これから

「もーう、遅い!」


 土曜日の夕方、迎えに行った娘の第一声はこれだった。


「パパだって色々忙しかったんだから。それよりお弁当大丈夫だった?」

「うーん、ママのよりは下だったけどね、しゃけがなかったから。でもおっけー、全部食べたよ」


 よかった、とりあえず最低ラインは突破ということだろう。

 

「今度ママにしっかり作り方教わっておくから」

「お願いね!」


 私たちは、精巧なAIのおかげで、スマホやタブレット端末越しではあるが、妻がまるで生きているかのような生活を送ることができている。

 しかし、本当の妻はこんな他愛もない会話すらもう聞くことができない。残された私たちは妻の分までしっかり生きなきゃ、とすっかり陽が落ちて藍色に染まった空を見上げて私は誓った。


「そう言えば、今日は言わなかったね、ママに会いたーい、いつ会えるのーって」


 娘にはまだしっかり言えていない、妻は死んでしまってもう二度と会えないということを。ママは日本じゃない遠くにお仕事で出かけている、ということになっている。


「何言ってんの、パパ。私もうすぐ6歳だよ、本当のことくらい知ってるんだから」


 え? と思わず握っていた手の力が緩んだ。

 娘が私の目を見つめた。


「ママは遠くの国に行っちゃったんだよね、もう会えないんだよね。でも大丈夫、私がしっかりするってママと約束したんだから」


 私の手を振り解くと、娘は家の玄関目掛けて走り去って行った。


 娘がどこまで理解しているのかはわからない。でもひょっとしたら間違っていないのかもしれない。妻は遠くの国に行ってしまった、そこはいつか必ず自分たちもいく場所。もし今度再開できたら、その時は胸を張って会えるよう、それまでをしっかり生きないと。

 

 私が玄関に着いた時にはちょうど街頭の明かりがぴかん、と音を立てて点くところだった。

 

(おわり)

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家事ってこんなに大変だったんだ、遠くにいる君へ 木沢 真流「漂流病棟」GANMA!で連載 @k1sh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