気まぐれの遼、紅ほっぺの少年と歩く

 天は気まぐれだ。予期せぬ人物を目の前に連れてくる。

 文化祭二日目、日曜日。りょうは警戒していた。

 俺はただひっそりと落ち着いた時間を過ごしたいだけだ。出会いなど望んでいない。

 また英語教師の白砂しらさごレイナとばったり会えないかと思ったが、図書室奥を覗いても白砂の姿はなかった。

 仕方なく校舎裏を散策する。

 イチョウ並木はかなり葉を落としていた。

 人影はないものと思っていたのに、そこかしこに男女二人組がいて、禁じられた告白イベントが行われているようだった。

 校則で禁止された生徒同士の男女交際。しかしここでこれまでなされた告白はうずたかく積もったイチョウの葉の数くらいあったのだろう。

 仕方なく遼はそこを離れた。なぜかその足は文化祭実行委員会のテントに向かっていた。

 昨日はここにビッチやら双子やらを連れてきたのだ。

 隣の生徒会テントに今日もまた生徒会長の東矢泉月とうやいつきがいた。

 さらさらストレートの黒髪を下ろしている。ずっと外にいるからなのか雪のように白い顔をしていた。表情の変化はないが鑑賞に値する美貌だ。

「今日はひとりなのね、香月かづき君」

「幸いなことに」ひとりだ。最後までそうありたいな。

 東矢とうや一言二言ひとことふたこと言葉を交わす。

 そこにいた生徒会役員共や文化祭実行委員会の視線を浴びるのも慣れている。

 余計なことを一切口にしない者同士が会話しているのだ。奇蹟だと思われても仕方がない。

 しかし平穏は長くは続かなかった。

「お姉さま♡♡♡」

 良く通る澄んだ声。その主は東矢に似た黒髪、私服姿の美少女だった。顔は知っている。

「香月さん、お久しぶりです。東矢真咲とうやまさきです」

 令嬢のように挨拶してきたのは東矢の従妹だった。秀星学院一年。東矢と違い人懐ひとなつこい。妹のせいに近いタイプだ。せいよりずっと上品でおしとやかだが。

 これは鑑賞する対象が増えたと喜んだのもつかの間、横に連れがいた。

「お、お久しぶりです、香月さん」

 頬を赤く染め、目に星がきらめく少年。蕗谷弥乃琉ふきやみのるだった。

「ああ、君か」遼はうろたえた。ここで会うとは。

 真咲まさき弥乃琉みのるは私服姿だが秀星学院生徒会を代表してこの文化祭に来たという。招待したのはもちろん東矢泉月とうやいつきだ。

「案内するわ、真咲さん」

「ありがとうございます、お姉さま」

「香月君、君も一緒にどうかしら?」

「あ、ああ」

 遼は同行する羽目になった。

 東矢が人を誘うなどあり得ない。案内すると言ったものの間が持たないと感じたから誘ったのだと遼は理解した。

 しかし俺ではな。しかも弥乃琉みのるもいるし。

「ほんとうに久しぶりだわ、お姉さまと一緒なんて」

 東矢の腕にしがみつき真咲が嬉しそうに話す。その二人の後を遼は弥乃琉と並んで歩いた。

 気まずい。

「この学園は素敵ですね。綺麗な女性も多いし」弥乃琉が言う。

「そうだね」遼はどうにか相槌をうつ。

 弥乃琉の頬がさらに紅潮している。

 秋も深まり紅葉の季節だ、などと暢気に考えている場合ではない。

 弥乃琉にとても長い恋文を渡されたのはいつだったか。

 申し訳ないが君とは付き合えないとはっきり伝えたのだが、弥乃琉は今も恋する「乙女」のままだ。

「か、香月さんはどのような女性がタイプですか?」

「俺は面食いだ。年上で極上の美人、今は銀髪の女神を気にかけている」

「そのような人がここにいるのですね!」弥乃琉の顔がきつくなった。

 こいつ、諦めてないな。

「銀髪の女神に勝る女性はいないな」

 前にいた東矢が首をかしげるように遼を一瞥いちべつした。

「そのかたがとても羨ましいです」

「美しく生まれたものは常に嫉妬にさらされる」何を言っているのだ、俺は。

 とりあえず収拾させたのは真咲の一言だった。

「何です? 『モンドウ無用のラブコメ』って、とても興味深いですわ」

「そ、それは……観るに値するものかどうか……」なぜか東矢は口ごもった。

 しかし遼はその流れにのった。「観てみよう」

「「はい!」」真咲と弥乃琉が声を揃えた。

 これこそ姑息な手段だが仕方あるまい。東矢は気乗りしないようだったがこの際彼女には犠牲になってもらおう。

 遼はよく知らない舞台演劇を四人で観ることになった。


 これはラブコメなのか?

 校則で生徒同士の男女交際を禁じた高校。そこで密かに愛を育む男女。どう考えても我が校へのアンチテーゼだ。

 クライマックス、校舎裏、枯れ葉散るイチョウ並木で密会する二人。

 生徒会役員共に見つかる。

 訳のわからない女子が助け船を出し収拾がつくかと思ったところに生徒会長が登場した。

 ワッと観客席がわく。

 何だこの茶番は?

 現れた生徒会長は東矢泉月に瓜二つだった。

「まあ! 楓胡ふうこお姉さま!」真咲が嬌声をあげた。

 楓胡というのは東矢泉月の姉だったはず。どうしてこの劇に出ている?

「アッハハハハハ! 最高だよ!」

 腹を抱えて大笑いしているのは双子の弟妹を連れた小早川明音こばやかわあかねだった。

「「ふーちゃーん!!」」双子がエールを送る。

「お姉さん、ゲスト出演なのか?」遼は思わず東矢泉月に訊いていた。

 東矢が答えた。「二年E組の生徒だからよ」え!?

 わずかだが東矢のまぶたがぴくついている。怖いな。

「やってくれたわね、楓胡ふうこ。覚えてらっしゃい……」いったい、どうした?

 生徒会長を退け、二人は恋人宣言して大団円を迎えた。

 何が面白いのか遼にはさっぱりわからなかった。

 しかし観客席は異様なまでに沸いていた。

 ふと隣の視線に気づく。

 弥乃琉が祈るように両手を合わせて遼を見つめていた。

「僕は諦めません。いつか報われると信じています!」

 だからこれはコメディだから。創作だから。ハッピーエンドはお約束だから。感化されるなよ!

 誰か助けてくれ!

 神はいないのか?

 遼は天を仰いだ。

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文化祭【藤フェス】 はくすや @hakusuya

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