第6話 ぷにぷに姉とふわふわ妹
その日はアニメ漬けの一日を送った。最初以降は腕を胸に抱かれることもなかったので、安心しながらめちゃくちゃ楽しく見ることができた。
それにしても、莉弥との感想談義めちゃくちゃ楽しかったな。
莉弥も今日はかなり饒舌だったし。時間もあっという間に過ぎていって――気がつくと夜になり、仁弥が帰ってきたのである。
「あれー? どったのー?」
「……どうかしたか?」
「や、なんか距離感遠くない?」
「気のせいじゃないか」
「んー? そーかな?」
夜、仁弥がテイクアウトの牛丼を携えて帰ってきた。リビングで仁弥を迎えるも、どうしても朝のことを思い出して距離感がほんのちょっぴりだけ遠くなってしまっていた。あんまり意識しないようにしないと。
「まいっか。ほいナツ。牛丼大盛りいっちょ」
「ありがとう、仁弥」
「りゃーはチーズのやつ大盛りね。私は並っと」
「ありがとにゃー姉」
机の上にトントンと牛丼を置いていく仁弥。そして、なぜか俺を見てにーっと笑う。
「ナツ、今にゃーよりりゃーの方が食べるんだって思った?」
「呼び方もそんなじゃないし、特に何も考えてなかったんだけども」
「うんうん。分かるよー。成長期からりゃーも一気に食べるようになったからねー」
「全然話聞いてないな?」
「お腹いっぱい食べて寝る。幸せ」
「……そんな言われ方をされたら心配になるんだが。堕落一直線すぎないか」
よく食べるのはいいことだと思う。少なくとも食べないよりは。
しかし……
「……莉弥、健康面が心配なんだけど運動とかは?」
「たまーにグッズ買いに出る」
「欲しいアニメグッズか出た時だけだから、まちまちって感じ。酷いと二、三ヶ月引きこもってたりするから私が連れ出してるの」
……莉弥は思っていた以上にインドア生活を送ってるらしい。
話の中心となっている彼女はマイペースに牛丼の蓋を開け、お箸を持っていた。
「それじゃあいただきまーす」
「ほらもー、食べたら散歩でも行こーね。太るよ? ナツに嫌われちゃうよ?」
「大丈夫。その辺上手く調整してる。私とにゃー姉の差別化」
「……?」
莉弥の言葉がよく分からずにいると、莉弥がはぁーとため息を吐いた。
「……りゃーってあんまりお腹にお肉付かないの。や、触ったら私よりぷにぷになんだけどね」
「全部おっぱいとおしりと太ももにいく」
「絶対俺が聞いちゃいけないやつだよなそれ」
「サイズは同じくらいだけど、触り心地は全然違うよ。私とにゃー姉で比べっこしてみる?」
「冗談でもそういうこと言っちゃいけません」
相変わらずマイペースな莉弥に振り回されそうになる。ほんと……あの頃から変わらないな。いや、肉体的な面はめちゃくちゃ成長してるんだが。
ふと昨日から今日にかけて……彼女が前かがみになったり腕を抱き寄せたのを思い出してしまい、視線を無理やり莉弥の顔へ上げた。
すると、莉弥がお箸を置いて腕を広げる。
「ナツ兄、なんか抱きつきたそうな目してた?」
「俺をなんだと思ってるの。そんな目してないから」
「でもにゃー姉はその目よくするよ? 私、抱き心地いいって」
「仁弥……って思ったけど姉妹なら別に問題ないか」
言い方の問題はありそうな気がしなくもないが、姉妹間なら何の問題もないだろう。
莉弥が腕を広げたまま体を傾け、仁弥の方を向く。仁弥は躊躇うことなくその体に飛びついた。
「だってりゃーって柔らかくてきもちーもん! 抱き枕に丁度いーし!」
「ん。にゃー姉も柔らかい。ぷにぷにするの好き」
……仲の良い姉妹がぎゅーっと抱き合う姿。なんかこう、凄く良いな。ちょっとどこをぷにぷにするのかとか考えてはいけないことが多いんだけども。
「にゃー姉。ナツ兄が入りたそうにこっちを見てる」
「ナツも入るー? ふわふわだよー?」
「にゃー姉はぷにぷに」
「遠慮しておきます。というか早く食べよう。牛丼が冷めるぞ」
「はーい」
美少女同士の絡みは眺めるもので、割り込むものじゃない。いや百合とかでもないんだけど。
「いただきます」
「いただきまーす! 明日はまた私が作るからねー!」
昨日は仁弥が夕ご飯を作ってくれたのだが、凄まじく美味しかった。今日はバイトがあったのでテイクアウトの牛丼となったが、ほんとは作りたかったらしい。
……遊んでバイトして家事って体力どうなってるんだと言いたいところだが。仁弥曰く、全部自分がやりたいことだし楽しいからと言われた。ギャルってつよい。
ということもあって、料理は仁弥担当となった。俺は掃除担当、莉弥は洗濯担当である。
ちなみに食費は父さんと伯父さんが置いていってくれた。足りなくなったら連絡してとも言われている。
