第4話 立派な魔導士になるために

 駅に設置された移動用魔法陣テレポーターの修理は長引くらしい。

 近隣都市への移動なら馬車を手配しても良かったが、三人の目的地は隣国だ。用事のあるキーチェが「急がない」と言ったので、観光しながら復旧を待つことにする。


 ユーリは、時間が余っていたことと、予想より面白かったことで本にハマった。

 もともと葉っぱだらけの図鑑は苦手だったのだが、この本はデフォルメされたイラストで、生活に役立つピンポイントな情報が載っている。昔家族がこんなことで困っていたな、とか、これがあれば友人が喜んでくれるかなと想像しながら読むのは、思いのほか楽しかった。


 せっかく蒸留装置も作ったことだし、ということで、今度はレモンバームを計量し始めるユーリ。

 それを隣で見ていたトレフル・ブランが、そっと火の結晶を取り上げた。

「え。今から使いたいんだけど……」

「結晶なんてなくても、魔法で火を起こせるでしょ。頑張れ、フラームベルテスク家の長男」

 そう言ってトレフル・ブランは読書に戻ったが、ユーリは困った。


 確かに、ユーリは火の操呪士の家系に生まれ、他の元素よりは火の扱いに長ける。

 しかし、派手な魔法を好むユーリは火力重視で魔法を覚えてきたので、繊細なコントロールは苦手なのだ。

 

 火の結晶は消耗性の魔道具のひとつで、魔法使いでない一般人でも割るだけで火を得られるというものである。旅人はたいてい持っているものだが、トレフル・ブランが大量に所持していることを知っているユーリとキーチェは、あえてこれを買うことはしなかったので所持していない。

(買うと余計なお金もかかるし、やってみるか!)

 

 挑戦したユーリは、何度か天井を焦がしそうになってトレフル・ブランに叱られた。しっかりフォローできる体制を取っていた友人に頭が上がらず、こうなったらなにがなんでもやってみせるぞと、ユーリは火の操呪に没頭する。


 操呪とは、いわゆる地火風水に代表される元素を魔法を使って制御する術のことで、魔法の根幹を為す。そもそも魔法の定義が、「世界を構成する成分の一つ『魔力』を、人知によって律し、操る方法」とされているのだから。(魔導士協会『魔法全書』より抜粋)


「薬草が苦手、操呪が苦手と言っていては。立派な魔導士になれませんわ。ちょうど時間もあることですし、ここはひとつ彼を鍛えることにしましょう」

 朝の紅茶を飲みながら言うキーチェ。

「えーと、それ、俺も協力するの?」

 のんびり冷めたパンをかじっていたトレフル・ブランが尋ねると、キーチェはもちろんと頷いた。

「私たちで、彼を立派な魔導士へと導くのです!」

 何故か気合いの入っているキーチェにつられ、トレフル・ブランも協力することになった。ユーリがユーカリの精油に成功した翌朝のことだ。

 以降ふたりは、何かにつけてユーリが『生活に役立つやさしい薬草学』を手に取るよう仕向けている。

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