第7話 ゴスロリ莉弥とデート

「目立つね」

「目立つな」


 現在俺は莉弥と外で注目を浴びながら歩いていた。


 理由は莉弥の格好にある。


 莉弥の服装は、華美なレースやフリルで装飾された黒を基調としたワンピース姿であった。


 スカート部分はふんわりとボリュームがある。そして、胸元には可愛らしく大きなリボンが付いていた。……それで彼女の主張が激しいそれが隠しきれてるという訳ではないんだけども。


 とにかく彼女は――世間一般的に、ゴスロリと呼ばれる格好をしていた。


「ほんとによく似合ってるよな」

「ふふん。可愛いでしょ」


 莉弥は一瞬立ち止まり、くるんと回った。ふわりとスカートが揺れる。


 人形のように整った顔立ち。今日は仁弥がメイクをしたらしい。

『ちなみにメイクの種類を変えると地雷系っぽくなるよ。それはまた今度ね』とも仁弥に言われた。


 今日はネイルも黒で塗られていて、本当に――画面の中から飛び出してきたような可愛さだ。


「ああ。凄いよく似合ってるよ、本当に」

「ん。やっぱりナツ兄はナツ兄だ。まっすぐ褒めてくれる」


 莉弥が微笑み、また俺の隣をゆったりとした足取りで進み始める。



「ナツ兄、嫌じゃない?」

「嫌って何がだ?」

「目立ってるよ。私達、凄く」


 莉弥が視線を周りに向ける。そこらを歩いている人達は老若男女問わず彼女に釘付けだった。

 先程もお婆さんから『お嬢ちゃん、よく似合ってて可愛いねぇ。お人形さんみたい』と褒められたばかりだ。


「嫌じゃないよ」


 だからこそ、この辺はしっかりしておかなければいけない。

 確かに俺は目立つこと自体はそんなに好きじゃない。だけど――


「誇らしいと思う」

「誇らしい?」


 意外に思ったのか、莉弥は首を傾げた。また「ああ」と頷いて、俺もゆったり話し始める。


「元々美人っていうのもあるんだろうけど……それだけじゃ成り立たない。メイクにファッションセンス。立ち振る舞いも、全部莉弥と仁弥が頑張ったものだからな。それが認められたみたいで嬉しいんだ」

「……そっか」



 莉弥がととっ、と俺の前に来た。それから少しだけ口角を上げた。その表情の変化は大きく、誰が見ても微笑んでいると分かるくらいに。



「ナツ兄、あの頃と変わらない。今もナツ兄で良かった」

「……そりゃどうも」


 どうやら今日の莉弥もご機嫌らしい。


 まさか――こんな満面の笑みを見せてくれるなんてな。


 莉弥が満足したように俺の隣へ戻る。それから手を差し出してきた。


「じゃあデート行こ」

「……莉弥、その手はなんだ?」

「繋ご。昔よく繋いでた」


 彼女に目を向けるも、何も変わらない。さもそれが当たり前かのように……彼女の中では当たり前なんだろうな。


「学校の誰かに見られたら勘違いされるぞ」


 彼女が決めたことは覆されない。それを悟りながらもささやかな反撃をしておく。


 すると、彼女は薄く目を細めた。……そのまま口角を下げることなく、微笑みながら口を開く。


「勘違いされちゃったらどうする?」

「……大変なことになるだろうな」

「ん。だいじょぶ。明日からもう大変なことになるから」


 莉弥が言うのは昨日仁弥と話した、お昼を一緒に食べるというものだろう。


 ……ささやかな抵抗はこれくらいにしておこう。


「分かったよ」

「ん」


 その手を取ると、莉弥は小さく声を漏らす。それから俺のすぐ隣を歩いた。


「近くないか?」

「ギャルは距離感が近い。古事記にも載ってる」

「先見の明がありすぎるな古事記って。……というか莉弥をギャルって呼ぶの、未だに違和感があるんだが」


 仁弥はともかく、莉弥は見た目とか格好だけで性格に関してはギャルっぽさは……あれか。最近流行りのダウナー系ギャルとかってこんな感じなんだろうか?


