第15話 フリックしてかわせ!
残り5周で、バッテリー残量は18%。思ったよりも減ってきた。バッテリーの消費を考えるとまだ仕掛けることはできない。ぴったりと風よけを行いながら、紗良は隙をうかがっていた。
真夏の太陽が照りつけていた。紗良の体を高速で駆け抜けれる風は心地よく、発汗する全身の汗は紗良の身体から気化熱を吸い取ってくれていた。
ついに残り1周。バッテリー残量は7%。ここで桜島レーシングに隙が生じた。千鳥ヶ淵の左カーブで膨らみ、その瞬間をとらえて、紗良は前に出た。しかし、桜島はすかさず、インコースを奪い返した。出力を全開にするが、完全に前に出ることはできない。桜島はまだ、必死に食らいついてくる。同設計の機体なので基本的に差がつかない。
半蔵門を過ぎると緩やかなカーブが続く。
桜島レーシングと江戸前レーシングは並走が続く。
同時通過では二位だ。何とか1センチでもいいから前に出なければ。
紗良の気持ちに反して、江戸前1号は少しずつ遅れ始めた。
江戸前1号が外側だったからだ。
紗良の視界に桜田門見えた。そこを過ぎると最終コーナーだ。同時に、最終コーナーの手前にある石塔が視界に入った。手前に真っ赤なパイロンがおかれていた。石塔は歴史的なもので、大会運営本部が移設できずに残置していたものであった。
ここで速度を緩めたら、確実に優勝はない。しかしこのままでは石塔に直撃する。その場合も、やはり優勝はない。
紗良は自分の胸に問いかけた。 ここで逃げたら、また、弱い自分に戻ってしまう。どうする?紗良はテスト飛行の際のDOKANのアドバイスを思い出した。
「おい、お菊。体を傾ける時に勢いがあり過ぎだ。機体がひっくり返るぞ」
そうだ。その手があった。
紗良は身体を丸めながら、機体を振り子のように勢いをつけて傾けた。ちょうど、スマホでアプリをフリックするときのようなイメージだ。すると、機体はぐるりと回転。樽の側面をなぞるような弧を描き、間一髪で石塔をかわすことができた。
「何!!!!」
予期せぬ動きに桜島のレーサーは驚愕。最終コーナーで大きく膨らんでいった。
優勝のチェッカーフラッグを受けたのは江戸前レーシングであった。
「やった!やった!わたし、勝ったわよ」
紗良はシートベルトを外して、両手を振り上げてガッツポーズ。ヘルメットの中で叫んでいた。このまま、ピットに直行し、本物のDOKANと入れ替われば、ミッションは完結のはずだった。ゲンジが無線で交信した。
「紗良、聞こえるか?バッテリーの残量がほとんどないぞ。ここまで来れるか?」
しかし、ゲンジの耳に聞こえてきたのは、紗良が絶叫する声ばかりであった。
「やばい。本当にバッテリーが切れてしまう・・・」
ここで江戸前1号のバッテリーがここでゼロとなり、ローターは急停止。両手でガッツポーズをしていた紗良は放り出されて路上に転倒してしまった。
「むぎゅうぅ」
思わず変な声が出てしまった。
転倒した勢いでヘルメットが脱落。隠していた長髪と素顔があらわになった。そこで、紗良は我に返った。調子に乗って、余計なことをしてしまった。さっき、機体の上で立ち上がって、両手を振り上げていたことを自覚し、急激に羞恥心がこみ上げはじめていた。
「え、女性だったの?」
周囲の観客や大会関係者が騒然となる中、カメラを持った一人のマスコミが脱兎のごとく割って入り、カメラのフラッシュをたいた。
「オッケーシステム。今撮った写真を投稿して。キャプションは『江戸前レーシングの選手は元ロードレーサーの菊池紗良』」
記者はとつぶやいた。そのつぶやきは音声認識にテキストに変換され、撮影された写真は1分もしない間にSNSに投稿されて拡散した。
DOKANと入れ替わるどころか、紗良が必死になって隠していた経歴も同時に配信されてしまった。最後の最後で身元がばれてしまった。紗良が呆然と地面にへばりついていたところ、紗良の前には勝田凛太郎が立っていた。さっきまでの爽快な汗は一瞬にして冷や汗となった。
「か、か、勝田さん。これには訳が・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます