第三話 二拍手②

「ここが稽古場よ!」

 律歌さんが自慢げに啖呵たんかを切った。

「別にお前が建てた訳では無かろうに」

「まぁ正直祓所はらえどを展開しちゃえば、どこでも稽古できるんだけどね……。でもやっぱ稽古するなら稽古場っしょ!」

「その通りだわ。気持ちは大事よ。」


 確かにこの、小学校の体育館ほど広い木製の空間を前に、気が引き締められるのを感じた。

「さぁ、早速始めようかしら。二人は壁のとこで見ていてくれる?」

「了解でーす!」


「さ、まずは霊力の放出と維持を学んでもらうわ」

「霊力の出所でどころは肺よ。まずは肺の感覚を掴んでもらうわ」

 肺の感覚……確かに呼吸法はいくつか学んだが、肺の感覚なんて考えたことが無かった。


 華子さんの姿が変わった。

 改めて見ると、律歌さんと服が違う。

 上下紺色で、はかまには白の紋様で、上着には蝶の紋様。


「習うより慣れろ。だわ。ちょっと失礼するわね」

 華子さんが人差し指を前に出し唱える。


 【祓詞はらえことば:やまと小灰蝶しじみ


 指先程の小さな蝶が現れた。

 続けて彼女は蝶に呟く。


【はじけよ】


 

「うっ……!でたこれ……」

「あまり思い出したくはないな」

 壁の二人が呟く。

 

 

「ちょっと口空けて」

「え……あ、はい」

 口を開けた瞬間、彼女の指先の蝶が自分の口を目掛めがけて飛んできた。

「んぐッ……ゲホッ!」

「ちょっと我慢してね」

 

 次の瞬間、口内に入った蝶が、胸のあたりで弾けた感覚に襲われた。


「……! ゴホッ!……オエッ!」

 向こうの二人を見た。

 一人はニヤついている。

 もう一人はこっちを見て合掌した。



 しばらくしてから、やっと自由に呼吸ができるようになった自分に、華子さんが語り掛ける。

「どう? 肺の感覚。わかった? まだだったらもう片方の肺も――」

「いや! 大丈夫です! 多分わかりました……」

「そう、優秀ね。流石歌手。呼吸についての感覚は普通の人より掴みやすいみたいね」

「因みに律歌ちゃんは両方の肺に、絃之助くんは肺を2往復したわ」

二人は決まりが悪そうにしている。


「じゃあ昨日穢童わいずに出くわした時の、自分の身体の感覚を思い出してみて」


 

 目を閉じて昨日の感覚を思い出す。


 

「力、沸いてきた?」

「はい、多分……」

「その力が霊力よ。そして霊力は肺から沸く。次はさっきの肺の感覚を思い出してみて」

「はい……」

「そして息を目一杯吸って……」

 

 ――スウゥー


「止めて」



 

「吐く時に、空気と一緒に霊力も肺から出ていくイメージをして」

 ハアァー

 ――息を吐いた。


 

「え!? 一発!?」

「それに量も初めてとは思えんな……」


 響の身体から流れ出る、炎のように揺らめいたエネルギーを見て二人が驚嘆した。



「これが、霊力……」

「素晴らしい。合格よ」

「この感覚を忘れないでね。そのうち文字通り息をするように霊力を放出できるようになるはずだわ」

「霊力は身体能力の強化、身体を守る盾にもなるわ。そして霊力を込めて言葉を放てば、言霊になる」


 ――ふと気付いたことがある。

「この感じ、ライブで歌ってる時の感覚に近いです」

「そう。あなたは無意識に霊力を、言霊を放っていたってこと。

もしかしたらあなたは、ライブをしている時を思い出した方が霊力を使いこなせるかもね」


 

「……でもその無意識のせいで穢童わいずの餌を……」

「別に気に病む必要はないわ。誰しも無意識に言霊を放っているもの。その感じだと弦之介くんが説明したようね。話が早くて助かるわ」

 

 華子さんが東さんを一瞥し微笑む。

 得意げそうな顔と悔しそうな顔が壁に並んだ。


「そして訓練をすれば、言霊が穢童わいずに食われることは無くなるわ。狙いを絞れば言霊は迷わないの」

「それに、一般の人の言霊がすべて彷徨うわけではないわ。相手に届くことももちろんあるわ。ほら、ライブとかに行くと、元気を貰えたってウキウキで帰る子と、楽しかったけど疲れ果てて帰るって感じの子がいるじゃない。あれは言霊が届いている子と届いてない子の違いよ」


「じゃあ言霊を使いこなせるようになれば、観客の人全員に元気を与えられるってことですか……!?」

「アンコールが止まなくなるわね」

 華子さんがニコっと微笑んだ。


「さてと、今日の稽古はここまで。私も仕事があるしね。明日以降は私たち三人のうち空いてる方があなたの稽古の先生よ」

 

「明日は私が先生よ!」


 

「よろしくおねがいします!」

 三人に向かって深くお辞儀をした。

 思わず力が入ってしまった。

「いいねぇ」と律歌さんが肩を叩く。


「とりあえず休憩ね。これからあなたが住む寮を紹介するわ」

「あ! 家帰れないんですか!?」

 そういえばそのあたり何も確認していなった……


「だって家から通うより楽でしょ? が起きたときもすぐ対応できるし。別に強制じゃないわ。

あなたの家は隣の区でしょ?」

 

 確かに。神職はそういう仕事だ。

 それに正直入院する前はライブだったりで、あまり家にも帰っていなかったので愛着もあまりない。


「別に家から通ってもいいわよ?」

「う~ん、いや、寮でいいです」

「そう。よかったわ。いい寮だと思うわ。みんな同じ屋根の下だし、飽きないと思うわ。ご飯も基本的にみんなで一緒に食べるの」

「料理はつっくんが作るんだけど、もう絶品も絶品!」

「へー!料理まで!病院食しか食べてなかったから、めっちゃ楽しみ……」


 寮も紹介された。古風な感じだが、とても綺麗で一人で住むには十分すぎる広さだった。

「さ、響君はとりあえず夕食までゆっくりして頂戴。家の荷物は後日取りに行って貰おうと思うんだけど、いいかしら」

「はい。特に必須なものはないので」


「またね」

 ガチャ……とドアが絞められた途端、倒れこむようにベッドに横になった。


 今日も色んな事が起きすぎた。明日から特訓か……と考えながら、いつの間にか眠りについていた。



「それにしてもすごかったっすね~ 響の霊力!」

「あぁ、それにあいつは歌手時代、ライブパフォーマンスのクオリティも高かったが、『天音 響のライブに行くと、ライブに行く前より元気になる』と話題になってたやつだ」

「言霊を扱う才能もあるってことか! やっぱり将来有望ですね!華子さん!」

「えぇ、すごく楽しみだわ」



 


 少し開いた窓から良い匂いがする。

 腹の虫の鳴き声と同時に起きた。もう日が暮れている。


「響さ~ん! ご飯ですよ~!」

 継君に呼ばれた。

 

 


 

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幸ふ国 ~さきわうくに~ モネ @mone_0321

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