 莉弥は俺の言葉を聞いて少し考えた後……


「ちょりーっす?」

「絶妙に古くないか?」

「ナツぴっぴ?」

「その呼び方は絶妙に嫌だからやめてくれ」

「むぅ。ナツ兄わがまま。でもナツ兄らしい」



 俺もそう思わなくもないが、ナツぴっぴだけはやめてほしい。なんかこう、凄く背筋がゾクゾクする。


「でも私のイメージがにゃー姉に引っ張られてるのは否定しない。クラスのアニメ見てる子達も私がちょっと話しただけで『オタクに優しいギャル』ってはしゃぐし」

「……なるほどな。レッテル貼りという訳ではないけど、そういうのに引っ張られてる感じか」

「そゆこと。アニメ話せる人なら結構誰とでも話せる、っていうのは確かだし、見た目的にもギャルっぽさはあるって自分でも思う。最近ダウナー系とか流行ってるし……でも」


 ちらりとこちらに目が向けられる。


「ナツ兄は嫌? 私が男の子と話してるの」

「莉弥が誰と話しても俺は気にしてない」

「って言いながらほんとはどうなの?」


 莉弥から目を逸らす……が、視線は突き刺さったままだ。放っておくと一日中刺さりかねない……というのが経験談なのだから恐ろしい。



「時と場合と人による」

「というと?」

「……見てて分かるんだよ。莉弥をそういう目で見てるって」


 莉弥と仁弥が誰と話そうが、本人の自由だ。しかし……何も思わない、というのは難しい話だった。


 それも、見ていて分かる。彼らは莉弥と話す時、彼女の目を見てない。


「おっぱいがおっきい弊害」

「んぐっ……莉弥。女の子が外でそういうのは言わない」

「あ、ごめん。家でいっぱい言うね」

「そういうことでもないんだが」


 はぁと息を一つ吐くと、手をぎゅっぎゅっと握られた。また視線を向ければ、莉弥はほんのりと口角をあげていた。


「ナツ兄が嫌ならもう話さないよ」

「……そういうのは俺に委ねないでくれ」

「じゃあ私の体しか見ない人とは話さない。私が今決めた」


 その言葉に息が詰まり、ドクンと心臓が強く打ちつけられた。



 今俺は何か選択ことばを間違えたのではないか、と。



 さあっと顔から血の気が引いていく。遠ざかっていく思考を――彼女が強く手を握って繋ぎ留めてくれた。


「勘違いしないで」

「……」

「私が話してたのは、アニメの話したかったから。全ジャンル話したかったけど、特定のジャンルしか見ない人が多かった。ファンタジーしか見ない人とか、ラブコメしか見ない人。オリジナルアニメしか見ない人とか」


 体当たりでもするような勢いで莉弥が近づく。――柔らかなそれがむにゅりと腕を挟み込んだ。


「でも、もうそれ全部話せる人……アニメ全部の話が出来て、私が話したい人が見つかったから。何の問題もない」

「それでも、人との繋がりは大事にしてほしい」

「大丈夫。別方面ではいっぱい居るから。あと、人の目を見て話す人ならちょっとは話す」

「……それなら良いんだけども。あと近い」

「む」


 一歩距離を空ければ、半歩詰められる。少し気になったものの、柔らかいものが離れたのでよしとする。


「学校でもアニメの話、いっぱいしようね」

「ああ。いっぱいしよう」

「おっぱいの話もする?」

「しない」

「……ん」


 莉弥は楽しそうに微笑む。……それも、俺は慣れてるから分かることで、他の人から見ると表情はあんまり変わってないように見えると思うが。


「そういえばどこに行くんだ?」

「アニメショップ。買いたいのがいっぱいあるから」

「……分かった」


 改めて目的地を聞き出し、場所の推測をする。そんなに遠くないな。


「じゃあデート、楽しも」

「……そうだな。久々に二人で出かけるもんな」

「ん」


 それからまた、俺達は歩き始めた。



 今誰かに見られたら大変なことになりそうだなと思いながらも、彼女と手を繋いで。



 結果的に俺の僅かな心配は――当たることになってしまったんだけども。

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