第6話 置き土産

「ユーリ、これは?」

「……葉っぱ」

「あのね、よく見て。この葉の形に見覚えはない?」

 言われてしぶしぶ図鑑を覗き込むと――。

「ミントに見えるけど色が薄くて丸い……あ、レモンバームじゃないか!」

「そうだよ。他のも見てごらんよ」

 改めて図鑑のページをめくってみると、ちらほらと知っている植物を見かけた。ハーブを選ぶときに勉強して知ったものがほとんどだが、庭木などで目にしたものもある。

「ね? 思ってるほどややこしいものじゃないでしょ。ユーリの言う『葉っぱ』もさ」

「色んな種類の化粧水やポプリをいただけて、楽しいですわ」

 友人たちに褒められて、ユーリは嬉しくなった。

(楽しい記憶といっしょなら、苦手意識も少なくなるものなんだな)


 数日後。移動用魔法陣テレポーターが回復して町を発つことになり、ユーリは再び本屋を訪れて店主に感謝の意を伝えた。

 そして、三人の姿は魔法陣の光の中へと消える。

 休暇は終わりぬ。これから三人は、別の課題に挑むことになる。


 赤髪の背の高い青年にやたらと感謝された本屋の店主は、「はて」と首を傾げた。

「わしの店に、そんな薬草学の本なんぞ置いてあったかのぅ……」

 店主が世界中から集めてきたのは、絵本や児童文学、神話や物語だったはずだ。


 * * *


 朝から昼へと移り変わる時刻。

 青い空を背景にたたずむ鐘楼の上に、その人影はたたずんでいた。

 金髪とも銀髪とも表現しがたい薄い色の長髪、青空を映し込んだ白い肌、そして遠くを見つめる虹色の瞳……その人が見ているのは、目の前を横切る小鳥の群れでも、ちぎってばらまいたような雲でもなかった。

「手慰みに薬草学の本など書いてみたが、なかなか役に立ったじゃないか」

 自画自賛して、気分良く鼻歌を歌う。

 左手に持った白い便箋と封筒が、強風ではたはたとひらめく。ほのかに香るレモンバームは、その人の上機嫌に拍車をかけた。

 その隣で、おとなしく屋根の上にうずくまっていた白い獣が小さな声でつぶやく。

「一人前になるまで帰ってくるなと弟子を追い出しておきながら、師匠があとを追いかけていたのでは意味がないのでは……」

「ん? 何か聞こえた気がするが、気のせいだな。歳は取りたくないものだ」

 もちろん、白い獣は何も答えず沈黙を貫いた。


 三人のひよっこ魔導士たちがこの国を旅立つ頃には、鐘楼の人影はいつの間にか消えていた。

 爽やかな残り香を置き土産にして。

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薬草音痴の見習い魔導士とレモンバーム 路地猫みのる @minoru0302

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