最終話 それぞれの針路

 バッテリーがセロになって急停止した機体から転げ落ちた紗良。その様子を勝田が見下ろす形になっている。勝田の背後をよく見ると自転車おじさんが事務職員を何人か連れて近寄ってきていた。

「自転車おじさん・・・。なんでここに?」

 複数のことが同時発生し、紗良は困惑していたが、勝田が紗良の手を引っ張って体を引き起こした。


「おめでとう。総合優勝だよ。表彰式をやるからはやくこっち来てよ」


「え、え、え、あ、わたし?わたしですか?」

「何言ってるんだ。たったいま君がチェッカーフラッグを受けたじゃないか。君は選手登録していたんだから問題ないよ」


 次に自転車おじさんが声を掛けた。

「千代田区長の井口です。優勝おめでとう」


「え、え、え、自転車おじさんって区長だったんですか?」


 千代田区長は職員たちに向かって話した。

「この人は私の友人です。ですから『千代田区関係の者』ですよ。あってますね?」


 後ろの方に立っていた千代田区職員たちはこわばった表情で返事をした。

「はい、合ってます」


 ホバーバイクの三種競技。初回の優勝チームは江戸前レーシングであった。紗良は満身の笑みで優勝トロフィーを受け取りとった。その時の写真は月刊ホバーバイクの創刊号の表紙となった。



 その後、優勝賞金百万円が支給され江戸前レーシングの関係者で山分けとなった。

 DOKANと紗良はパイロットだったため、二人で二十万円が支給された。紗良が受け取った現金をその場で数えていた。

「いちまーい。にまーい。さんまーい。・・・きゅうまーい。あれ、一枚足りないんだけど」

 一方でDOKANは11枚の紙幣を手に持っていた。

「この前、俺の牛乳飲んだだろ。その分だ」

「牛乳が一パック一万円もするわけないでしょ。返しなさい」

「お菊、やめろ」

「そのお菊っていう言い方もやめなさい。怪談みたいじゃない。私のことは紗良っていいなさい」

「いっそのこと、アルファベットにしよう。OKIKUみたいに」

 その横で、係長が咳ばらいをした。

「みなさん、今回の優勝、『誰の』お陰かわかってますよね?」

 一瞬、場が静かになったが、DOKANはにんまりした表情で、係長の元に向かった。

「また、やりますか!?」

「やりません!さかさま飛行は嫌です」

 江戸前レーシングのその日で解散となった。チームメンバーが最期に集結した日であったが、そんなタイミングでも勝田の姿はなかった。その日も外出先で打ち合わせを行っていたのだった。

 約一か月後、江戸前スカイタクシーは秋葉原のオフィスから撤収していた。千代田区からスカイタクシーの事業化の合意書をもらうことができたが、事業戦略に変化が生じていたからであった。



 紗良は霞が関のメール便の仕事を、DOKANは楽器店のバイトを再開した。 紗良はその日、霞ヶ関の中央省庁を回り、次に千代田区役所で郵便を受け取るとルートを調べて、配送先に向かった。配送先は港区竹芝の「桜島=江戸前スカイタクシー」であった。

「勝田さん、高森さんお久しぶりです。こちら郵便です」

 高森は紗良の来訪に気づいたが、電話の対応をしていたので、手を振ってこれに応えた。勝田が受付のカウンターに赴き、紗良から郵便物を受け取った。

「ありがとう」

「二人の会社が一緒になるだなんて、予想してなかったですよ」

「まあね。会社経営はいろいろあるんだよ」

 勝田は受け取った書類を目の前で開封した。書類は、伊豆諸島大島と東京湾木更津と結ぶ定期分の開設の許可であった。

「スカイタクシーは島嶼部へのアクセスや湾岸地域の移動に需要があるとみて、まずは、そこに経営資源を集中させることにしたんだよ。僕と高森君が組んでノウハウを結集すれば、都市部での事業化はまだこれからだけど、粘り強く交渉していきたいと思う」

 勝田は紗良を玄関まで送り届けた。


「勝田さん、知ってますか?係長さんって、お菓子のレシピを解説する動画チャンネルを開設しているらしいですよ」

 紗良は、係長の動画をスマホで見せた。係長はエプロン姿でお菓子のレシピを紹介していた。係長は江戸前レーシングの解散後、出向解除となったが、投資会社には戻らず、多数のフォロアーを抱えるインフルエンサーとなっていた。 

 動画の中の係長がニンマリした笑顔を見せたところで、勝田と紗良は思わず失笑した。


「次はオリンピック本選だね。がんばってね」

「はい。でも、なんか物足りない気がするんです・・・」

「なにが」

「女子チームじゃなくて、男子チームでもいいかなって」

「おいおい。また、誰かと入れ替わるのかい」

「へへ、誰かとフリップするのも面白いかなって。冗談です」

 ロードレーサーにまたがった紗良は元気よく地面を蹴って、走り出していった。


 来年ニューヨークで都市型スポーツオリンピックの第1回大会が開かれようとしていた。菊池紗良は、ホバーバイクの選手として駆けだそうとしていたのだった。

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空とぶフリップガール 乙島 倫 @nkjmxp

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