「んまんま」
「……これでパッと見私と体格変わんないんだから不思議だよねー。触ったら分かるけど」
「にゃー姉もおっぱいに栄養いってると思う」
「ん? 私の頭には栄養いってないってか?」
「…………違うって言わせて、にゃー姉」
「あはは!」
「補習とかめんどくさそう」
莉弥の声は淡白に聞こえるが、それは彼女の性格である。昔からこんななのだ。
とはいえ、多分朝莉弥が言っていたようにテンションは高くなっているんだと思う。
「実際めんどいんだよねー。あのモテ男が来るっぽくてさ」
「モテ男? ……ああ。
「あれって勉強出来なかったっけ?」
「モテ男をあれ扱い……」
「タイプじゃないし、あんま来られるのも好きじゃない」
そういえば八崎、クラスでよく二人に話しかけようとしてたな。それとなくあしらわれていた記憶しかないけども。
それはそれとして、彼も勉強出来る印象だったんだが。
「なんか言ってたんだよね。『俺も補習行くから終わったらどっか遊びにいこーぜ』とかさ」
「……あからさまだな」
「んね。あーもーやだ」
「そんなに嫌いなのか?」
顔は良かったと思うんだがと思って聞くも、仁弥はうへえとあからさまに顔を
「大っ嫌い。知ってる? アイツ、付き合ってた子とヤッてるの動画に撮って周りに見せてるんだよ」
「俺の想像してた三倍くらいクズだった」
「しかも半ば無理やりがほとんどなんだって噂。噂だからこっちはほんとか分かんないけど」
「それが本当ならクズ度が十倍くらいになるけども」
「それがバレて、最近はあんまり近寄る女の子いなくなったってね。にゃー姉も気をつけてね」
「うぅ……サボろっかな」
「留年するぞ」
とはいえ確かに怖いな。というかそれ以前に、身近にこういう人居たんだな。全然関わらないから知らなかった。
「んー……あ、そーだ!」
「ん?」
牛丼を食べながら仁弥が声を上げる。口の中にあるものを飲み込みながら見ると、物凄く目をキラキラさせながら俺を見てきた。
「お昼一緒に食べよ! ナツ!」
「…………それは補習後にってことか?」
「うん! 補習は午前中だけで、お昼食べるまでは学校居ていいし! 折角だし実はナツが従兄弟だって皆にも言お!」
仁弥の言葉に少し考え……やめた。
仁弥と莉弥が従姉妹であることはもう隠さない。だから、恐らく起きるであろう面倒事も遅かれ早かれなのだ。
それに……仁弥の身が心配という思いも確かにあったから。
「分かった。お昼でいいんだな?」
「……え、ほんとにいいの?」
頷いたというのに、仁弥が目をお月様のようにまんまるにした。
「……気を使ってくれてたんだったらすまないが」
「いやいやいやいや! そんな訳ないじゃん! ちょっと嬉しさがオーバーフローして一瞬フリーズしただけだって! だってナツ、目立つの嫌いじゃない!?」
「仁弥が怖い思いする方が嫌だし」
間を置くことなくそう答えて……仁弥の頬が少しずつ赤くなっていく。なんとなく気恥ずかしくなって、咳払いをした。
「それに、早かれ遅かれ明かすことだ。学校に生徒が少ない今のうちに明かした方が良さそうだし」
「……私のため、だけでも良かったんだぞー?」
「一言多くて悪かったな」
仁弥はむーと頬を膨らませたが、その表情からは嬉しさが隠しきれていない。
「じゃあお昼に合わせて来て! おべんとは私が作って持っていっとくから!」
「いいのか? 別に俺の分まで作らなくても良いんだぞ?」
「好きでやってるだけだから! ほら、折角なら美味しいおべんと食べてほしいし、作らせて!」
「……分かった」
それを見られたら波紋を呼びそうではあるが、仕方ない。
「あ、お昼終わったら自由でいいからね! そのまま私達と遊びに行くもよし、私がバイトあったらりゃーとアニメ見てもいいし」
「ん。私もお昼過ぎまで寝ること多いからね」
「……まあ、そうだな。ずっと家に居ると体もなまるし」
莉弥は相変わらずマイペースだ。とはいえ俺も、日差しが暑いとはいえ少しくらい外に出た方が良いだろう。
「ふふ、楽しみー! すっごく美味しいおべんと作るからね!」
「楽しみにしてます」
「あ、じゃあナツ兄。明日は私に付き合って」
「ん?」
明後日から予定が出来そうだなと思った瞬間、莉弥に声を掛けられた。
「買いたいのあるから明日デートしよ。私もナツ兄ともっと仲良くなりたい」
「……ん?」
予想外の言葉に俺は固まってしまい――莉弥は頬をほんのりと赤く染め、口元を小さく緩めて微笑んでいたのだった。
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