カップ麺ができるまで
ガビ
カップ麺ができるまで
カチッ。
白の電気ケトルが、お湯が沸いたことを知らせてくれる音に気づく。
午後10時に23歳の女がカップ麺を喰らおうとしている。
本当は自炊をして健康的な食事を摂りたいけど、仕事に忙殺された結果、こんな時間になってしまった上に心身ともに疲れ果てている。今日はカップ麺で済ましてしまおう。
「‥‥‥今日は。か」
頭の中でも見栄を張っている自分に、思わず自嘲する。今日も何も、この1年間夕食はカップ麺やコンビニ弁当ばかりじゃないか。
社会人になって、まだ1年しか経っていないが、平日に落ち着いて料理をする自分が想像できない。
朝起きて、仕事に行って、帰って、寝る。
これ以上のことを、私はできない。
自炊はもちろん、趣味も、恋愛も、運動も、友達付き合いも。
こんな生活を続けているせいか、去年より太ったし、目つきも悪くなった。
いつまで、こんな日々が続くんだろう‥‥‥。
「‥‥‥いかんいかん! 暗いことばっか考えるのは良くない!」
重たい身体を気概で動かして、カップ麺にお湯を注ぐ。キッチンタイマーで3分セットして、後は待つだけ。やっぱり素晴らしい。この手軽さ。
その3分の間、無意識にスマホでXをチェックする。
炎上した芸能人、裏金疑惑のある政治家などの嘘か本当か分からない情報が滝のように流れてくる。
「やめだ! こんなもん!」
スマホポケットにしまう。
通勤中の電車の中ででも、これをずっと見ている。別に楽しくもないのに惰性で見続けて、結局得るものは何もない。
カップ麺ができるまでの時間くらいは、そんなものから離れようじゃないか。
しかし、そうすると見事にやることがない。
高校の頃はバレー、大学時代は心理学の勉強に熱中していた私だけど、今は自由時間にやることが思いつかない。
「‥‥‥まあ、いっか。ボーっとしてよう」
この時間だけは、仕事のことも将来のことも、何も考えない。ただ、無益に時間を消費するだけ。
時間を無駄にしているこという意味では、Xを見ているのと大差はないかもしれない。でも、なんだか落ち着く。
こういうのを、チルタイムっていうだっけ。
生きているだけで膨大な情報に触れることになる現代日本人には、こういう時間も必要なのかもしれない。
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
あっという間にに3分が経った。
先ほどまでドロドロに澱んでいた脳が、少しだけ清んだ気がする。
食卓まで運び、手を合わせる。
「いただきます」
一口啜る。慣れ親しんだ、変わり映えのしない味。
でも。
「美味しい」
この日常の味が、私を支えてくれている。
-完-
カップ麺ができるまで ガビ @adatitosimamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます