因果→相関

目々

無縁

 悪い、少し待たせた。

 いや寝てたとかじゃなくてすぐそこにいたの、台所。ちょうどさ、一服入れるかって火点けたところでお前がピンポン鳴らすから……うん、早く入んな。せっまいアパートの玄関で立ち話とか普通に迷惑だし、何よりこのままだと未成年相手に副流煙吹きかけてるろくでもない喫煙者になっちゃうから、俺。


 いいよ、その辺適当に座ってて。飲みもんくらいは出してやるよ、家主の義務だし。つうか合鍵渡したんだからさ、勝手に入って来たって別に怒りゃしないのに。他人んち叔父さんちですからってのもこう、あれだ。変なところで律義だよね、お前。高々高校生、要はまだ子供なんだからもうちょっと図々しくていいと思うぞ。三十過ぎた大人相手なんだから、尚更。──ほれ、コーヒー。俺の分はさっき作ったんだよ。お湯多めに沸かしといてよかったな。偶然だけど。豆で淹れた方が美味いのは知ってるけど、インスタントはお湯さえあればお待たせしなくて済むのがいいよな。


 しかし、あれだな。ちょっとは顔色良くなった感じすんな。前来たとき、つうかがすごかったってのもあるけど。いきなり真っ青な顔して玄関に突っ立ってんだからさ。人でも殺したかと思ったよ。親とか友達とかさ……お前くらいの歳ならその辺が妥当だろ。誰でも良かった系の動機でぶっ飛べるような人間じゃないってのは、俺でも知ってる。一応親族、叔父だからな。家族ほど四六時中見てるってわけでもないが、月に何度か会ってるってのはそれなりの関係だろ。叔父と甥ならその程度で十分だ、これだって下手な遠距離恋愛中の恋人同士よりは高めの頻度だろうし──笑うところだよ、笑いな。そんな顔されたら気まずいにも程がある。年長者の気遣いを無下にするなよ。


 そうか。

 お前があそこの祠ぶっ壊してから、もう一か月経つのか。


 そんな具合に俺のこと睨まれたって困る。やめなよべご睨み。若いのが眉間に皺寄せて、景気悪いったらない。

 別に責めようとかそういうんじゃなくて、ただの世間話だよ。話題の選び方には、まあ、恣意的なもんがあるかもしんないけどさ。逆に聞くけど、腫れものに触るみたいにあからさまに避けられて無難な話ばっかされんのも嫌だろ、お前。別にいいよ、それだってできなかないもの。最近配信で見た映画が良い感じに悪党も善人も血みどろになって大団円っぽい皆殺しエンドだったとか、近所のスーパーのお惣菜コーナーに揚げ出し豆腐の六個詰めが出るようになったとか、久々に街に出たら高校の頃に通ってたゲーセンがガールズバーになってたのに気づいたとか……そういう話をしようと思えば幾らでもできるからな。うん、揚げ出し豆腐はね、すごく嬉しい。俺が好きだから。飲み屋でもあんまり見かけないし、自分で作ると面倒だから、近所で買えるようになってすごく嬉しい。


 ほら、こうやって話逸らしたら逸らしたでしんどそうな顔するじゃん。ちゃんと見たら隈もうっすらできてるし、寝れてないだろ。血の気は戻ってきてるけど、正面からじろじろ見るとそれなりに不健康──つうか荒んだ顔してんね、お前。口の端荒れちゃってるし。飯食えてないやつだろ。よくないぞ、高校生なんか育ち盛りなんだから。眠れないし飯が喉を通らないなんて、分かりやすいにも程がある。


 あれだろ、別にわざとじゃなかったんだから、そこまで気に病むこたないと俺は思うけどね。


 そもそもお前が壊した祠、誰も手入れしてないような、用水路近くの草むらに埋もれて放っぽらされてるような代物だったわけだしさ。誰かしらがさ、丹精込めて世話して……信仰してる? ようなやつならともかくさ、そんな廃材アート一歩手前みたような状況になってるもんに気を遣えるかったら微妙なところだろ。干してある洗濯物に突っ込んだらよくないけど、道端に落ちてる軍手を踏んだってそこまでの落ち度は問われないと思うけどね、俺は。軍手と祠じゃ規模が違うって言われたら困るけど、規模の問題っていうより所有と管理の問題だろうし。

 自転車でハンドル切り損ねて突っ込んだくらいで壊れたんなら、そんなもんお前がやんなくても自然に駄目になってたと思うんだよね。バイクとか車でったらともかく、高校生の通学用チャリで当たったぐらいで崩れる祠なんて普通想定できないだろ。小学校の百葉箱だってもうちょっと耐久性あるぞ、きっと。

 まあな、逃げてきたのはちょっと悪いかもしんないよ。でも誰に言うべきかってのも分かんないのはそうだし、弁償とか賠償とか考えたら怖くなんのも分かる。俺もちょっと調べたけど、祠ってそこそこいいお値段するみたいだし。やらかしたときに人目が有ったんなら諦めもついたろうけど、あの辺じゃそんなこともなかったろ?

