第5話 薬草学とアート

 ユーリが天井を焦がさずビーカーも割らずに精油を作るまで、三日がかかった。さらに、生のハーブを自然に近い状態で乾燥させることに二日間を費やした。

「ごめん、トレフル・ブラン……君の実験道具をたくさん壊してしまった。弁償するよ」

 ユーリは心から謝罪したが、同時に少し恐怖を感じてもいた。なぜなら、トレフル・ブランはたまにやたらめったら高価な魔道具・呪具を持っていることがあるから。たいていは師匠に譲り受けたものだそうだが、たまに旅の途中で手に入れた掘り出し物も含まれるらしい。また、原料も気軽に提供してもらっていたが、うといユーリが知らないだけで、実は希少なものも混じっていたかもしれない。いずれにしても高額賠償になる可能性がある。

 トレフル・ブランは、ふいとユーリから視線を逸らせた。

「それなら、ハーブを香水にして欲しいな。先生への手紙に添えるから」

 ユーリはすぐに無水エタノールを購入し、レモンバームの香水を作って渡した。 


 トレフル・ブランのもうひとつも趣味は、手紙を書くことだ。魔導士試験の受験のために離れてしまった師匠へ、彼は時折、手紙を送っている。返事は来ない。しかし、届いていることは分かるのだと言う。

「俺は先生の居場所を知らない。それなのに、郵便局から宛先不明の手紙が返ってくることはない。先生の魔法は、本当に魔法なんだ。どこかで俺の手紙を読んでいると思う」

 便箋に香水を吹きかけるトレフル・ブランは、誇らしげだった。偉大な魔法使いの弟子であることが、彼の自慢だったから。


 乾燥させたレモンバームは、レモンバームティーに使われた。生葉も添えて、透き通ったお茶を楽しむ。これはキーチェからのリクエストだった。なんでも、気持ちを落ち着けるのほかに女性に嬉しい効果もあるそうだ。

「乾燥させたハーブが何種類かあるのなら、今度はブレンドしてみるのもいいかもしれませんわ。ご家族にも差し上げたら喜んでいただけるのではなくて?」

 というキーチェの勧めに従い、さらに幾種類かのハーブを乾燥させるユーリ。

 火の扱いはだいぶ慎重になり、今度はトレフル・ブランが消火する必要はなかった。


 ユーリがラベンダーとマジョラムを調合していると、トレフルブランが手の平より小さな白い石を差し出した。

「これは……石膏せっこう?」

「そう。ユーリもキーチェも、こういうの加工できるでしょ。キレイな形にして部屋のインテリアにしたり、薄型にしてクローゼットに置けるようにしたら、家族にもっと喜んでもらえるんじゃない?」

「なるほど! 君は天才だな!」

 ユーリに肩を揺さぶられぐらぐらと揺れるトレフル・ブラン。「お礼を行動で表すのはいいけど、こういうのはいらない」とぶつぶつ言いながらベッドに戻っていく。

 翌日、キーチェにデザインの相談をし、小さめの安い額縁にステンレスの網を貼って土台とし、布がはためいているようなたイメージの壁掛け石膏せっこう像を作ることになった。

「……ふたりとも持ち運びの手間を考えてないでしょ。まぁ俺の第二の布袋セカンドポッケが余ってるからいいけどさ」

 トレフル・ブランに突っ込まれながら、粉塵の舞う石膏せっこうの水溶きをする。どろどろ状態の石膏せっこうを、パテや筆を使って土台の上に塗り、火の魔法を使って乾燥させ、彫刻刀で地道に削り、風の魔法で研磨して表面に光沢を出す。

「お! 立体感があっていい感じだ」

「本当ですわね。次はこちらのコースターにも石膏せっこうを塗りましょう」

 ユーリとキーチェは、小さめのコースターに木くずを並べて花弁の形を作り、上からせっせとも石膏せっこうを塗りこんでいった。やがて円の中に薔薇が咲いたデザインのアロマストーンが出来上がる。こちらはクローゼットに吊るして使えるように穴を開け、薄紫色のリボンを通しておいた。

「リラックスできる香りで、デザインも素敵ですわ!」

「本当に。ふたりとも、ありがとう!」

 感動するユーリに向かって、トレフル・ブランが図鑑を差し出した。見習い魔導士試験の教科書に採用された古式ゆかしい植物図鑑である。

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