第34話 変化の兆し

 王宮でゴロッツ公爵とタンドール男爵に処罰が言い渡された日の夜のこと。

 王都の繁華街を歩く二人の男の姿があった。

 二人ともフード付きのローブを身に纏い、フードを目深まぶかに被っている。

 一人は長身で痩せ型、もう一人は中背で肩幅が広くガッシリとしている。

 やがて二人は店舗が集まる中心街から事務所や倉庫が集まる地区に入っていった。


「久しぶりだな……数年くらいぶりか、このあたりに来るのも」

 通りの左右を見ながらガッシリ男が言うと、

「そうですね……私もここまで来るのは数ヶ月ぶりかもしれません」

 痩せ男も周りを見ながら言った。

「そうなのか?」

 ガッシリ男は痩せ男の言葉にかなり驚いたようだ。

「ええ、大概のことは部下たちに任せておりますので」

「そんなものなのか」

「そんなものです」


 やがて二人は、角に物乞いが座っている路地の入口にたどり着いた。

「だ、旦那……お恵みを……」

 物乞いはそう言いながら、ふちが欠けてヒビが入った器を痩男に差し出した。

 痩せ男はポケットから硬貨を何枚か取り出して、物乞いが差し出す器に入れてやった。

「あ、ありがとごぜえます……」

 ボソボソと礼を言いながら物乞いは硬貨の入った器を押しいただいた。

 その時、訓練を積んだものが注意深く見ていたとしたら、物乞いの指から痩男の指へ小さく折り畳んだ紙片が渡されたことに気がついたかもしれない。


 二人の男は路地に入って、所々に提げられているランタンの光を頼りに歩き出した。

「で?」

 ガッシリ男が聞いた。

 痩せ男は指に挟んでいる折り畳んだ紙片を広げて目を通した。

「待っているそうです」

 痩せ男はそう言いながら紙片をガッシリ男に渡した。


「あの男、前に来た時もあそこにいたと思うが」

 紙片に目を通しながらガッシリ男が言った。

「いえ、違う者でしょう。ほぼ毎日変わってますから」

「私には区別がつかないよ」

「それが役目ですから」


 二人がなおも進んでいくと、路地に出した長椅子で酒瓶から直接酒を飲んでいる男がいた。

 長椅子の横の扉の上には看板らしきものがぶら下がっているが、風雨にさらされ続けたせいか、何が書いてあるのかはよく分からない。

 痩せ男が飲んべえの横の扉の前で立ち止まると、

「なんだぁてめぇはぁーー……」

 いささか呂律ろれつが怪しい口ぶりで飲んべえが聞いてきた。

 だが、その男は見せかけほどは酔ってはなさそうだった。

「入ってもいいか?」

 痩せ男がそう言うと、飲んべえは扉をドンドンと叩き、

「客が来やしたぜぇーー……」 

 と大きな声で呼びかけた。

 すると扉が小さく開いて中から青年が顔を出した。

 キリアンだ。


「どうぞ」

 キリアンは静かに言うと扉を開けて二人の男を中に招き入れた。 

 中は随所にランタンが置かれているので、思いのほか明るかった。

 構えとしては居酒屋のようで、テーブルがいくつか並んでいる店内の正面奥にカウンターがえられている。


 客らしき者はおらず、壁際の奥まったテーブルに女性が一人座っていた。

「父さんが来たよ、母さん」

 キリアンはその女性、母マリエが座る席に歩み寄って声をかけた。

 マリエはそれに応えるように立ち上がると、ルシウスに目配せをしてから後ろのガッシリ男に向かって頭を下げた。

「ようこそおいで下さいました」

 そう言ってから顔を上げると、笑顔で付け加えた。

「陛下」


「ええーーーー!?」

 キリアンは驚いてルシウスの後ろの男を凝視した。

「ほら、キリアン、陛下にご挨拶を」

 マリエに言われて、キリアンは慌ててガッシリ男の前に駆け寄り跪いた。

「よ、ようこそおいでくださいました、陛下」

 ガッシリ男は被っていたフードを押し上げて顔を見せた。

 まさにアルビオン王国国王ヘレスその人だった。

「まあ、今は正式な場ではないから、儀式張らなくても構わんよ」

 ヘレスは穏やかに微笑んで言った。


「キリアンには話してなかったのか?」

 ルシウスが聞くと、

「あなただけで来ると思ってたのよ」

 マリエが非難がましく言った。

「俺もそのつもりだったんだが……」

 ルシウスがバツが悪そうに言うと、

「私から彼に申し出たのだよ、同行するとね」