 そんで耐え切れなくって俺んとこに白状しに来たってのも、まあ、分かるからね。

 そういうろくでもないことには、俺みたいなよくない大人が適当だよ。だってそうだろ、まともな職についてんのかどうかも分かんない、そこそこ会うけどちゃんとしたことはお互い全然知らない、でも血は繋がってるし出自はそれなりに割れてるみたいな、そういう相手。まともな大人に言うには、しんどいもんな。

 ──まあ、そんなんだから俺はこうして適当かつ雑な話をするわけだよ。お前のこと嫌いじゃないし、地元愛とか全然ないし、それなりに法律は守るけど生き死にに関わらないところでなら薄目で見るくらいのことはしてやれるからな。お前のためになるかどうかは知らないけど、そういうのがいいだろ、お前としては。


 ……でもさあ、それでもお前がやっぱりこんなのよくないって言うなら、俺はそれでもいいと思うよ。

 いや、見捨てるとかじゃなくてな。ああ──とりあえずな、危ないから手ぇ放せ。コーヒーはいいよ、煙草持ってんだよこっちは。煙草の火って掠っただけでも痛いからな。痕も残るし。

 別にな、俺はずっと黙っていられるとは思う。誓えるかったら微妙だけど、指切りで裏切ったらクレカの番号教えるから好きにしていいみたいな確度でなら約束できる。一応義理とかそういうのもあるけど、そもそも、あー……そこまで興味がない、ってのがあるからな。身内のお前が無事で過ごせてんならそれでいい、よそ様がどうなろうと知ったこっちゃない、ぐらいの感覚だからな。お前が好きっていうより、身内以外にどうこう思うほどの義理がないってだけの話だ。駄目な大人だからな、そんな具合でのうのうと生きてる。ただ、お前はほら、兄さんみたく変なところ真っ当だからな。勢いで変な相手に縋ったはいいけど、やっぱり駄目だちゃんとしなきゃって後悔してるって言うなら、まあ──。


 ん?

 そうじゃない、ってのは、うん──ああ、そういうことか。


 そりゃあ、まあ、最近変なこと起きてるじゃないですかったらそうだけども、そんなもんはいつだって色々あるもんだろうよ。変の程度の問題だよ。たまたま偏るってことぐらい、人生にそういう時期があるってだけの話だ。

 そういうちょっとした出来事が、祠壊した祟りじゃないかって、そんな寝言を今更言うのか、お前。


 だってお前、まず祟りったってその手の話を聞いたことがないだろ。俺だってない。それなりに地元で生きてるけど、ただただボロくて地味な祠が用水路の傍にある、それ以上のことを知ってるやつなんて見たことない。馬鹿の盛りの中高生の頃だって、その手の噂を聞いた覚えがないもの。駅前の廃コインランドリーなんかあれだぞ、やれ教師と生徒の心中があったとか産み捨てられた赤子がベンチの下から見つかったとか色んな噂があったけど、真相としてはただただの経営不振で取り壊しもうやむやにっぽり出されたってだけの代物だったしな。そうやって火のないところにだって尾ひれはひれがつくんだから、あんな雰囲気満点の祠にその手の話が湧かない時点で論外だろ。そういや何かあるねボロっちいの、ぐらいの認識が大半だよ。下手すりゃ気づいてすらないやつだっているだろ。

 そりゃあ信心深い地元の年寄りならな、あの祠にはなんちゃら様がああだこうだと由緒正しい因縁の話をしてくれるかもしれない。けどな、そんなやつがどれほど残ってる。残ってたとしても、そいつらの話をまともに聞くようながどれだけいるのかって話だよ。。それに八十九十の老人なんて、八割くらい訳の分からん話しかしないしな。そんな話を仕事以外で聞くようなやつがどれだけいるよ。俺は嫌だね、それこそ銭もらったら考えなくもないけども、それだって半々だ。年上は敬うべきとはいうけど、血も繋がってない、たかだか近所に住んでるだけの相手に何の敬意を持てるってんだ。そうだろ? お前だって、近場に住んでる叔父さんのことをどう思ってるかって聞かれたら困るだろうに。──だからさ、冗談だよ。そんな分かりやすく目泳がされると、悲しくなっちゃうだろ。まあ、血が繋がってたってそんなもんなんだからってことで納得しな。


