田島との対面
妻の葬式が終わった数日後、予定通り田島は私の家を訪れた。
「ちゃんとお話しするのは初めてですね、私『ライフイノベーション』の田島雄一と申します」
田島は礼儀正しく、玄関口で私に名刺を差し出した。
妻の手紙には短くこう書いてあった。
——私が死んだら田島さんが会いにくると思う。その時に渡して欲しい書類があります——
妻の願いだから一応従うが、もしこの男が妻をたぶらかした人物だったら容赦しない、私はそう思っていた。
田島は私の家のリビングにある椅子に腰掛けると、タブレット端末の電源を入れた。
「ご指示の書類はお持ちでしょうか」
私は用意していた妻の「死亡診断書」を差し出した。田島はそのコピーを一通り眺めると、一つ頷いた。
「間違いないようですね。ご主人、今まで内容をお聞きでなかったと思い、不信感もあったかと存じます。これも全て奥様の意向でしたので」
「端的にお願いします。色々とこっちも忙しいので……」
田島は神妙な面持ちでうなずくと、タブレットのアプリをタップした。
「説明より見ていただいた方が早いでしょう」
タブレット端末に現れたのは妻の顔だった。
しかも静止画ではない。動いていたのだ。
私は食い入るように見つめた。
「淳くん?」
まるでビデオ通話をしているように妻がいつものように私に話しかけた。
「これは……一体」
「これは奥様の思考をを元に生成された人格AIです。私たちライフイノベーションは、ご遺族の気持ちに寄り添えるサービスとして開発しました」
画面上の妻は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「淳くん、ごめんね。サプライズにしたかったから、ずっと言えなかったの。利用するためにはどうしても私が死んでいるという証明をしてからじゃないとダメらしいから言えなかったの」
私は不思議な気持ちになった。たった今、妻はもうこの世になく、消えた存在になったと思ったのに、今目の前で生き生きと喋っている。これはどういうことなのか。
「ご家族を失うのはご遺族にとって耐え難い苦痛です。我々は死から逃れることはできません。しかし、その存在を残った人が感じることは今やAIを使えば99.7%の正確性で再現できるようになりました。
しかも、その後の情報、お子様の成長具合などを見せてあげることにより、さらにその情報を学習し、成長することも可能です」
そんなこと信じられるだろうか。
「でもこれだけの情報がどうやって?」
「AI相手に、奥様の小さい頃の思い出、身の回りのこと、数多くの考え方、喋り方、判断をひたすら伝えてもらいます。通常であれば一年程度かかりますが、急げば半年で完成させることも可能です。奥様は元気な時、自分の余命がわずかと知り、ずっとこの『AIとの対話』をされていたんです」
「わかりました。では少し試させてください。俺たちが新婚旅行であったトラブルは?」
妻は待ってましたとばかりに余裕の表情を浮かべた。
「そうくると思ったわ、ぞうにフンをかけられたことでしょ」
あたりだ。その他いくつかの質問をしたが、全て見事に的中させた。
「亡くなる方の最大の気掛かりをご存知ですか? それは残された人たちを悲しませてしまうことなんです。奥様はご家族が少しでも悲しまないように、困らないように我々のサービスを依頼されました。どうぞ有効活用されてください」
きつねにつままれたようにぽかんと口を開ける私に、田島は頭を下げ、その横でタブレットの中の妻も真剣な表情を浮かべていた。
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