 ヘレスが助け舟を出した。

 ヘレスの言葉を聞くと、マリエは表情を柔らげて「仕方ないわね」とでも言いたげに小さくため息をついた。

 そしてヘレスは言った。

「私は、あなたには直接会ってお願いしたかったのですよ、姉上」

 マリエのため息に笑顔を返しながらヘレスが言った。


 ◇ ◇ ◇


(王女様達は何を話してるんだろう……?)


 ゴロッツ公爵とタンドール男爵に国王の裁定が言い渡された二日後のこと。

 リュアンは特にやることもなく、かといって王女の命令でここに来た以上勝手に実家に戻るわけにも行かず、手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。


 一緒に来たフィリパはダナエに呼び出され、タンドール家の者たちと一緒にダナエの私室に入ったきりだ。

 一方イルニエとゾーラは、王都に着くが否や王宮巡りを始め、

「今日は街巡りしてくるわ♡」

 と王都見学旅行にでも来たかのように二人で出かけてしまった。


 リュアンも一応はダナエに言われて付いてきたので、王宮内に部屋をあてがわれている。

 呼び鈴を鳴らせばメイドか来て何くれとなく世話を焼いてはもらえるのだが、貧乏が染み付いているリュアンにとって、王宮のメイドを使うのはかなりの勇気が必要だった。


(王宮の中を見学させてもらえるか聞いてみようかな……)

 などとリュアンが考えを巡らしていたところ、扉をノックする音がした。

「はい、どうぞ」

 リュアンが答えると、

「お友達がお見えですが、お通ししてもよろしいですか?」 

 と、メイドが扉を開けて聞いてきた。

「友達?」

「はい、お三人様で、お名前はカイル様と……」

「お通ししてください!」

 最後まで聞かずにリュアンはそう言って立ち上がった。

「は、はい、かしこまりました」

 リュアンの勢いにいささかびっくり顔になったメイドは、お辞儀をして下がった。


「よう、リュアン!」

 間をおかずにカイルが扉を開けて、リュアンが慣れ親しんだいつも通りの勢いで入ってきた。

「カイルさん!」

 リュアンは満面の笑みでカイルに駆け寄った。

「リュアン君、久しぶり、でもないかな?」

「リュアンさーーん!」

 レナートとユリエンがすぐ後に入ってきた。


 カイル達三人は、エデナの森の花畑での探索でダメージを受けてしまい、婿取りコンペを辞退することになってしまった。

 四人が顔を合わせるのはそれ以来だ。

 まだ一月ひとつきも経ってはいないのだが、色々とあったせいでリュアンにしてみれば随分久しぶりの再会に感じられた。


「王女様と一緒にリュアンも来たって聞いたからよ」

 手近な椅子にドカッと腰を下ろしてカイルが言った。

「せっかくだから皆で会いに行こう、ってことになったんです」

 レナートが穏やかな笑顔で言った。

「そうそう!また、皆で街に行くのもいいよねーー」

 ユリエンは跳ね回るように部屋を動いて、隅っこの方の椅子を持ってきて座った。


「来てくれて、嬉しいです」

 一人寂しさを感じ始めていたリュアンは素直に喜びを表した。

「それにしても同じ時に集まれたのは、すごい偶然ですね」

 リュアンが言うと、

「いや、偶然じゃないだろ」

「え?」

 カイルの言葉にリュアンが驚いていると、

「そうですよ、聞いてないのですか?」

「そうだよーー呼び出されたんだよーー呼ばれたのは父さんだけど」

「ええ!?」

 レナートとユリエンの言葉に更に驚くリュアン。


「呼び出されたって……どういうわけで?」

 三人が言う事がさっぱり分からないリュアンが聞いた。

 リュアンの様子にカイル達三人は不思議そうに顔を見合わせた。

 そして三人で頷き合ってから、カイルがリュアンに向かって言った。


「立太子の儀が執り行われるから王宮に参じるように、って知らせが来たんだよ」



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貧しいので褒賞目当てで王女様の婿取りコンペに参加します 舞波風季 まいなみふうき @ma_fu-ki

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