宵風
蒼汰が祠に着いた時、ちょうど雨がポタポタと降り始めた。
家を出る際、既に鉛よりも黒い空だったから当たり前といえば当たり前だった。
「おはようございます」
「ッ?! ……おはようございます」
突然、後ろから声をかけられ慌てている振り替えると眼鏡をかけた20代くらいだと思われる男性がこちらを向いて微笑んでいる。
「あ、すみません。ぼく以外にお詣りに来る人がいるだなんて思ってなかったので」
「こちらこそ、突然すみませんでした。私も同じ事を思いましたよ。まさか参拝する人がいるとは」
しかも学生がねぇ、と男性は笑みを深める。
一方、蒼汰は当たり障りのない返事をしながらバックの中をガサガサと漁っていた。雨が本降りになったため、バックの中に入れてきたはずの折り畳み傘を探しているのだ。
「おや、傘が無いのですか? 1本余っているので差し上げますよ?」
「いいんですか?」
「ええ」
初対面の人にこんなに良くして貰っていいのだろうか、と思いながらも傘がないので蒼汰は男性のご厚意に甘えることにした。少し疑いを持ちながら目を細めることしか出来ない。
「あの、お名前は?」
「
「上土 蒼汰、です」
「っ、上土さんですか……」
原田と名乗った男性は、蒼汰の名前を聞いた瞬間に一瞬目を見開いたが、何もなかったかのようにまた微笑む。その様子は、蒼汰には異様に感じられた。まるで、人ではない何かと相対している気分だった。
「なにか……?」
「いえ、なんでもないですよ」
なんでも、上土、という名に聞き覚えがあったらしいく、蒼汰の疑いはますます積もっていくばかりだった。
「そうですか」
蒼汰にとって、上土、は滅多に聞かない名字だったからだ。
「あ、本当はじっくりとお詣りするはずだったのですが……。時間がなさそうですね」
長々と引き留めてしまいすみません、と原田は祠に詣りもせずそのまま帰っていった。
何故か原田から貰った傘が少し重くなった気がしたが、雨足が激しくなってきた為だろうと、この時、蒼汰は気にも止めなかった。
「あの人、何しに来たんだろう?」
まぁ、祠は壊れていたから、丁度良いといえば丁度良かったのだ。
原田が帰った道を眺めていると、祠の方から布が擦れるような物音がした。
『お前は、
声の主は砕け壊れた祠の裏側に佇んでいた。
顔には〖風〗と書かれた布の面を着けていて、首元まである黒のうねった髪を括り、影のような黒の着物にの若草色の羽織を着た人物だった。
「お前って、そう言うお前は誰なんだよ?」
『ん? お前、人の子のくせに私が見えるのか』
明らかに怪しい人物に向かって、蒼汰は眉を潜めた。こんな朝っぱらから、こんな仮装じみた衣装を着ているなんて普通じゃない。というか、人間じゃない。
『私は
そして、昨日、祠を壊しておいてどの面下げて戻ってきたというのだ、とかなりキレぎみに蒼汰に言い放つのだ。宵風の体からなにかモヤモヤとした黒いオーラが出ている。
やっぱヤバイ奴じゃないのか? と思いながらも、祠を壊したことに関しては正直、言い訳と言える言葉が見つからない。
「はぁ?! 呼ばれたんだよ! その珠風様って奴に!」
蒼汰とて戻ってきたくて戻った訳ではないため、きっと面の下では鬼の形相だろうと思われる人物(?)に事情を息を荒くして話した。
互いに険悪なムードで、向き合いつづけていて先に折れたのは宵風だった。
『はぁ、これじゃ埒が明かん。兎に角だ。お前には働いて貰うぞ人の子よ』
「なんだよ、人の子、人の子って。お前は人じゃ無いのかよ?」
既に蒼汰は人間じゃないと思っていたが取り敢えず、確認を取った。本当に人間なのならば、関わっちゃいけない系の人間だからだ。
『阿呆め、私がお前たちと同じ下賤な生物な訳がないだろう』
私は神に仕える高貴な
そんな一触即発の雰囲気の中、何故だか分からないが、蒼汰の掌に親指ほどの
「これ何? 凄い綺麗だけど?」
『それは珠風様の依代だ。今、珠風様は祠という住みかを無くし眠って
お前のせいでな、とやはりどこか癇に触る言い方をする宵風に蒼汰も半ば呆れ気味に、それはもう謝っただろ、と小言を言う。何度この会話を勾玉が手のひらに乗るまで繰り返したことか。
どうやら、宵風にはこの勾玉に触れる事が出来ないらしい。だから、触れる蒼汰が持っているのだが。宵風は納得していないらしい。
『絶対に無くすなよ!』
「わかった、わかった」
そう言って、蒼汰は落とさない様にとズボンのポケットの最奥へと勾玉をねじ込んだ。
『よし、じゃあやっと本題に入れるな』
「本題?」
なにやら、不穏な響きのする言葉が宵風から発せられた。
『何を
「いや、取りに来たよ。うん、でも……働く?」
『あぁ、7日間無休で働いて貰うぞ。勿論、今日から』
「……何すんの?」
『祠を造り直すのだ』
「……は?」
とんでもない事になったかもしれない。改めて、蒼汰はそう感じた。
「造る?」
『そう』
「祠を?」
『だから、そう言ってるだろう?』
当たり前だろう、と言わんばかりに宵風は首を傾げる。
「嫌だと言ったら?」
『三代先まで祟ってやろう』
「タチ悪いな」
どうしよう、やるか、やらないか。
でも残された道は1つしかない。
「はぁぁぁ────?!」
ただの事故がこんな事になるなんて。蒼汰は叫び、膝を付いて項垂れる事しか出来なかった。
『ま、精々頑張ってくれ。人の子よ』
祠に吹く珠の風 十六夜 水明 @chinoki
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