第3話 生活に役立つやさしい薬草学

 とりあえず宿に持ち帰った『生活に役立つやさしい薬草学』は、意外と早くに生活の中で役に立った。


「人ごみで、喉が痛い……」

 と、同じ部屋を使っているトレフル・ブランがぼやいたとき、ユーリが読んでいたのは「風邪の引き始めに――喉にやさしいユーカリ精油」というコンテンツだった。


 ユーリは、自他ともに認める薬草音痴である。どの植物もすべてただの葉っぱに見える――薬草だの毒草だの言われても区別がつかない。よく食べる野菜なら一応見分けられる、と思う。

 5回受けた見習い魔導士試験で4回、医学・薬草学の筆記・実技とも落第している。ほかの科目の成績は良いほうだった。だがトレフル・ブランが助けてくれなければ、今年も医学・薬草学の試験を乗り越えられなかった可能性は高い。


 先だっても、魔導士協会から苦手な薬草学の課題が出されたが、イヤイヤどうにかこうにか乗り切ったユーリは「しばらく葉っぱなんて見たくない」と思っていたが、手にした本に喉の痛みを和らげる方法が載っていて、トレフル・ブランが趣味で薬草(だけではないけれど)を持ち歩いていることも知っている。となれば、無視するのはいけないだろう。


「トレフル・ブラン。ユーカリの葉、持ってる?」

 あるよ、と返事があったので、ユーカリの香りを蒸気吸入すると喉が楽になるよと伝える。


「なるほど。じゃあ……乾燥させたユーカリの葉、火の結晶、三脚、フラスコをたくさん……」

「え、待った! ひょっとして精油を作るところからやるの!?」

 トレフル・ブランは、第二の布袋セカンドポッケと呼ばれる魔道具から色々な実験道具を取り出す手を止めた。


 第二の布袋セカンドポッケとは、袋の入り口を通る大きさのものならなんでも入る魔法の道具だ。重量は加算されないが、容量と内容物の品質維持に関しては、製作者の腕前によって異なる。

 なお、この第二の布袋になんでもかんでも詰め込んで持ち歩くのが、トレフル・ブランの趣味のひとつである。


「ユーカリを採取するところからやりたい?」

「いや……というか、作るのは俺なのかな……?」

 ユーリが及び腰になっていると、珍しくトレフル・ブランが微笑んだ。

「友人想いの友人を持って嬉しいよ」

 そう言われては、嫌だとも言えない。結局のところユーリはお人好しなのだ。


 後からこの話を聞いたキーチェに「彼なら、用途に応じたせんじ薬くらい持ち歩いてますわよ、絶対」と言われショックを受けたユーリだが、この時は思い至らなかった。


 結局その後、大量のユーカリを熱し、冷却装置を通して精油と蒸留水に分ける――という作業は夜更けまで続いた。夕食を挟んだためかなり時間はかかったし得られる量も少なかったが、スッキリと爽やかな香りが部屋中に広がり、達成感を味わうことが出来た。


「うん、喉がスッとする。ありがとう」

 友人にそう言われて気分が良かった。


 そして、キーチェもたいそう喜んでくれた。

「まぁ! 手作りの化粧水。とっても素敵な香りですわね」

 渡された小瓶のふたを開け、うっとりと香りを楽しむ。

「石鹸も作ってみたんだ」

「あなたが作ったんですの? やれば出来るじゃありませんか!」

 蒸留水がたっぷりと余ったので精油を加えて化粧品を作ってみたのだ。すごく上から目線で褒められるが、悪い気はしない。

(なるほど。薬草学は本当に生活に密着しているんだなぁ)

 ユーリは満足げに、机に置いた『生活に役立つやさしい薬草学』を飾る蔦の装飾を撫でた。

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