと、そこには長めの黒髪の…………クラスメイトがいた。


 アーネットは勿論知り合いだからと警戒を解かない。

 この男はオリバー・ナーデッド。

 侯爵家の次男だが、稀代の魔法の天才らしい。

 が、闇系の魔法を好んでいるらしいのと、見ての通り、長い前髪で片目が隠れているのが不気味で周囲から浮いているのだ。


 それに、本人も他の人と話をしたがらないし、挨拶にも碌な返答をしない社会不適応者なのだ。


「な……なによ!」


 アーネットはなるべく強気な風を装う。

 流石に婚約者持ちの自分が男と二人きりなのは不味いし……実際何のつもりでここにいるのか分からないし……。

 なにより、祠を壊したのをアーネットだと勘違いしている!


「こ……この祠は勝手に爆発して…………」


 我ながら苦しい言い訳だ。

 でも本当なのだ。


 オリバーはアーネットに近付いてくる。

 怖いので後ずさると、足元に落ちた手のひらサイズの謎の魔道具の残骸を手に取った。


「これが起爆装置か。これ、どうしたの?」


「あの……それはマリアンさんに貰って……」


「ふ……ふくくくく。ふはは…………」


 オリバーひ下を向いたまま笑い出した。不気味だ。


「あんた騙されたんだよ。誘き寄せられて、祠にこれを持って近付いたら祠が爆発するようにしてあったんだ。

 待って……動かないで」


 オリバーが近付いてくる。

 怖いが、何故か動けない。


 オリバーがアーネットをよく見るためか、ウザったく顔を隠している前髪を手で払った。

 …………いつも隠れているし、近くで見たことは無かったが、綺麗な顔立ちをしている。

 暗くて分かりづらいが、月明かりに照らされた瞳は明るく澄んだ色をしているようだった。


 アーネットは緊張して自分の心臓がバクバク煩くて仕方がない。

 オリバーに聞かれないか心配になるほどだ。


「やっぱりだ。呪われてるよ」


「へ……?」


「祠壊したから。あんた呪われてる」


「な……!?そんな!だって!爆発物置いたのはマリアンでしょ!?」


「あと王子もだね。多分だけど」


「そん……な………………」


 信じられなかった。

 婚約は親同士が決めたものと言っても、お互いそれなりに信頼しあえていると思っていたのに。


 アーネットはガックリと肩を落とす。


「このままじゃ今夜のうちに死ぬんだけど、どうする?」


「ど、どうするじゃ無いわよ!どうしたら良いの!?」


 婚約者に裏切られ、このまま死ぬなんて絶対に嫌だ。


「じゃあ……着いて来なよ。

 一晩頑張れるかな?」


 アーネットには選択肢はない。

 この怪しげなクラスメイトに命運を託すことになった。


 着いて行った先は塔だった。

 オリバーは才能が認められて研究のためにここに部屋を与えられていた。

 現在はこの塔を使用しているのはオリバー一人だけだ。


 そして、オリバーはアーネットを放置して、色々な道具を部屋の中に配置する。


「この部屋の中で一晩一人で過ごしてもらう。

 例え何があっても扉を開くな。

 誰が外から呼びかけても返事はしない事。

 無論俺も何があってもあんたに話しかけたりしない。

 そいつは偽物の……呪いの産物だ。

 朝日が昇ったら迎えにくるから、それまで頑張れ」


「え?一人で?」


 てっきりオリバーが近くにいて助けてくれるものとばかり思っていた。


「……男女で一晩同じ部屋で過ごそうってか?」


「あ……そういう意味じゃ」


「わかってるよ。俺は俺で外で一つの得もないのに頑張るんだから。

 あんたはあんたで頑張ってくれよ」


「うん……」


 そして、扉は閉められ、本当に一人になってしまった。

 不気味な部屋だ。

 闇の魔法の使い手だけあって、変な物ばかり置いてある。

 そこまで広くもない部屋は、ほんのりと魔法の光で部屋の中が照らされている。


 最初のうちは部屋を眺めていたが、次第に退屈して来た。


 ぼんやりと過ごしていた頃、異変が起きた。


 ――コンコン


 扉からノックする音。


 返事をしようと口を開いた所で……嫌な予感がして押しだまる。


 ――コンコン


 アーネットは体を緊張させて、それを無視する。

 視線は扉に固定したまま。


 ――コンコン


 三度目。

 緊張で口の中がカラカラに乾いて来た。


 ――コンコン……コンコン……


 ――コンコン……コンコン……コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


 二の腕にびっしりと鳥肌が立つ。

 執拗に何度も何度も絶え間なく繰り返されるノック。

 異常事態そのものに、ただ一人で立ち向かっている。




 


 ――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


 発狂しそうだった。

 これに一晩耐えろと?


 アーネットは声を漏らさないように必死で手で口を押さえる。


 そして、


 ――コンコンコンコンコンコンコンコン……


 ピタリと音が止んだ。


 辺りを耳鳴りがしそうな静寂が包む。

 ……いなくなった?


