第12話 そして彼と彼女は
食卓に並べられたのはハンバーグと味噌汁、それから白米だ。どれも見た目は普通に美味しそうである。
「見た目はいい感じだな」
「そうですかね。なら良かったです」
失敗のこともあってか、彼女は少し控えめだった。
俺たちは手を合わせる。
ハンバーグに箸を入れ、一口サイズにして口に入れる。ハンバーグは味噌汁と違い、味付けが難しいからな。
もちろん、最終的にデミグラスソースをぶっかけているのである程度はどうとでもなるんだけど。
むぐむぐと咀嚼するところを由良木が緊張した顔でじいっと眺めてくる。
「そんなに見られると食べづらいんだけど」
「ごご、ごめんなさい。それで、どうでしょう?」
ちら、と上目遣いを向けてくる。
俺は口の中のものを飲み込み、少しだけ考える。これを何と言い表せばいいのか、どう言葉にするのが適切なのか。
考えた末、俺は口を開く。
「うん。美味い」
シンプルイズベスト。
もちろんまだまだ良くなるだろうけれど、一週間前に比べれば月とスッポンくらいに差がある。
「ほんとですか?」
由良木は表情を明るくする。
ほっと胸を撫で下ろした彼女はようやく箸を持つ。
俺は続けて味噌汁を口にした。
「これも美味いな」
昼のときとは違って、今度は普通に美味しかった。やはり、自分ひとりでというプレッシャーが失敗に導いてしまったのかも。
とあれば、それも含めて俺の失敗だな。
「これでもう大丈夫だな」
「と、いいますと?」
俺の一言に、由良木はこてんと首を傾げる。
「いや、ここ一週間ずっと料理の練習をしに来てたからさ。もう大丈夫なのかなって」
俺がそう言うと、由良木が俯いた。
由良木と関わりを持った日から一週間。俺たちは基本的にずっと一緒にいた。
昼は由良木に料理を教え彼女が実践をし、夜はちゃんと美味しいものが食べたいという理由で俺が作り彼女は味を覚えるみたいな感じだ。
一週間とはいえ、その間続いたそれがなくなるのは、少し寂しくもある。
「……私は、まだまだ教わりたいです。お料理」
ぽつり、と彼女が言葉を漏らす。
俯いているので表情は見えない。けれど、その声は少し震えていた。
「秋坂さんが迷惑だと言うのであれば仕方ないですけど。でも、もし許されるのなら……」
そこまで言って、彼女は顔を上げた。
まっすぐに俺を見る瞳は綺麗で。
目を逸らせない不思議な力が宿っていた。
「私はこれからも、秋坂さんと一緒にご飯が食べたいですっ!」
そんなことを言われて、断る理由は見つからない。
俺だって……。
「まあ、一人で食うのも味気ないしな」
照れ隠しに頭を掻いた。
俺を見る由良木の笑顔が、なんだか全てを見通しているように感じて、また恥ずかしさが込み上げてくる。
「そうですね。それに、秋坂さんのご飯は美味しいので」
言って、ぱくりとハンバーグを食べた。
「……それが目的じゃないだろうな?」
「どうでしょう」
*
夏休みが始まる。
調理実習の一件を終えてから、由良木へのイメージは少しだけ変わっていた。
けれど、彼女の在り方は今でも変わらないでいる。
『別にもう無理しなくていいんじゃないのか?』
そう訊くと。
『私がそうしたいんです。誰かの期待に応えられる人間になりたいので』
彼女は笑いながら言っていた。
頑張りはしても、無理はしていない。その顔は、俺にそんなことを伝えているような気がした。
あれからも、由良木との関係は続いている。
夜ご飯は一緒に俺の部屋で。
俺が作ったり、彼女が作ったり。
今日は俺が作ったカレーライスが食卓に並んでいた。秋坂家特製カレーを不味いと言った人間はこれまでに一人もいない。自信作である。
「あの、ですね」
カレーを食べながら、ずっともじもじしていた由良木が覚悟を決めたようにそう切り出した。
そのとき、俺の脳裏に蘇ったのは彼女と初めて話したときのこと。
料理を教えてほしい、とお願いしてきたときの顔と同じだった。
「なんだ?」
どうせまた面倒なことを言ってくるんだろうな、などと思いながら俺は彼女に続きを促す。
「実は私、水泳の授業をずっと休んでいて……」
「へえ」
どうして、と訊くのはデリカシーに欠ける。女子というのは『あの日なので』という魔法の一言で水泳を休めてしまうのだ。
「それで、夏休みに補習があるんです」
「そっか。それは大変だな」
水泳の授業は受けた日数が足りていない、または最終日のテストで失敗した生徒には夏休みの補習が行われる。
休んでいれば、補習があるのは無理もない。頑張れよ以外に俺が彼女にかけられる言葉は見つからない。
「それで、あの、ですね」
「なんだ。歯切れの悪い言い方して。言いたいことがあるなら言ってみろ」
「言えば、受け入れてくれますか?」
「内容次第だな」
けれど。
きっと受け入れてしまうに違いない。
隣の部屋でボヤ騒ぎがあって、由良木と出会ったあの日から今日まで、彼女と過ごしていて分かったことがある。
どうやら俺は由良木のお願いを断れないようだ。
どうにも――。
「その、ですね、私……実は水泳がちょびっとだけ苦手で」
由良木は気まずそうに視線を泳がせながら言う。
「本当は?」
「……そこそこ泳げない程度には」
「ダメじゃないか」
俺は溜息をつく。
つまり、彼女が次に言う言葉は間違いなくあれだろう。
「なので、私の水泳の練習に付き合って……もらえませんか?」
俺の様子を伺うような下から覗き見る上目遣い。もうきっと、これわざとやってるよな。
――俺は彼女のこの顔に弱いらしい。
「……」
だから、俺の答えも決まっている。
「……仕方ないな」
ついでに。
俺の夏休みの予定も、少し決まってしまった。
隣に住む美少女クラスメイトの胃袋をいつの間にか掴んでしまっていた 白玉ぜんざい @hu__go
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