 つまりな、そういうことだよ。よしんば何かがあったとしても、現状誰も知ってるやつがいないような話に何の力が、意味があんのかって話だ。存在を知られてないものなんて、ないのと同じなんだから。

 そうやって誰も知らない、分かんないことを現実に結び付ける方法なんて、ないだろ。


 なんちゃら様って怖いもんがいようが、そいつがあのボロい祠に祀られてようが、その祠がぶっ壊されてようが──

 そもそも関係の証明ができないだろ。少なくとも俺とお前が把握できる、というか真っ当な世間において認識できることっていったら、ボロくて地味な祠が気づいたらぶっ壊れてた、ってことだけなんだから。それだって一か月前のことだろ? そんな昔のことが今更起きてるに関係してるって、誰がそんな主張を思いつくよ。

 お前が祠を壊した祟りだなんて、現状お前以外の誰も信じちゃないんだよ。


 だからな。

 雨夜に祠の残骸から光の柱が立ってるのを見たやつがいようが、祠が設置されてた埋まってたあたりの土地持ってた高宮さんのとこのご主人が家からも職場からも離れた川に浮かんでるのが見つかろうが、お前んちの玄関に木曜日の夕方になると泥の足跡がべとべとつくようになろうが、お前が自分の部屋に戻るたびに一瞬だけ祠に突っ込んだときにひき潰した草の匂いがしようが、全部気のせいなんだよ。

 見間違いは誰にだってあるし、人はうっかり死ぬもんだし、足跡っぽい泥汚れなんかいくらでもつく。あれだ、郵便屋さんの靴が泥まみれだったんだろ、そういう趣味とか経路なんだよ。な? あとは……あー、郵便屋じゃなかったら詐欺師だろ。最近よく聞くだろ、近くで屋根の工事してたら親方があそこの屋根剥げてるからお知らせしてこいみたいに言われたんでお伝えに伺いましたお安くしますよ、みたいな悪徳業者。あいつらって目星つけた地区順繰りに回るだろ、そういうやつが来たんだよ、泥だらけの靴で。そっちの方がこう、苦労して作業してます! って感じが出るだろうし。そういうのが徘徊してるってだけなら、シンプルに犯罪沙汰だから。祟りでも何でもない。悪人の仕業だ。そんなら警察の領分だろ。法律が何とかできる範囲だ。ジャンルが違う。草の臭いなんてお前、一番気のせいで済むことだろ。気にしてるからそういうものが臭う、違うか? お前の両親だって同じこと言ってるだろ。足跡は気味悪がるかもしれないけど、そんなん常識的な反応だよ。さっきも言ったけど、なんかの祟りっていうより有象無象の詐欺師って方がよっぽどあり得るわけだからな。……そいつらの靴が泥まみれの可能性がどんだけあるかってのは、まあ、ないわけじゃないだろって俺は言うよ。ありえないわけはないだろ、きっと。


 要するに、だ。

 お前が黙ってれば、考えなければ、何にも起きてないことにできる。知ってるのがお前と俺だけなんだから、その二人がなかったことにすればいいだけだ。俺は勿論喋らないし、そもそも信じてもないからな。二人揃って知らんぷりを決め込めれば、何にも起きなかったことにできる。かたつむり枝を這い、すべて世は事もなし、だ。


 まあ、仮に──仮にな? どうにも逃げ切れなくて、何らかの……こう、説明のしようもないけども対抗策の取りようもないことがお前の身の上に起きたとしてもだ。俺はほら、叔父だからね。血縁としてはその、関係者として見られるかどうかは微妙な範囲だし……そうだな、葬式にはちゃんと出てやるし、月命日に墓にも参ってやるよ。お前ほら、たまごボーロ好きだろ。あれ仏前に供えてやるよ。生臭じゃないから大丈夫だろうし、きっと。

 あとはまあ、それまでこうして話ぐらいは聞いてやれるから。それ以上はさ、無理だけど。しょうがないな、結局はその程度のことしかできねえの、駄目な大人だから。ごめんな。

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因果→相関 目々 @meme2mason

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