「アーネット……お母様よ…………ここを開けて」


 猫撫で声でアーネットを呼ぶ母親の声がした。

 アーネットは恐怖に涙が溢れそうになる。


 母がこんなところに来るわけがない。


 何か、が母親の声真似をしているのだ。


「アーネット……可愛い私の娘…………開けて……開けてちょうだい……なんで開けてくれないの?

 ねえ………………ねえ……………………ねえ?」


 アーネットはひたすらに押し黙って、下を向いて耐える。


 どれくらいの間それが続いただろうか?


 ピタリと声が止んだ。


 しかし、アーネットは勿論安心することは無い。

 そして、


「アーネット……僕だ。

 開けてくれ…………」


 今度は婚約者の声だ。

 アーネットは無言で首を振る。


「何で開けてくれないんだ……?なあ……アーネット…………」


 声……は人を変え、言葉を変えてアーネットに扉を開けるように促し続けた。

 その中にはオリバーの声もあったが、アーネットはひたすら沈黙を保ち続けた。


 寒い…………。

 夜は気温が下がると言っても、こんなにも冷える物だったろうか?


 アーネットは恐怖と寒気に震え続ける。


 やがて……声が止んだ。

 沈黙もアーネットに安心を与えてくれない。



 ――――コツン……コツン…………



 窓の方から音がした。

 振り向けない。

 怖い。

 怖い。


 怖い


 ……が、見ないでいるのはもっと怖かった。

 

 ゆっくりと……何か、を刺激しないようにゆっくりと振り向いた。


 窓には……


 小さな手のひらの跡が付いていた。

 その……白い跡は、アーネットが見ている前で、ゆっくりと数を増やしていた。


 

 ――コツン…………コツン………………コツン…………



 ここは地上からどれくらいの高さがあると言うのだろう?

 しかし、例え一階の高さであっても、その赤子程の大きさの手のひらの跡が付くのはおかしいし……何よりも、その手の持ち主の姿が一切見えないのだ。


 ――――コツン……コツン…………コツン………………コツン………………



 窓いっぱいに手型が広がる。

 もう、窓に手型の付いていない場所はない程に。



 そして、


 変化が訪れる。

 アーネットは窓を凝視しながら、それを見る。

 声を決して出さないように口を手で強く抑えたまま。


 その小さな白い手。

 体は見えない。


 その手の平は赤かった。

 その手の平を窓に押し付けて……血に見えるそれを塗り付け始めた。


 ――――コツン…………キュ……キュ……


 文字だった。


 赤い……血のように赤い液体で文字を書いている。


 ――――ころす


 その文字を見た時、耐え難い恐怖からかアーネットは急に意識が遠のいた。

 世界が暗くなる。





「――――おい!起きろ!」


 頬を叩かれる。

 自分を覗き込む心配そうな顔。


 目が合うと、オリバーは少しだけ唇に笑みを浮かべた。


「平気みたいだな。気絶してたのか。いつからかは知らないが、よく眠れたようで何よりだ。

 解決したよ。

 呪いは標的を変えたみたいだ」


「標的って?」


「王子と、モテモテ女さんだよ。

 …………今朝死体で見つかったってよ。

 今大騒ぎだ。

 あんたも早く寮に帰ったほうが良い。あんたまで居なくなってるなんてなったら面倒になるぞ」


 それを聞いて慌ててアーネットは自室まで戻った。

 そして、後からオリバーに礼の一つも碌に言えていない事に気がついた。


 アーネットは何とか時間を見つけて、オリバーに話しかける。


「あの……昨晩のことだけど…………」


「ああ……そうだ、これ」


 急に何かを手渡された。


「……ネックレス?」


「そう。お守りって奴だな。

 多分もう危険は無いだろうが、念のため暫くは夜は付けておいてくれ。

 危険があったら俺にも分かるようになっている。

 女子寮に侵入するのは本当は嫌だが…………その時は仕方ないから助けに行ってやるよ。

 でも、もし侵入がバレたらあんたは俺を庇えよな!」


「…………ありがとう。でも、何で私にそんなにしてくれるの?」


「…………別に。普通だろ?」


「…………普通じゃ無いけど。

 もしかして、昨日も祠に行く私のこと付けてたりした?」


 アーネットの問いを聞いて、オリバーは顔を真っ赤にした。


「いや……!あんたが暗くなって来てるのに変な方向に歩いて行くから物騒だと思って……!」


「ほら、私のこと気にかけてるんでしょ。何で?」


 オリバーは黙って、口を何度か開いたり閉じたりした後に、観念したように少し早口で答えた。


「あんたは俺のこと気持ち悪いとか言ったり、避けたりしなかったからな。…………そんだけ!」


 どうやら照れているらしいオリバーを、アーネットは少し可愛く思った。


「呪い不安だから守ってよね」


「…………だからそうするって言ってるだろ!」


「ねえ!前髪切らない?」


「何だよ急に!別にいいだろ?どんな髪型でも!」



 アーネットは照れ屋のオリバーにその後も話しかけ続けた。

 難攻不落の恥ずかしがり屋の男を落とすのに、なんと半年もの月日を要したのだった。

 

 


 

 

 

 

 

 


 


 

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