第2話 一冊の本

「ここのようですわね」

 地図持ったキーチェが、白い壁、黒っぽい屋根の建物を見上げた。窓枠の中でたくさんの人たちが行き交っているのが見える。


 三人が探していた郵便局だ。このたび、キーチェの里帰りのために魔導士協会本部のあるトラモンティン共和国から離れることになったが、当初の予定より日程が延びそうなので本部に連絡を入れることにしたのだ。


 魔導士とは、魔法が使える者の中でも、試験を突破し正式な認定を受けたものを指す。世界で通じる資格であり、駅や郵便局、役所など身近なところでも働いている。通信・物流などの分野で、一般にも魔法は重宝されているのだ。


「大勢で入っても混雑するだけだから、またあとで会いましょう」

 とキーチェに追い出されたユーリは、また友人と連れ立って通りを歩いていた。キーチェがやや方向音痴であること、それを隠したがっていることを、ユーリは知っていた。

 混みあっている場所に行かずに済んだことで友人のほうは機嫌がよさそうである――無表情なので分かりにくいが、それなりの付き合いを経て感じられるようになってきた。


「暇になったね。夕食までは時間があるし、どうする?」

「じゃあ本屋にでも行こう」

 というセリフの途中で、トレフル・ブランの足はもう本屋の看板に向けて舵を取っている。予想された返答だったので、ユーリもおとなしく後に続いた。

(なんだかご機嫌なのは、本屋さんを見つけた影響もあったのかな)


 紙とインクの独特の匂いがする静かな空間だった。ランプは薄暗いが、本のタイトルくらいは読める。店主はあまり陳列に関心がないのか、ポップや特集コーナーのようなものは見受けられない。

 同行者と違い、さほど本に興味のないユーリは、暇つぶしにぷらぷらと店内を歩いていた。派手なものが好きなので、装丁の美しい本を見つけては少し手に取ってみる。

 そんな中で、ひときわ目立つ本を見つけた。

 暗い緑色の厚い表紙。そこに、貼り付けられた、手鍛造と思われる鳥と植物のモチーフ。材質は鉄だろうか。蔦が描く円の中、鳥が花をついばもうとしている。ところどころ、葉にまぎれて羽が散りばめられている。

「手が込んでいてキレイだな」

 手に取ってみた。当然、ただの紙の本よりずっと重い。

 フラームベルテスクは火の魔術を操る家系。中でもユーリの家は、代々鍛冶屋を営んできた。鍛造品には興味がある。


 気が付くと、その本を購入していた。

 トレフル・ブランも何冊か購入したようだが、ユーリが手に持っているものを見て少し驚いたようだった。

「珍しいね。苦手な薬草学系の本を買うなんて」

「……え、これ薬草学の本なの!?」

 慌てて背表紙に書かれたタイトルを読むと(これまで装飾ばかりに目がいっていた)、『生活に役立つやさしい薬草学』とある。

「買ってしまった……自己都合で返品したら怒られるかな?」

「やさしい、って書いてあるんだからとりあえず読んでみなよ。ユーリが必要ないなら、俺が買い取るからさ」

 トレフル・ブランは親切ぶって言っているが、実は本人がこの本に興味があるだけだということ、ユーリはよく分かっていた。

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