ウミガメとイナゴのスープ
文壱文(ふーみん)
イナゴのスープ
田舎には有名なおやつがある。夏の過ぎ去った後に食べることのできるおやつ。
少年の心を持ち合わせていれば食べれたかもしれない。
「こ、これ……本当に食べるの?」
私は目の前の亡き
正直に言えば、食べたくない。
チョコレート色に染まったイナゴは脚が折りたたまれており、べったりとしたものが塗りたくられている。
これがタレなのか?
皿の上で山盛りとなったイナゴがこちらを向く。生気の失った黒目はタレでツルリと光っている。
「うん、お姉ちゃんに食べて欲しいんだ!」
「え、えぇ……」
目の前でキラキラと少年が見つめている。
私は旅行で八ヶ岳に来ているが、偶然地域住民に勧められたのがこれだ。
ついてないな、と私は思う。
「わ、わかったよ。食べるよ」
震える右手を左手で押さえながら、二本の指でイナゴを摘む。脚の一本一本がぐにゃりと動くのを感じる。
「ヒッ!?」
ベトベトしている。
恐る恐る口の中へ運んだ。
エビフライの尾を噛み砕いているような感覚。それなのに黒蜜みたいな味がする。
正直に言えば気持ち補正ありで不味い。
「お姉ちゃん、どうだったー?」
それに対し私は一言。
「……うん。お、美味しかったよ?」
不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い──。
うがいしたい。
あの後、私は近くの川で口をゆすいでいた。
イナゴの脚がまだ口に残っている。どうしたものか。私は汚れることを顧みずに手を口の中へ突っ込んだ。
「オェ……」
そしてまたうがいをする。
なんでこんなに気持ちが悪いのだろう。朦朧とする意識の中、私は川沿いを陽気に歩く二人組を目にした。
よく見ると先程の少年と……見知らぬ長身の男。話し声がここまで聞こえはするが、何故か身体が動かない。近くで聞くことができなかった。
──“生産の調子はどうだ?”
──“うん、順調だよお父さん。色んな人に食べてもらってるよ。”
──“それでイナゴになった人をまた捕まえて佃煮にするんだよね?”
気がつけば、私の視界はモノクロに。視野も何故だか後ろまで見えている。
身長は──イナゴみたいに低かった。
ウミガメとイナゴのスープ 文壱文(ふーみん) @fu-min12
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